CHAGE and ASKAのASKA、清原和博、高知東生、少しさかのぼれば酒井法子……と、覚せい剤の所持・使用で逮捕される有名人は後を絶たない。しかし、そのたびにメディアは大々的に報道するが、ASKAや清原にその後、どのような治療が行われたのかはあまり知られていないのが実情だ。



「薬物依存症の治療は、施設や病院ごとの考えに基づいたプログラムを採用しているため、一概に『もっとも有効な治療法はこれ』ということは言えません。ただし、オーソドックスな治療法はいくつかあります」

 そう話すのは、一般財団法人ワンネスグループ共同代表の三宅隆之氏だ。知られざる薬物依存症治療の実態や最新の治療法について、三宅氏に詳しく聞いた。

●清原も行った「条件反射制御法」とは?

 清原が受けたことで一時、話題となった「条件反射制御法」。これは、薬物乱用からの脱却を目的としたプログラムだ。

 条件反射制御法とは、自分の脳にインプットされている「快楽の条件」をバラバラにする治療法だ。具体的には、生理食塩水の入った注射を繰り返し打つことで、「注射をしても、以前のような快楽は得られない」と患者に認識させるのだという。この条件反射制御法は、清原が行った治療法でもある。

 しかし、条件反射制御法は「身体的な依存」を取り除くには適しているかもしれないが、「精神的な依存」からの脱却は難しい面があり、一部には懐疑的な見方もある。

「薬物依存だけではなく、アルコール依存、ギャンブル依存など、どんな依存症を治療するにしても、精神的なケアは不可欠です。依存症患者は、心になんらかのトラブルや問題を抱えているケースがほとんど。治療では、なぜ薬物による快楽を求めてしまったのかなど、薬物に依存する根本的な原因を探る必要があります」(三宅氏)

 この精神的なケアを目的とする治療法のひとつに、「認知行動療法」がある。
中立的な立場から患者の支援を行うファシリテーターを1人置き、複数人のグループで話し合いながら、「どんなときに薬物を使いたくなるのか」「何に対して不安に思うのか」など、「引き金」や「スイッチ」を自覚し、対処法を探していくといったことが行われる。

 また、薬物依存の根本原因を「負の感情の対処法」と捉えて、負の感情を他人に表現するというトレーニング(エモーショナル・リテラシー)を取り入れているところもある。「自分の行動を見つめ直し、結果的に薬物から離れることができるようになる」と三宅氏は話す。

「心のなかになんらかの問題があり、それが薬物に依存するきっかけとなっているなら、まずはこの『心の問題』を解決することが何よりも重要なのです」(同)

●薬物依存症に「完治」という言葉はない?

 さらに、同じ対話形式の治療法に「当事者ミーティング」がある。薬物依存症患者が集まって複数人で話し合うのだが、グループのなかには薬物から何年も離れることに成功している人もいれば、刑務所から出てきたばかりの人もいるという。

「認知行動療法と当事者ミーティング。どちらにも共通しているのは、自分と同じようなトラブルを抱えている人と話せるということです。それにより、『薬物依存で困っているのは自分だけではない』『孤独ではないんだ』と思えるようになるのです」(同)

 三宅氏によれば、薬物依存症には「完治」という言葉はないという。確かに、清原も逮捕後初のインタビューとなった昨年12月29日放送の『ニュースキャスター超豪華!芸能ニュースランキング2016決定版』(TBS系)のなかで、「二度と手を出さないとは言えない。言い切れるのは自分が死ぬとき」と語っていた。

 一時期薬を断つことができたとしても継続した治療や回復活動が必要になるのだが、この「継続して治療を受け続ける」ことこそ、薬物依存症の治療でもっとも困難なことといわれている。

「どの施設で薬物依存の治療をするにしても、基本的に数カ月から数年単位で治療プログラムが組まれています。
そして、治療を受ける患者に一番多いのが、最初のプログラムだけをこなして、途中で治療をやめてしまうケース。ある程度わかったと思って安心してしまうようですが、そのタイプの人は間違いなく再び薬物に手を出します。根気よく、地道に治療を続けることが、薬物をやめる近道です」(同)

 医療そのものは日々進化しており、最新医療技術も発達し続けている。しかし、こと薬物依存に関しては、昔と同様に、他者との会話を通じて心をケアしていくアナログな治療方法が有効なのだという。

●日本に足りない薬物依存症患者の「受け皿」

 条件反射制御法や認知行動療法は、日本だけではなく世界中で採用されている治療法だ。ただし、欧米諸国の薬物依存症の患者数は、日本の比ではないくらいに多い。そのため、日本の薬物依存症の治療法が「遅れている」との見方もある。

「確かに、治療における欧米諸国との明確な差が昔はあったかもしれません。しかし、今は医療機関も私たちのような民間施設もプログラムの充実に努めており、少しずつ差は埋まってきていると見ることができます。ただ、明らかに遅れているのは、薬物を断った人たちの『受け皿』。欧米は薬物依存症患者の数も多いですが、薬物を断った人も多いのです。そのため、元依存症患者たちによるイベントも盛んに行われ、実社会への復帰を積極的に後押ししています」(同)

 ところが、日本では一度でも薬物に手を出すと「薬物依存症」というレッテルを貼られ、それが一生つきまとう。
元薬物依存症患者や家族も、その事実をひた隠しにする傾向がある。薬物依存症は治療することができる問題だということが、世の中に伝わりきっていないのが現状だ。

「きちんとした治療方法を知らないために、薬物依存症の回復が遅れてしまうこともあります。同じ過ちを二度と繰り返さないためにも、病院や施設でどんな治療が行われているかを、もっと認知させていく必要があると思います」(同)

 これは、有名人の覚せい剤使用をことさら糾弾する一方、その後の治療についてはあまり報道しないメディア側の責任でもある。薬物依存症の問題は、治療法を浸透させていくのも重要な課題であるということを、もっと多くの人が知るべきだろう。
(文=中村未来/清談社)

編集部おすすめ