韓国でテレビを見ていたら、のど自慢大会のようなものが放映されており、何の気なしに見ていたところ、出場者の女子中高生が「私の町にはには“ドラゴンボール”があります!」とおっしゃる。
ドドドド、ドラゴンボールですか、7つ集めれば何でも願いが叶うという。
そのひとつがまさか韓国にあったとは。世界でいっとー手ごわいチャンスを手に入れるため、その中高生の故郷である三陟(サムチョク)市まで、さっそく旅立った。自費で。

半島の東部・江原道(カンウォンド)に位置する三陟市まで、ソウルからバスで3時間30分。海沿いを走る高速道路を抜け到着したその街は、田舎町特有ののんびりとした空気に包まれている。降りたバスターミナルの周辺に、見知ったチェーン店のたぐいはほとんどない。


バスターミナルの観光案内所に入るなり、係のお姉さんに「トゥレゴンボルオディエヨ(ドラゴンボールはどこですか)?」と聞いてみる。
すると彼女は当惑することなく「水路婦人(スロブイン)公園のことですね」と言い、パンフレットを渡してくれた。そこにはまさに「Dragon Ball」の文字が! 例の玉はどうやらこの公園に、堂々と鎮座しているらしい。
彼女の話によると三陟市のドラゴンボールには、ある儀式に成功すれば願いが叶う(!)というジンクスがあり、恋人たちがよく訪れるのだとか。
「やはり皆、ドラゴンボールのためにそこへ行くんですか?」と聞くと、「ドラゴンボールが人気というよりは、もともと海岸が美しいことで有名です。ボールができたのも最近のことですし」とのお答え。

念のため「漫画のドラゴンボールと何か関係が?」と質問すると、「いえ、全くありません」と即答されたが、その言葉はひとまず聞かなかったことにして、そうさ今こそアドベンチャー、水路婦人公園を目指す。

数時間に1本ほど出ている11番バスに乗り、三陟海水浴場近くで降りる。そこから何もない山道を10分ほどかけて登りきり、再び目の前に現れた海岸を見下ろせば、私の心のドラゴンレーダーがざわざわと反応。はやる気持ちで坂を下りれば、青い海と白い砂浜を背景に、黒光りする巨大な玉が現れた。
果たしてこれがドラゴンボールであった。韓国のドラゴンボールは黒かった!

直径1.3メートル、重さ5トン。
「愛の如意珠・ドラゴンボール」という名を持つ三陟市のそれは、球面に東洋チックな竜の絵と、水路夫人伝説にまつわる詩が彫られている。
賢明な読者の皆さんはもうお分かりかもしれないが、世界的に有名な、韓国でも広く知られる日本の漫画『ドラゴンボール』とは一切関係ない。さきほどの観光案内所の方の弁によると、水路夫人なる絶世の美人が海の竜に連れ去られてしまったという伝説をモチーフに、公園やドラゴンボールが作られたのだそう。

ボールのそばには、「ドラゴンボールを回して、竜に乗った水路夫人があなたの前で止まったら、全ての願いが叶うということです」と書かれている。他にも、漢詩『献花歌』が出ればふたりの愛が永遠になったり、『海歌詞』が出れば昔の愛が復活したり、そのような効果が期待できるとのことだ。
さっそくボールに手をかけてみるが、思った以上に重い。
この球は選ばれた者にしか動かせないのでは? と一瞬思ったが、少し動くとぐるぐると気持ちいいほど回りはじめた。不思議なものである。
特に期待せずにボールが回るのを見ていたのだが、思いがけず私の前に水路夫人が出てしまった。あわてて自分の願いを考えてみるが、特に効率の良い願いは思いつかず、とりあえず心の中で「ギャルのパンティおくれ」に決定。もっといい願いを思いつけなかったウーロンの心境が、何となく分かる気がした。

三陟市は美しい海岸のほか、港で獲れる新鮮な魚、天然記念物級の洞窟でも有名で、また「海列車」というイベント列車の終着駅となっていることから、洞窟マニア&鉄道マニアも楽しめる町となっている。
近年はペ・ヨンジュン主演の映画『四月の雪』の撮影地ともなったことから、日本人観光客もしばし訪れるという。
何より小さな町ならではの穏やかさと懐かしさがあり、私も街の方の親切に触れることができて、印象深い旅行となった。いいよ、三陟。今度は事前に自分の願いを決定した上で、黒いドラゴンボールに再会したいものである。
(清水2000)