伊藤忠商事がスポーツ用品大手のデサントに仕掛けた敵対的TOB(株式公開買い付け)の帰趨に関心が集まっている。期限は3月14日で、伊藤忠は持ち株比率を40%(現在は30%強)に引き上げる。



 伊藤忠は経営陣のスリム化を目指している。取締役の数を伊藤忠2、デサント2、社外取締役2の6人体制とする。40%の株式を握ればデサント側の提案に拒否権を発動できるので、社外取締役は伊藤忠の息のかかった人物が選ばれることになる。そうなると、経営陣は伊藤忠4、デサント2の構成になる。

 一方、デサント側は自社1、社外取締役4の5人体制を主張している。「筆頭株主なのにひとりも取締役を出せないなどあり得ない」(伊藤忠幹部)うえに、もし社外取締役4の割り振りを伊藤忠2、デサント2とするなら、デサント側は経営の主導権を死守できる。
「デサント枠1というのは、石本雅敏社長の続投を意図したもの」と伊藤忠は判断している。デサント側のシナリオは我が田に水を引くような、かなり虫のいいものであることは確かだ。

 デサントの石本雅敏社長は伊藤忠の敵対的TOBを「デサントの企業価値、ブランド価値向上につながらない“大義なきTOB”だ」と、激しく反発した。伊藤忠はデサント株30.44%を保有する筆頭株主であり、デサントの商品を扱っている優越的な立場にある。その伊藤忠が敵対的 TOB を仕掛けたわけだ。

 伊藤忠によるTOBに「反対」を表明した2月7日午後、石本氏は620人の社員を前に「社員や取引先からは『がんばれ』『応援している』との声をたくさん頂いている」と語った。
国内の従業員1200人を対象にTOB反対の署名を集め、1040人の署名を得たという。労働組合やOB会も反対の意思表示をしており、伊藤忠を強く牽制する。

 こうした動きに対しても伊藤忠は「社員(組合員)に半ば強制的にTOB反対の署名をするよう求めたようだ」(同社幹部)と手厳しく反発している。

 伊藤忠との対立について石本氏は「土俵が整い次第、話し合いをしていきたい。早期解決を望んでいる」と、収拾を急ぎたい考えだが、双方の溝は埋め難いほど広がっていて、落としどころを探るのは困難な状況だ。対立を解消できずに泥沼状態が長期化すれば、デサントの企業価値やブランド力が大きく毀損することになる。


●「デサントとの協議打ち切り」発表

 国内では2000年代に敵対的TOBが盛んになったが、その多くが失敗に終わった。「ホワイトナイト(白馬の騎士)」が出現し、TOB価格より高い値段で株を買い取る対抗TOBを実施したためだ。

 伊藤忠の買い取り価格(1株2800円)は、TOB発表前日の終値の約5割増と破格の高値だ。これ以上の価格で対抗してくれるホワイトナイトを見つけるのは難しく、デサントも「対抗策は協議していない」と述べている。もし、デサントの6月末の株主総会で委任状の争奪戦になれば、デサント側に勝ち目はないというのが大方の見方だ。

 伊藤忠の岡藤正広会長は、長年、デサントにかかわってきた繊維部門のドン。
石本氏が伊藤忠の言うことに耳を貸さなくなり、しびれを切らしたのがTOBのきっかけだ。関西の名門繊維会社のトップは、こう指摘する。

「伊藤忠の繊維部門の収益の伸びが鈍化していることが、繊維出身の岡藤会長がデサントTOBに執念を燃やす背景にある」

「伊藤忠が圧倒的に有利」(M&A業界に詳しいアナリスト)と取り沙汰されるなか、水面下の動きが明らかになった。

 2月19日付「日経ビジネス電子版」が、伊藤忠が和解案を提示したとスクープしたのだ。

 それは「伊藤忠が出す取締役2人を1人に減らし、2人の社外取締役の指名権を伊藤忠が握る案を提示している」という内容。だが、伊藤忠は「本日、一部報道機関より憶測に基づく記事が出ておりますが、現状の条件でTOB を継続する方針に変わりはありません」とする否定のコメントを出した。
伊藤忠が「日経ビジネス」の記事を全面否定するのは珍しいため、話題になった。

 だが、「日経ビジネス」(日経BP/3月4日号)は伊藤忠が否定したにもかかわらず、再び「(伊藤忠が)水面下で和解案を示した」と念押しの記事を掲載した。そこでは「『対立ばかりしていても何もいいことはない。きちんと話し合いなさい』。2月7日にデサントが伊藤忠によるTOBに反対表明した後、デサントの元社長の仲介で、デサントの石本雅敏社長と伊藤忠の小関秀一専務執行役員が水面下で複数回接触した。そこで出てきたのが和解案だ」と書いている。
さらに、「今後の焦点は、デサント側が伊藤忠の和解案を受け入れるかどうかに移る」とした。

