イランでは、怒りというエネルギーを笑いに転換する。イランと日...の画像はこちら >>



Text by 西田香織
Text by 今川彩香



私たちは「イラン」という国を、どんな映像で記憶しているだろうか。戦争、ヒジャブ、宗教、対立——。

だが、イラン映画を観ると、そこには私たちと変わらない怒りやユーモア、生活があることを知る。



イランの巨匠、ジャファル・パナヒ監督による『シンプル・アクシデント/偶然』が、現在全国で公開されている。2025年の『カンヌ国際映画祭』で、最高賞を受賞した作品だ。



イラン映画を日本で語るとき、そこにはショーレ・ゴルパリアンさんの存在がある。日本で公開されるイラン映画のほぼすべての字幕翻訳にかかわり、名だたるイラン映画の監督たちの通訳・アシスタントを務めるなど、日本を拠点に30年以上、2つの国を映画でつないでいる。今回は、本作からイラン映画、そして言語や文化のことまで、ショーレさんにインタビュー。



この2月、アメリカとイスラエルがイランを攻撃して戦闘が起き、多数の民間人が犠牲になっていると報道されている。パナヒ監督は4月、そんなイランに戻ったのだという。映画をとおしてイランで暮らす人々に思いを馳せることは、どんな力になるのだろう。



『シンプル・アクシデント/偶然』は、かつて不当な理由で投獄された主人公が、自分を拷問した看守と思われる男と、偶然出会うことから始まる。パナヒ監督は、自身が2度にわたって投獄された経験と、同房で出会った人々の声から着想を得て、本作を手がけたのだという。



日本を拠点に30年以上、イラン映画の字幕の翻訳や監修を担い、本作の字幕監修も務めているショーレ・ゴルパリアンさん。

本作について「ものすごい怒りに満ちている、というのが第一印象でした」と語る。パナヒ監督の映画のなかでも、これほどまでに直接的に暴力を描いた作品は初めてではないか、というのだ。



ショーレ・ゴルパリアン(以下、ショーレ):どんな映画でも、その後ろには監督の気持ちや考えがこもっていると私は思っています。これまでのパナヒ監督の作品では、俯瞰した第三者の目で見てつくっていたような印象があったんですが、本作ではいつも以上に自分自身が映画のなかに「入っている」感じがしました。



イランでは、怒りというエネルギーを笑いに転換する。イランと日本を映画でつなぐ翻訳者に聞く

ショーレ・ゴルパリアン
映画プロデューサー、翻訳家。イラン西部ハマダーン生まれ。1992年、モフセン・マフマルバフ監督『サイクリスト』(1989)を皮切りに日本で公開されるイラン映画のほとんどすべての字幕翻訳にかかわる。世界を席巻するイラン映画の監督たちの通訳・アシスタントを務め、日本各地の映画祭でイラン映画を紹介、韓国釜山国際映画祭では公式アドバイザーに。著書に『映画の旅びと』(みすず書房、2021)など。 2020年「芸術を通じて日本とイランとの間の文化交流の促進に多大な貢献を行った」として、旭日双光章を受章。



ショーレ:監督は収監されているあいだに、たくさんの人から話を聞いています。政治犯として捕まった人たちの体験が心に溜まって、自分の経験に加えてみんなの思いが一緒に爆発して出てきたんだなと感じました。

だから、すごい怒りを感じるんですね。



その怒りの矛先とは——いまはまた戦争が始まって、違うものになっているかもしれないけれど——監督が本作をつくっていたときの、体制(政府)が仕切っている社会に向いているものだったのでは。システムのなかでつくられた社会に、すごく怒っていたんだと思う。



そんな重たく厳しい題材を扱いながらも、本作にはところどころ、つい笑ってしまうようなユーモアあふれるシーンもある。



ショーレ:イラン人はとても気さくで、よく笑うんです。ステレオタイプとして言うと、日本人が「真面目」だったら、イラン人は「気さく」(笑)。何か問題が起きると、それをすぐ笑いに変えてしまう。悲惨な時代もたくさんあったけれど、笑いがなければ乗り越えられなかった。怒りってものすごいエネルギーで、それを笑いに転換するというのは、すごいことだと思います。



