■身体障碍者がJR東日本に『乗車拒否』されたのか?



 バリアフリーを推進して、どのような身体的な特徴の人でも、また、見えない障害を持つ人でも、公共交通機関や道路などを利用できるようにして健常者に近い日常生活を送れる社会にしようというのは、みんな賛成なんですよね。というか、これに反対な人います?



 私も、独身の頃とは違って子どもたちをベビーカーで送迎するときや、年老いた両親が車椅子で移動しなければならなくなったときは、各駅のエレベーターの場所にはやたら詳しくなりましたし、JRや私鉄各線には随分お世話になりました。

鉄道会社の皆さんには丁寧な対応を戴けることも多く、感謝しかありません。



 また、かつてビジネスパートナーだった人物が大病を患い、壮絶な闘病後に一時復帰できたときも、勤務先ビル手前の車止めの段差が高くて車椅子で上がることができませんでした。ダメ元で区に相談をしたところ、「それはお困りでしょう」と返答があり、善意で早々に段差をなくしてくださって感謝しました。ありがとう、千代田区。



 当たり前のことですが、いまでこそ、そう大きな障害もなく普通に暮らせても、いつ障害を抱えて「当然の日常」が失われ、バリアフリーのありがたみを知ることになるか分かりません。綺麗事ではなく、自分の未来のために、誰もが暮らしやすいインフラにできるよう努力しようというのは当然のことなんじゃないでしょうか。



 そんな中、コラムニストの伊是名夏子さんが、先日階段しかない無人駅を観光で訪問し、事前の相談をしないままJR東日本に車椅子の対応を求めたことで騒ぎが起きました。しばらく騒然としていまして、気持ちは分かるけどさすがにその物言いはないだろう、という感じの炎上でした。



 最初は「身体障碍者がJR東日本に『乗車拒否』された」というので、みんな一瞬何それ感は抱いたかもしれないのですが、日が経つうちに一連の「活動」の中身についてネットを中心に事実が明らかになり、どうやらJR東日本はこの伊是名夏子さんという活動家に当たられたようだという話になります。



 これまた当然のことですが、無人駅での対応を考えたときに、いくら「バリアフリーの世の中にしよう」と言っても限度があります。近隣に熱海駅という大きなターミナル駅を控え、そこでは身障者向けタクシーなどの利用が可能で、観光で訪問するという神社も付近の駐車場からバリアフリーであるという観光ガイドが出ているにもかかわらず、わざわざスロープやエレベーターが完備されていない付近の無人駅に車椅子でノンアポで降り立ちJRに対応を求めるというのは異様です。



 「身障者の人にも健常な人と同様の生活を送れるような社会にしよう」というのは理想であって、現実には身障者本人だけでなく、乗る車椅子も含めて、別の健常者が手配され、階段を登ったり降りたり、車両に乗せたり、車椅子を積み込んだりしなければなりません。

これら必要な介助、手配が必要な場合は、双方の利便性のためにも「合理的配慮」が必要であることは言うまでもありません。公共交通機関などはなるだけきちんと人を出して誰もが交通機関を利用できるように手配しなければなりませんが、そのためには事前に身障者の側も利用の予定を伝えるなどの配慮をしましょうということです。







■問題提起をした伊是名夏子さんがネット上で激しい批判を受けたのはなぜか?



 ここで、健常者は配慮などしなくても電車に乗れるじゃないか、段差を登れるじゃないか、そういう健常者と同じような生活を身障者は送れる権利があるのだ、という議論になります。しかしながら、海外においてもどこの国でもバリアフリーの実現は努力目標に過ぎず、ドイツでも北欧でも24時間または48時間前に身体障碍者など介護が必要な場合は利用を事前に通達しなければサービスが受けられないと線引きされています。日本だけが障碍者に厳しいというわけではなく、どこの国でもこういう「合理的配慮」という現実的な問題が提起されています。



 先日、格安航空会社のバニラエアー社で同じく身体障碍を抱える人物がタラップを這って自力で航空機に搭乗させられたなどとして揉めた件も、今回の伊是名夏子さんの件と同様、「なぜ声をあげた障害者がバッシングを受けるのか」と話題になりました。

この場合は、格安航空会社であるバニラエアー社が、タラップなど基本的な設備しか用意できない奄美空港で、万が一、職員が身障者や車両などを抱えるなどして仮に落としたら責任問題になるという大前提があったうえで、なお分かっていて身障者がバニラエアー社を使い、設備のない奄美大島に事前通達なくいこうとしたという点でバッシングを受けることになったわけです。



 さらには、細い階段の上にあるイタリアンレストランへの入店を拒否されたと発表した、評論家の乙武洋匡さんの件も、どう考えてもバリアフリーにはなり得ない小さな階上のお店に障碍者対応を求めるのは如何なものかと批判が渦巻きました。障害を抱えた人も人間ですから、階段やタラップのような健常者しか使えない貧弱な施設に対する介助がなく、排除されたと思えば怒るのも当然と言えば当然です。





