病気のかかりやすさは
生活習慣によって
かなりの部分が決まる。
今の時代にこそ、歴史に埋もれた
健康と食の教訓を見直すことで
多くのヒントを得られるはずです
“チコちゃん”と共演した 奥田昌子さんが教えてくれた『長寿に...の画像はこちら >>

■和食こそ日本人の健康食

 厚生労働省の統計によると、2018年の日本人の平均寿命は女性が約87歳、男性が約81歳で、男女とも年々過去最高を更新しています。

 けれども、60~70年前に感染症の治療薬が相次いで発見されるまでは、日本でもマラリア、赤痢、天然痘、インフルエンザ、結核などにより数千人から数万人、ときには数十万人が亡くなる惨事が頻繁に起きていました。

 何とか病気を封じ込めようと昔の人は知恵をしぼりましたが、荒れ狂う疫病の猛威の前には、大仏を造る、改元する、陰陽師を呼ぶ、ウグイスの黒焼きやヘチマの皮を食べるなどの「医療もどき」はあまりにも無力でした。

 だからといって、昔の人が劣っていたかのように考えるのは間違いです。これらの一見非科学的で遅れた治療法にもそれなりの「根拠」と「実績」があり、当時は最先端の「科学」でした。医療技術に限界があるなかで、人は死力を尽くして病気と闘ってきたのです。

 これと相前後して健康によい食事の追求が始まります。

食を通じた養生、食養生です。和食ははじめから健康によかったわけではなく、日本人は長い歳月をかけて和食を改善し、日常の食事を健康食に作り変えてきました。

 

■江戸時代に“食養生”が発展

 食養生が飛躍的に発展したのは、社会と生活が安定した江戸時代です。食べて健康を作るという思想は世界各地で見られますが、日本の食養生にはきわだった特徴がありました。そのひとつが「日本人のための健康法」という視点です。指南書『養生訓』で知られる貝原益軒(かいばらえきけん)は「日本人は大陸の人とくらべて胃腸が弱いので、肉は一食につき一切れ食べれば十分だ」と書いています。

 大陸の人、現代でいうと中国の人と日本人の体質には共通点もあるものの、異なる点も目につきます。日本人は脂肪とタンパク質を消化する酵素の量が少ないため、中国の人と同じように肉を食べると、胃もたれ、便秘、下痢、さらに最近増えている逆流性食道炎を招きやすいとされています。昔の人は注意深い観察を通じて、体質の違いに気づいていたのでしょう。

 薬の効きかたも異なり、同じ薬を同じ量飲んでも、日本人は効き目が強く表れる傾向があります。そのため、漢方医療は大陸から日本に伝わったのち、日本人の体質に合わせて生薬の量や利用法が大きく変化しました。鍼(はり)治療で使う鍼も、中国のものとくらべて日本の鍼は細くて短いそうです。

■「腹八分目」こそ“食養生”の鍵

 日本の食養生のもうひとつの特徴が「腹八分目」です。薬食同源という言葉をご存じでしょうか。「体によい食材を日常的に食べて、健康でいれば薬は必要ない」という意味で、東洋で広く受け入れられています。けれども、健康に役立つものをどんどん食べればよいかというと、そういうわけではないのです。益軒は『養生訓』で、「体によいといわれるものでも腹八分目にすべきだ」と繰り返し強調しています。

 確かに、どんな食材でも食べ過ぎれば体の負担になり、余分な脂肪が付いてしまいます。

個々の食材にだけ目を向けると栄養全体のバランスを見失う恐れもあるでしょう。食事全体、体全体を大きくとらえて、丸ごとバランスを整えることが本当の薬食同源であり、食養生の鍵といえます。

 

■食養生の知恵と教訓を

 現代の日本は世界有数の医療水準を誇り、誰もが必要な医療を受けられる体制が整っています。しかし、医療が充実するにつれて明らかになったのは、健康で長寿を楽しむには、薬を飲んだり、手術を受けたりするだけではまったく不十分だということでした。

 なぜなら、病気のかかりやすさは生活習慣によってかなりの部分が決まるからです。最近行われた大規模な調査から、寿命のうち遺伝によって決まるのは16パーセントしかないことが明らかになっています。

残りの84パーセントを生活習慣と環境が決めるとなれば、食生活や心のありようを含む生活習慣を正さない限り、病気を取り除くことは不可能でしょう。

 医学の発展にともなって日本人の平均寿命が一気に伸びたのも、高い健康意識に支えられ、連綿と受け継がれた養生の知恵のおかげと考えられます。今の時代にこそ、歴史に埋もれた健康と食の教訓を見直すことで多くのヒントを得られるのではないか。そんな気持ちから執筆したのが『日本人の病気と食の歴史 ~長寿大国が歩んだ苦難の道』です。

 といっても小難しい話ではありません。日本人の病気と食をめぐる1万年の歴史には日本史のトリビアが満載です。

歴史好きな人はもちろん、これまで歴史にあまり触れてこなかった人にも、楽しく、面白く読んでいただけると思います。