だからこそ、こんなに厳しいテーマの映画でも、ちょこちょこユーモアが顔をのぞかせる。あれは、もともとみんなの心のなかにあるものなんですよ。根底に流れる明るさ、みたいなもの。



イランでは、怒りというエネルギーを笑いに転換する。イランと日本を映画でつなぐ翻訳者に聞く

©LesFilmsPelleas



本作では、元囚人やそのパートナーらの5人が、狭い車のなかでドラマを繰り広げる。それぞれ罪という罪もないまま、かつて不当に投獄され、拷問を受けた人々。しかし、誰もその拷問官の顔を見たことがないから、拘束して車に載せている人物が、本当にその拷問官なのか確信を持てないまま、車を走らせる。怒りに身を任せようとする者、冷静に見えながら必死に自らの感情を抑えている者……。それぞれまったく違う人物が描かれる。



ショーレ:目的は同じだけれど、性格も、社会や相手に対するリアクションも、一人ひとりまったく違います。カオスですよね。その5人それぞれが、いまのイランの、社会の断面を象徴しているんです。



イランでは、怒りというエネルギーを笑いに転換する。イランと日本を映画でつなぐ翻訳者に聞く

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ショーレさんは、拷問官を識別する方法が、それぞれ異なっていた点についても「細かいところですが、とてもよく考えていると思いました」と話した。



ショーレ:1人目は音——足音で気づく。2人目は匂い——「あいつの匂いだ」とわかる。3人目は足を触って——という具合に。

全員が拷問官の顔を見ていないから、声や匂いや触覚で識別するしかない。つまり、拷問されているあいだのことを五感で覚えているんですよ。そういう細部が、この映画の重さをつくっていると思います。



カオスな車内には5人に加えて、拷問官と思われる人間が箱のなかで気を失っている。劇中、箱のなかの人間が直接映し出されるシーンは少ない反面、ずっとそこに存在している、そんな「気配」が充満している。



ショーレ:素晴らしい演出だと思いました。ほとんど映らないのに、ほかの5人と同じくらい強い存在感がある。だからこそ、最後のシーンが際立ちます。「本当は、俺もあなたたちと同じ人間だ」という、あの会話……。それまでずっと「存在していた」からこそ響く。監督も、あのシーンでの役者の演技を絶賛していたそうです。怒鳴る、懇願する、また怒鳴る、優しくなる——めまぐるしく感情が変わって、素晴らしかったと。



またそのシーンで、あるきっかけによって、彼がぐっと変わる瞬間があるでしょう。あれも監督らしい。パナヒ監督はいつも「人間は白でも黒でもなく、みんなグレーだ」と言っていて、あのシーンにはそれがそのまま出ている。監督も収監されてひどい目に遭ったはずなのに、あのキャラクターを「100%の悪」で終わらせない。それがパナヒ監督だと思います。



イランでは、怒りというエネルギーを笑いに転換する。イランと日本を映画でつなぐ翻訳者に聞く

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そもそもイラン映画を語るうえで欠かせないのが、アッバス・キアロスタミ監督の存在だろう。パナヒ監督はキアロスタミの助監督を経験したのちに監督となった。ショーレさんは、両監督と映画をとおして関わっている。



ショーレ:キアロスタミ監督の映画は「社会」よりも「人間」を描いています。テーマは小さいかもしれないけれど、とても深く哲学的なものが多い。一方でパナヒ監督は、自分が生きている社会のなかで感じる重みや悲しみ、怒りを、そのまま映像で表現するんです。



