バブルと不景気に翻弄された装丁家・斉藤啓氏がその想定外な仕事人生を振り返る、シリーズ「どーしたって装丁GUY」第10回。1991年、東京の街は毎夜がお祭り騒ぎ。
■東京は夜の8時
1991年、初春。
小田原厚木道路から東名高速を経て、東京インターの激混みをクリアし、首都高に接続、夜の東京都心へ吸い込まれてゆくネイビーブルーのVWゴルフ。
運転席にはアートディレクター荒川さん、助手席にはぼく、後部座席にはコピーライターの佐藤さん。ぼくはこの日、生まれて初めてロケ撮影とゆうものに参加し、ロケ地である伊豆のリゾートホテルから帰社途中。興奮冷めやらぬままのぼくは、こちらも躁状態の東京の街並みを車窓から眺めていました。
まだヒルズもミッドタウンも存在しない六本木、交差点のけばけばしい蛍光色ネオンのシャワーを抜け、今夜も大渋滞の溜池交差点は、さながら世界各国のスーパーカー・ショー。ベンツやBMWはモブキャラ、ポルシェにフェラーリ、ジャガーやランボルギーニのテールランプが無数の光の尾を引き、ショーの観衆のごとくタクシーの大群が、それらを取り巻き蠢く。霞ヶ関の官公庁ビル群の窓とゆう窓から射す白色のビームが、車内の3人の顔をストロボのようにカクカクと照らしあげる。
内堀通りを回って、当時、世界一の地価を誇った銀座へ。このころ「皇居の土地だけでアメリカ全土が買える」ほど東京の地価は異常なレベルで高騰しており、日本企業がニューヨーク・マンハッタンの象徴であるロックフェラーセンターを買っちゃったりと、まさにジャパン・アズ・ナンバーワン。
ポップでキラキラして世界で一番リッチでホットな街トーキョー。
華やかな光のその影にはしかし、土地開発や買収にからむ暗い闇も広がっており、地上げ屋など、社会問題として多少なりとも表面化されてはいたけれども…。
ともかくこの夜も、銀座は路地の隅々までまぶしく照らされており、イタリアン・ファッションに身を包んだ若いカップルや、ヤンエグ(=ヤング・エグゼクティブ。エリートでリッチなサラリーマンのこと)の集団の誰もが、笑顔で楽しそうに銀座4丁目交差点を交わり往く。
VWゴルフは歌舞伎座を横目に、ロマンチックにライトアップされた勝鬨橋を渡り月島へ。ほどなくFランデザイン事務所【クリエイティブ・ファースト】社屋裏の駐車場へ滑り込む。
さぁ、今日もこれからまだまだ仕事が続くのです。
■ぶっこわれ広告業界
帰社したぼくたちは、制作部の広いフロアを先に進み、その隅にある小さな会議室へ。ここが新設クリエイティブ部(めんどうなので以後、新クリ、と呼びます)のアジト。
この新クリは、〔国内海外での広告賞受賞も視野に入れ、トップレベルの広告を制作する〕ことを目的に、社長のツルの一声で立ち上がった部署。
外部から招聘されたチームメンバーの内訳は、アートディレクター荒川さんがボス、グラフィックデザイナーは女性の井澤さん、コピーライターも女性の宇野さん、プロデューサーの榎本さん(ここで言うプロデューサーとはTKとか秋元康とかのそれじゃなくて、営業兼、制作進行兼、接待係。
そこに、デザイナーぼくと、コピーライター佐藤さんの22歳社員コンビが抜擢され、総勢6名のチームにアッセンブルして、まだ1ヶ月。
アジトに入るなり荒川さんは、プールサイドでポーズを決める巨乳水着ギャルのポラ(ポラロイド写真)数枚を壁に貼り、腕組みして眺めながら微動だにせず。そう、さっきまでぼくらが伊豆のホテルのプールを貸し切って撮影していたのは、とある町のご当地ミスコン“ミスみかんっ娘(だったかな?)”のセクシー写真。
とはいっても、居酒屋の薄汚い壁に手書きメニューの短冊とともに貼りっぱなしてある、水着ギャルがビールジョッキを片手にパイオツぼよよ~ん♪な、あの手の広告、を作るわけじゃありません。
