さらに言えば、サイバーパンクはマンガにとても向いたジャンルだ。例えばサイバーパンク黎明期の1982年に大友克洋は『AKIRA』をスタートさせた。『マルドゥック~』にしても、コミックスのほかにアニメ映画化もされている。この世に存在しない背景や装置、仕組みを描くとき、ヴィジュアルの持つ力は大きい。
マルチコンテンツ化の最大のメリットは、作品の魅力を知るチャネルが増えることだ。例えば、石田衣良の『池袋ウエストゲートパーク』シリーズなどは、まず小説で読み、ドラマでハマり、小説に戻るという読者も数多くいた。まっさらな状態で小説を読む楽しみに加えて、長瀬智也や窪塚洋介を脳内で当てはめながら読む楽しみが加わる。ひとつの作品にいくつもの楽しみ方が生まれるのだ。
乱暴な例え方をするならば、例えばイカ嫌いの小学生がNHKが仕掛けたダイオウイカブームでイカが大好物になったとする。それまでイカフライやイカ納豆、スルメなどいろいろ試したイカ料理がダメだったにも関わらず、だ。なんと素晴らしいことか。受信するアンテナの周波数ではなく、受信メディアを変えることで、大きな位相の転換が起きる可能性がある。
読み手という立場でのわがままかもしれない。だがきっかけはなんでもいいはずだ。受信メディアを変えることで位相がマイナスからプラスへ転換されるなら、人生の楽しみは数倍、数十倍に膨張する。きっと世界の景色すら違って見えるはずだ。もうサイバーパンクはこわくない。ありがとう。『マルドゥック・スクランブル』(原作・冲方丁/漫画・大今良時)!
(松浦達也)