パナヒ監督デビュー作の『白い風船』(1995)は、キアロスタミ監督の脚本で、貧しい地域の話ではありますが、子どもが主役のとても可愛らしい映画。

その後は、その時々のイランの社会問題を真正面から取り上げる作品が増えていきます。



『シンプル・アクシデント/偶然』は2025年、『カンヌ国際映画祭』パルムドールを受賞。すでに『ベネチア国際映画祭』『ベルリン国際映画祭』でそれぞれ最高賞を受賞しているパナヒ監督は、3大映画祭すべての最高賞を制覇した。



その快挙を成し遂げているのは、パナヒ監督を含めて史上4人しかいない。ショーレさんはイラン映画について、「同じ土壌から生まれているのに、まるで違う国の人の映画みたいに見える。それがイラン映画の特徴であり、すごいところだと思います」という。そもそも「同じ土壌」とは? いまや独自の存在感を放つイラン映画は、どのように発展してきたのだろう。



ショーレ:歴史をたどると、1979年のイスラム革命が大きな転換点になっています。革命前は商業映画が全体の約9割を占めていて、インドやアメリカの娯楽映画を模倣したような、踊りや歌、派手なアクションが売りの作品が多かった。



それでも60年代から、作家性のある映画を撮ろうとする若い監督たちが少しずつ現れ始めていました。キアロスタミ監督も、この頃から映画を撮っています。彼らは「ニューウェーブ」と呼ばれました。



革命が起きると、(検閲によって)踊りや女性の露出がある商業映画はつくれなくなります。でも、「ニューウェーブ」の監督たちは革命後も活動できた。なぜかというと、体制が求めたのは、もともとのイランの精神性や庶民のリアルな生活を描くことだったから。



そうして、現実に根ざした人間を大切にする映画がどんどん増えていき、それが今日のイラン映画の土台になっているんです。そのあとに出てきたパナヒ監督、アスガル・ファルハーディー監督、バフマン・ゴバディ監督——みんな、ニューウェーブの先人たちがいたからこそ生まれてきた監督たちです。



イランでは、怒りというエネルギーを笑いに転換する。イランと日本を映画でつなぐ翻訳者に聞く



ショーレさんが30年以上、日本を拠点に翻訳や監修をしていることは上述したが、初めて日本を訪れたのは1970年代。5~6歳のときには、ペルシア語に訳された日本の昔話の本を母からもらったり、イランで『おしん』や黒澤明監督の映画がテレビ放映されていたりしたことから、幼い頃から日本に興味があったのだという。



ショーレ:当時、イランでは『おしん』や黒澤明監督の映画が放送されていたんですよ。いまでも日本映画は、新しい監督の作品よりも、いわゆる「黄金時代」の監督たちの作品が根強く見られています。映画学生や映画好きな人たちはもちろん、大学の映画学科では黒澤明監督をはじめ、溝口健二監督、小津安二郎監督の映画をフレーム単位で分析して教えているくらい。



イランでは、怒りというエネルギーを笑いに転換する。イランと日本を映画でつなぐ翻訳者に聞く



そして紆余曲折を経て——その激動の人生は著書『映画の旅びと イランから日本へ』(みすず書房)に詳しい——長年、翻訳や監修に携わり、イランと日本を映画でつないできた。ショーレさんは「ペルシア語と日本語はとてもよく似ているところがあります。感情のニュアンスという点で、この二つの言語は非常に近い」と語る。



ショーレ:『シンプル・アクシデント/偶然』での、私の仕事は「監修」です。まず英語から日本語に翻訳されたものがあり、それを私がペルシア語と照らし合わせながらチェックして、直す。なぜそれが必要かというと、ペルシア語と日本語の感情表現はとてもよく似ているけれど、あいだに英語が入ることで、そのニュアンスが失われてしまうから。



英語はフラットなんですよ。YesはYes、NoはNo。でもペルシア語も日本語も、「はい」と言いながら本当は「いいえ」の場合がある。ほほえみながら「このやろう」と思っていることもある(笑)。そういう微妙な感情が言葉に載っているから、英語に訳された時点でそれが消えてしまうんです。