ポラに写っているのは、~満面の笑みのみかんっ娘。ビキニ越しのたわわな胸の谷間に、ペンや消しゴム、スティック糊や三角定規などの文房具がぎゅうぎゅうに詰まっている~、とゆう非常にシュールな絵面。しかも同アングルで、文具の種類を変えたバージョン、文具少なめバージョン、文具なし=パイオツのみバージョン、などのバリエーションも保険として数カットおさえてある。
実はこれが、目下製作中の新クリ発足第一作目の広告。クライアントは中堅の文房具会社。真面目でおカタい社風を脱却して、現代(1991年ね)にふさわしい遊び心のある表現にしたいんです!とのクライアントの要請から、このビジュアルになったとゆう成り行き。
令和の今なら確実にアウト!な広告表現ですが、このころ、いわゆる“おもしろ広告”とゆうのが広告業界のメインストリームになっておりまして。〔としまえん〕の一連のおもしろ広告で、広告界のスターダムに躍り出たアートディレクター大貫卓也さんを擁する博報堂宮崎チームや、〔金鳥〕のシュールかつ狂気スレスレなCMを量産する電通関西堀井組などが、そのムーブメントのトップランナーたち。
フツーなんかじゃ意味がない。人と違ってナンボ。面白ければ何をやってもOK。そんなイケイケでノリノリな空気が広告業界を支配していたのでした。広告が、広告本来の役目である“モノ・コトを売る”とゆう枠内ギリギリを攻めまくっていた(いや、ギリギリアウトだったのかも)そんな時代、日本の広告表現は名実ともにとっくに世界No.1であり、そして日本の広告が爛熟期を迎え、強い輝きを放った最後の時代だった。こう知るのはずっと先のことになります。
■手順どおり、が最強
さっきのポラをチームみんなで回し見してたら、いつのまにか会議になっていました。
「おれはやっぱりこの文房具全部盛りバージョンが抜けが良くていいと思うんだよね」と、荒川さん。
「文房具少なめの方がおっぱいが綺麗に見えますので、ターゲットである30代男性層には、結果こっちの方が絵的な魅力が増すのではないでしょうか?」と、マジメで折目正しいデザイナー井澤女史が真顔で淡々と意見する。
「このおっぱいのみを元に、写真合成で新商品のオフィスチェア挟めたりする?」無理難題をのたまうのはコピーの宇野さん。
「おっぱいとスティック糊って、キテるよね?ね?」と、謎同意を求めるプロデューサー榎本さん。
大の大人が4人揃ってド真剣におっぱいを議論する。はたから見ると狂気な会議を繰り広げるさまを見ながら、「これが広告の現場か…」と、ぼくは思いましたね(いや、違わないけど違うぞそれは)。とにかく新クリに加入してからとゆうもの、毎日がまるで文化祭なこのフリーな感じ。なるほど、単調で流れ作業的だった今までの仕事スタイルとはかなり違う。
新クリは、チーム全員でのブレインストーム(ブレスト。いわゆる“案出し”)に比重を置いているのが最大の特徴。デザイン部隊はラフラフなスケッチで、コピーライターやプロデューサーは企画書や口頭で、各々が考えてきた複数のアイデアを持ち寄り、チーム内でプレゼン。つまらない提案やありきたりなアイデアは、荒川さんにすべてハネられ、逆にイケそうなアイデアはキープされ、ストックされる。次のブレストでは、また新しい案を皆が持ち寄って…、と、これを何度もしつこく繰り返し。つまり、荒川さんが求める最良なアイデアが出るまで会議は決して終わらない。
アイデアも枯れ果てた時からが本当の勝負。
この段階になって初めて、井澤さんとぼくのデザイナー組がアイデアをデザインとして視覚化し、宇野コピーライターと助手の佐藤さんによってキャッチコピー/ボディコピーが書かれます。並行して、クライアントへの報告やフォロー、撮影方法やスケジュール調整・タレント選定などが、榎本プロデューサーにより為されます。