「日経ビジネス」の追撃報道に腹を立てたのか、伊藤忠は同誌が読者の手元に届く直前の2月28日、「デサントとの協議打ち切り」を発表した。

 他方、3月7日付日本経済新聞は「もがくデサント、幻のトップ交代合意も泡 伊藤忠TOBまであと1週」とする伊藤忠寄りの記事を掲載した。

「両社は水面下で協議を重ねてきた。計4回にわたって会議し、今後のデサントの経営体制などを協議した。複数の関係者によると、その場では、次期トップは伊藤忠から迎えることが大筋で固まった。だが、デサント社内の反発が強かったほか、デサントが求める伊藤忠以外の社外取締役の増員など意見の相違もあった。結局、伊藤忠は2月28日、協議の打ち切りを発表した」

「伊藤忠はTOBの完了を虎視眈々と狙う。伊藤忠にはデサントの第2位の株主で中国のスポーツ用品大手、安踏体育用品の最高経営責任者(CEO)も賛同しており、TOB後には過半近くの株式に影響力を持つ。経営陣の刷新を念頭に臨時の株主総会の請求も示唆している」

「ただ、デサントの労働組合などがTOBへの反対を表明するなか、資本の論理で圧力をかけてもデサントの現場が伊藤忠についてくるかという問題も残る」と付け足してはいるが、伊藤忠寄りの記事という印象は拭うことができないだろう。

●メインバンクは伊藤忠のイメージダウンを懸念

 金融筋によると「伊藤忠のメインバンクである、みずほフィナンシャルグループが(敵対的TOBは)伊藤忠のイメージダウンにならないかと、懸念を示した」という。みずほ銀行はデサントのサブ行でもあり大企業による中堅企業“イジメ”と受け取られかねないからである。

「岡藤氏には、伊藤忠の繊維を自分が発展させたという自負がある。言うことを聞かない会社は許せないんだろう。伊藤忠のアパレルは海外ブランドのライセンス契約が多いので、やはり自社ブランドは持ちたい。それで、デサントにこだわるのだ」(伊藤忠の元役員)

 状況は、必ずしも伊藤忠が“圧勝”といえなくなってきた。

「伊藤忠はデサントについて、『韓国に集中しすぎる』と批判してきたが、デサントは業績がいい。つまり、韓国シフトが当たっているといえる。伊藤忠は、今後、景気が長期にわたって低迷する可能性が高い中国向けを強化せよと言っているが、『中国向けってどうなのよ』という話だ」(商社担当の外資系証券会社のアナリスト)

 当初、伊藤忠はTOBに5割ものプレミアムをつけたが、デサントの株価はジリジリ上がってきている。3月8日、日経平均株価が4日続落し、一時462円安の2万993円となったにもかかわらず、デサントの株価は市場の流れに抗して15円高の2515円をつけた。株価が2500円を超えたらプレミアムは12%、もし2600円になれば7%台に急低下する。TOBの上限が40%なので応募しても漏れる可能性が高いこともあって、「既存株主が意外と手放さないのではないか」(兜町関係者)といった見方も出てきた。

 岡藤氏は拳を振り上げたからには完全に完璧に勝利しなければ経営者として大きなダメージとなる。「40%を上限とせず買えるだけ買う」ことにすれば、間違いなくTOBは成立する。デサントの株価次第で、最終局面でTOB価格(2800円)を引き上げるといった柔軟な対応が必要になるかもしれない。

●敵対的TOBが主流になるか

 伊藤忠がデサントを力で屈服させれば、敵対的TOBが日本の資本市場でも主流となる可能性は高い。買収防衛策が廃止され、株式の持ち合いも減り、安定株主が減少傾向にあるという構造的な変化を考えると、敵対的TOBが今後、増えることはあっても減ることはないとみられるためだ。

 岡藤氏の“英断”が、どのようなかたちで結実するのか。デサントの6月末の株主総会は一見の価値がある。

 一方のデサントは、社外取締役の権限を強める「指名委員会等設置会社」への移行の検討に入った。敵対的TOBを仕掛ける伊藤忠の経営への関与を薄める狙いがある。

 指名委員会等設置会社に移行すれば、社外取締役が委員の過半数を占める「指名委員会」が、役員を選任、解任することになる。TOBが成立した後、伊藤忠出身の役員が人事などを決めようとすることに一定の歯止めを期待できる。しかし、移行には株主総会で議決権の3分の2以上の賛成が必要だ。筆頭株主の伊藤忠が賛同しなければ事は進まない。

 デサントの6月末の定時株主総会に注目と前述したが、伊藤忠が臨時株主総会の開催を請求すれば、4月にも臨時株主総会は開くことができる。その臨時株主総会で石本社長の“首切り”を伊藤忠が断行するかどうかに関心は移った。
(文=編集部)