本作の監修において一番難しかった点は? そう尋ねると、元囚人のひとりであり、おそらく劇中で一番の暴れん坊である「ハミド」の台詞だった、と答えた。



ショーレ:ペルシア語には、本当に汚い言葉が豊富にあって(笑)。ハミドは、その使えるものを全部使っている。でも日本語には、同じレベルの言葉がないんですよ——「死ね」「くたばれ」「このやろう」、それくらいでしょうか? 英語で言えば「ファック・ユー」にあたる強さの言葉が、日本語には見当たらない。だから、どうしてもハミドの言葉の激しさが日本語では伝わりにくくなってしまう。もっと汚い言葉が日本語にあれば……と思いましたね(笑)。



イランでは、怒りというエネルギーを笑いに転換する。イランと日本を映画でつなぐ翻訳者に聞く

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言葉のバリエーションで、それぞれの人物像を表現すること。それが、監修の核心だとショーレさんは語る。



ショーレ:たとえば、5人のなかでも、お金持ちの人の言葉遣いは教育を受けたであろうことが推察されるような語彙なんです。ペルシア語で、それがよくわかる。だから日本語でも「食べろ」ではなくて「食べましょうか」と表現する。そんなことを、一つひとつチェックしています。パナヒ監督は、その違いで一人ひとりのキャラクターを描いているので、翻訳がそれを潰してしまってはいけないんです。



『シンプル・アクシデント/偶然』が、私たちに投げかける問いのひとつに、「復讐の連鎖」をどうとらえるか、というものがあるだろう。元囚人たちのやりとりのなかに、こんな会話がある。「連鎖は永遠なの?」「悪いのは体制であって奴らじゃない」「体制をつくったのは奴らだ」——。故郷であるイランと、似ているけれどたしかに違う日本、その二つの国を見つめてきたショーレさんは、どう受け止めたのだろう。



ショーレ:私は、南アフリカの元大統領ネルソン・マンデラの言葉を思い出しました。「許すことはできる。でも忘れることはできない(Forgive, but not forget)」。彼ら(元囚人たち)も同じだと思います。いまの状況を許すことはできるかもしれないけれど、かつての体験は一生消えない。たった一つの音ですべてがよみがえる——映画の冒頭がまさにそのことを表しています。



イランでは、怒りというエネルギーを笑いに転換する。イランと日本を映画でつなぐ翻訳者に聞く

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2026年2月、米国とイスラエルはイランに先制攻撃を行った。そして始まった戦闘はイラン各地で繰り広げられ、民間人の犠牲者も多数、報告されている。4月8日にはいったんの攻撃停止に合意したものの、5月中旬には、米国とイスラエルがイラン攻撃再開を検討中だとも報じられた。パナヒ監督は4月、戦中のイランに戻ったのだという。



最後に、世界中で戦争が続いている状況で「映画がどんな力を持ちうるか」、ショーレさんに尋ねた。



ショーレ:映像には、ものすごい力があります。だからこそ同時に、メディアも映像で私たちの認識をつくっている。例えば、イランといえばヒジャブをかぶって「アラーフ」と叫んでいる——そういう映像によって、人々のイメージがつくられる。昨日もNHKのドキュメンタリーを見ていたら、コロンビアのある村の、本当に素敵な人たちが映っていて。ああ、私はずっとコロンビア人はみんな麻薬に関わっているように思っていた、と気づいたんです。



だからこそ、それぞれの国でつくられた映画を見ることが大事だと思う。特にイラン映画は、現実に基づいてつくられているから、本当のイランが見えてくる。かつてキアロスタミ監督が来日し、『友だちのうちはどこ?』(1987)を上映したとき、日本の観客が「これ、私たちの子ども時代と同じじゃないか」と驚いていた。それが映像の力だと思うんです。



いまのイランで起きていることも、またすぐ映画になるでしょう。きっと、ドキュメンタリーも短編も出てくる。パナヒ監督も、またつくるはずです。だから、イラン映画に注目してみてほしいと思います。



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