その過程の中でも、荒川ディレクターによる細かいチェックとジャッジは止まることがなく、作業は三歩進んで、二歩下がり、時にはイチからやり直しつつ、牛歩戦術のようにじわじわとデザインがブラッシュアップされてゆく。とゆう、まぁオーソドックスとゆうか、至極真っ当な仕事方法。
しかし、この至極真っ当を、どんな状態でも手順通り最後までやり切れるか否か、それがシゴデキとFランを隔てるまずは最初の高い壁なのだ、とぼくは痛感していました。センスとか才能とかはこの壁の次の壁だ、と。
そんな“正道”な仕事方法に振り落とされまいと、見よう見まねでなんとか喰らい付いていくぼくとコピーの佐藤さん。そんな姿がこのベテラン先輩たちにとっては可愛かったのかもしれません。どんな意見、どんなデザインも、厳しくも優しく真正面から受け止めてくれたました。とくにマジメな佐藤さんはそれでも実力不足だと感じたのか、退社時間後に〔宣伝会議コピーライター養成講座(一流コピーライターの登竜門)〕に通わせてほしいと荒川さんに頼み込み、彼はそれをうれしそうな顔で承諾していたのを、ぼくは知っています。
新クリはチームとして結束し、確かに着実に機能しはじめていたのでした。
■バブルはそっと静かに
「バブル」「崩壊」「はじけた」、などの耳慣れない言葉が、新聞の紙面やテレビのニュースで踊り始めたのは、ちょうどこの頃からでした。どーやら日本はバブル経済とゆうものの真っ只中にいたらしく、なんだかそれが、
「ハジけたんだってさ、よく知らんけど」
と、西麻布のキッチンヌノで、ほうれん草バター炒めを箸でつまみながら話すのは、同僚1コ下のコピーライター酒井くん。
彼とは別部署なのだけれど、最新の広告や音楽や映画の話題ですごく気があってて、仕事がちょっと早く終わった夜などは、一緒に飲みにでかけたり、クラブに踊りに(ナンパに)出かけたりする仲。
この夜もいつものように、原宿バイト時代の不良仲間のスズキさんが軽トラに乗って合流。3人でサイフの小銭をすべて出し合い、かき集めた数千円を元手に夜の街へ繰り出すところ。
六本木から青山、渋谷へ、人がうじゃうじゃ歩く盛り場エリアを軽トラでクルージング。車内で語ることはいつも、将来の夢やら、女の子の話やら、次の給料日に買いたい洋服や靴の話やら、なにやら。
井の頭通りのゲーセンに入ると、スズキさんはテトリスをオールクリアまでいっちゃう人なんで、うっちゃっておいて、酒井くんとエアホッケーに興じる。ゲームに飽きたらまたぞろ車に乗り込み、お約束のようにラブホ街を冷やかす。白塗りの化粧と地味な容貌でいつも路地裏に立っていたあの異様な立ちんぼは、数年後におこる東電広告OL殺人事件のあの人ではなかったか。
ちょっと小腹が空いたなら、青山のSARAで照り焼きピラフか、品川プリンス1階の24時間コーヒーショップでクラブハウスサンドイッチ。このへんで軍資金は使い果たす。
真夜中とゆうのに、そこだけ大量のヤンエグにボディコン、パンピーにヤンキーに田舎モンたちで異様な熱気の芝浦ジュリアナ前は、今夜も違法駐車で車間に紙一枚すら差し込むスペースも無い。第一もうお金が無いのでウロウロ流すだけにして、あとはカーセックスのメッカ、東京港のとある埠頭で、ひととき休憩&デバガメすれば、今夜もルーティン終了とゆうわけ。
埠頭と、海の際、大型船を係留する巨大なボラードにもたれてたばこをくゆらす。「バブルってのがあるとしたら、なんでおれたちはいつもこうも金がないのよ!?」と笑い合い、JIVE(缶コーヒー)で軽く乾杯の仕草をするぼくたち3人。のちにレインボーブリッジと呼ばれる、巨大な橋の建造現場のまぶしいライトが、東京湾に乱反射して揺れる。
バブルが崩壊した東京の夜は、ただただいつもどおりの、こんな夜でした。
絵と文:斉藤啓
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