携帯電話はベトナムではまだ貴重品で、知り合いの日本人は、ホーチミン市内を携帯片手に歩いていたらいきなりひったくられたといっていた(いまでは考えられない)。だが空港や街なかではサムスンの大きな広告があちこちで展開されており、その一方で日本の携帯メーカーの広告はどこにもなかった。
帰国後、たまたま大手家電メーカーのひとと会う機会があったので、この話をした。
液晶テレビの話を聞いたメーカーの幹部は、「LGとサムスンですか」と興味なさそうにいった。携帯の話をした別のメーカーの課長は、「ベトナムですか」と見下したように笑った。
その後、「ベトナムですか」のメーカーは解体されて、事業の一部は中国の家電大手に売却された。「LGとサムスンですか」の会社は、つい最近台湾の電子機器メーカーに買収されることになった。
私がこの話を思い出したのは、ジリアン・テットの『サイロ・エフェクト』(文藝春秋)を読んだからだ。
先進国にも多々ある「奇妙な風習」ジリアン・テットは英フィナンシャル・タイムズ(FT)の東京支局長時代に90年代後半の金融危機に遭遇し、長期信用銀行の破綻から投資ファンド「リップルウッド」による買収に至る内幕を、ティモシー・コリンズCEOや八城政基・新生銀行社長(いずれも肩書は当時)などへの取材をもとに『セイビング・ザ・サン』で描いた。その後FTアメリカ版の編集に携わると、こんどはサブプライムバブルの崩壊とリーマンショックに遭遇し、そのときの精力的な取材は『愚者の黄金』(日本経済新聞出版)にまとめられた。『サイロ・エフェクト』は彼女の最新刊だ。