なぜ彼女は「JRに乗車拒否された」と訴えたのか 波紋ブログの真意、伊是名夏子さんに聞いた





 然るに、このような問題提起をしたばっかりにネット上で激しい批判を受けるにいたった伊是名夏子さんにとっては気の毒な面はあるとはいえ、一方で、性格の悪いクレーマー扱いされても仕方がない実情も垣間見えます。過去には、伊是名夏子さんが執筆したブログ記事でテーマパークに子供料金で入場したかのような記載があったり、コーヒーショップに入店しておきながら持ち込んだ飲料を飲んだようであったり、伊是名夏子さんのコラムの毒舌が尋常じゃなさ過ぎて打線まで組まれてしまう流れになっています。



 伊是名夏子さんへの過剰なバッシングは良くない一方、乙武洋匡さんを含め身体障碍者マターの社会問題においては、常に「身体障碍者はつつましやかで、心の清らかな人物であるべき」というある種のバイアスが掛かっているのも事実ではないかと思うのです。

実際には健常者と同様、いろんな性格の人たちが先天的、後天的な理由で身体や脳内に欠損を抱え、健常者ほど自由な生活を送ることができない不便を味わっていますが、どんな性格の、いかなる障害を抱えた人であれ、本人や親族らが求める生活や移動はなるだけさせてあげたい、というのがオープンな社会の発想であろうと思います。



 他方、伊是名夏子さんが左派政党である社民党の幹事に最近就任された話もありました。よく考えれば、今回問題になった無人駅も、乗降客は2,000人程度と少ないながらもエレベーターの接地がすでに決まっています。J-CASTのインタビューでは伊是名夏子さんは否定しておられましたが、ここで「JRが乗車拒否」というネタで騒いだ結果、エレベーターが設置されることになったと喧伝される怖れもないではなかったという疑いも覚えます。







■人口減少社会の日本が抱える「バリアフリー問題」のジレンマ



 さらには、生活保護など社会政策に詳しい評論家のみわよしこさんが、ダイヤモンドオンラインで伊是名夏子さんを擁護する記事を書いていますが、ここでうっかり乗車拒否の理由を変な形で書いてしまったため、あたかも伊是名夏子さんがJRの乗車拒否をでっち上げたのではないかと鉄道クラスタが総立ちになる展開となりました。ここまでくると、党派性の強い人たちが事件を焚き付ける形で社会運動を行い、議論喚起するという手法は、ネット上の有識者によって検証されて簡単に信憑性が突き崩されてしまって逆に叩かれが発生するという事例にもなり得ます。





みわよしこ(ダイヤモンドオンライン)「伊是名氏は小田原駅から来宮駅までの直通電車を希望したが拒否された」→直通運転の電車は小田原16:29発→来宮16:56着までなし(来宮神社は17時まで)





 そして、法的に言えば今回の伊是名夏子さんとJR東日本の件も、先日のバニラエアー社と奄美空港の件も、事業者は「事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない」(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)ということで、いわゆる『努力義務』になっています。当たり前のことですが、無原則に障碍者が健常者と同じ往来を求めて事業者に負担を求めても現実的には無理なのは間違いありませんので、そこは線引きをきちんとしています。ここでも障碍者の生活に関しては健常者や事業者がきちんと『合理的配慮』せよという扱いになっていますが、障碍者の方が暮らしやすい社会にするとしても、そのコストをどう負担するかは公平性の文脈だけでなく合理性の問題になるのでしょう。他にもバリアフリー法がありますが、これは乗降客数が基準に満たない本件では適用外で、バニラエアー社の件も奄美空港の設備をバリアフリー化しなければならない義務は負いません。



 したがって、伊是名夏子さんが如何に怒ろうとも、社民党や左派マスコミが後押ししようとも、仮に法的な手段に訴え出たいと考えたところで「合理的配慮の枠内において、JR東日本の対応は適法」という判断が下る可能性が高く、また、うっかり訴えて不当判決のビローンを出して高裁の判断が出てしまったら、今回のような個別対応の尺度についての明確な線引きができてしまう恐れがあります。判例で「JRの勝ち」にされてしまっては運動が逆効果になってしまうので、いくら怒っても法的に訴え出ることはできないのでしょう。



 一連の問題は、障碍者やその支援者の「お気持ち」にどこまで公共交通機関が理想高くそれに応じるかというところに尽きる一方、おそらく人口が減少していく日本においては、これらのインフラをバリアフリーな状態にどんどん改善していく余力がなくなっていくことになるかもしれません。人口が減少すれば、観光地に向かう電車など公共交通機関は沿線の住民の皆さんの利便性や障碍者の生活などお構いなしに廃線になるかもしれませんし、エレベーターの更新費用が賄えない地域は運用を止めてしまうでしょう。



 車椅子はもちろん、ベビーカーや杖をついての移動がむつかしくなるような貧しい社会にはしたくない一方、節度あるボリュームで適切に声を上げ、社会的に「ああ、それは不便だし可哀想だね。ちゃんと社会は対応するべき」というコンセンサスを得られるような現代風の運動の在り方を考えて欲しいと切に願います。



 別にオチを作りたくてご紹介するわけじゃないんですが、その伊是名夏子さんが理事を務める社民党神奈川支部の入り口がバリアフリーじゃないじゃんという画像が出回っていたので、最後に供養する形で回覧したいと思います。



 こちらからは以上です。





文:山本一郎