右翼と聞いてまっさきに頭に浮かぶのは、派手な街宣車を乗り回し、戦闘服に身を包む右翼団体、いわゆる街宣右翼だろう。菊のご紋といかめしいスローガン、スピーカーから軍歌を大音量で流してまわる真っ黒い大型の改造車。しばしば街頭で見かける彼らの実態はいかなるものなのか。それを知ることができるのが今年の2月11日に発売された『右翼という職業』である。
本書の著者である武寛は、各右翼結社の連合団体で事務局長を務めたという幹部。本書はそんな氏が、ありのままの右翼団体の姿やそこでの体験を語るというノンフィクション。生真面目な告発本でもなければ武勇伝の寄せ集めでもなく、ユーモアを交えながら彼らの「仕事」の数々から失敗談、ひいては女性関係まで語られている。
そもそも、右翼の人達はどんな理由で右翼団体に入るのだろうか。筆者は赤裸々にその理由を語る。
『なにしろ入会の動機といったって、「元暴走族だったが、二十歳過ぎて、いつまでもバイクじゃ格好つかないし右翼街宣車なら騒音まき散らしていることに変わりないので参加した」とか、「戦闘服がきたかった」とか、「毎日の仕事がおもしろくないので街宣車に乗って暴れたくなった」とか、「右翼になると威張れると思った」とか、およそ国体護持とか天皇制維持とかにまったく無縁な動機ばかりなのです。』
街宣活動をするために右翼思想の講義を行い、演説原稿はなるべくひらがなを使う。筆者は自虐的に街宣右翼の思想の弱さを語るが、しかしそこまで悲観はしていないようだ。
一つ例を出せば、学歴詐称議員の追求である。裏社会の情報をかき集め、表沙汰にされていない区議会や都議会の議員の学歴詐称を探し出し、その議員の自宅や事務所で街宣活動を行う。困り果てた議員は数百万円から数千万円に至る謝罪金を出して丸く収める。このような「仕事」が可能なのも日々彼らの行う街宣活動が世間へ向けての威嚇となっているからだ。
神主兼業右翼の暗躍や、派手な女性関係などまだまだ紹介したい内容はたくさんあるが、それは是非お手にとって読んでいただきたい。本書を通して見えてくるのは、純粋な思想集団としての右翼ではない。営利団体としての右翼である。
街宣右翼がまさに「職業」となってしまった今、純粋な右翼はどこにいるのだろうか。最近巷で騒がれている、「ネット右翼」はどうだろうか。
通称ネトウヨ。
安田浩一は、すでに『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』を上梓しており、本書はその続編として読むことも出来る。在特会とは「在日特権を許さない市民の会」の略称で、ロート製薬や朝鮮学校への過激なデモや抗議で知られ、ネット右翼の中でも特に現実で行動を起こす「行動する保守」に分類されるような団体である。
本書では在特会も含めたネットでよく見かける右翼的な言説、例えば在日朝鮮人は不当に優遇されているだとか、韓流はマスメディアの陰謀によるものだといったものを、かなり痛烈に否定してゆく。扱うネット右翼の現象は微に入り細に穿っており、例えば深夜アニメ『さくら壮のペットな彼女』で、原作のライトノベルではお粥になっていたところをアニメ版では韓国料理のサムゲタンに変わっていたとする事件まで取り扱われている。これは、ネット界隈でアニメ会社の韓国ごり押しであるとして大炎上した事件である。
一見して、ネット右翼は非常に純粋な思想集団に思える。彼らはネット上で活動するが故に中心的なリーダーを持たず、派閥争いが起きない。特別に活動資金が必要なわけでもなければ、現実の利害関係に束縛されることもなく、タブーを破り、過激な言動を行うことが出来る。
しかし、安田は「ネット右翼は本当の意味での右翼とは思えません。」と言い切る。
ネット上に存在する多種多様な右翼言説をひとくくりにしてネット右翼と論じるのは無理があるのかもしれない。しかし確かにそこで交わされている言説には亜細亜主義や反共主義などのイデオロギーが感じられない。○○は嫌いだ。○○は敵だ。という単なる感情論が見え隠れしているように思われる。
営利集団としての街宣右翼。そして、不満のはけ口としてのネット右翼。果たして有効な右翼的言説はどこにあるのだろうか。