当時17歳という若さもさることながら、こんなアイドルみたいなルックスな子が小説を! という驚きもあった。その3年後の2004年には『蹴りたい背中』で芥川賞を史上最年少の19歳で受賞、同書がベストセラーになるとともに、“りさたん萌え”みたいな消費のされ方もピークに達した。あれから10年、30歳となった綿矢は着実に小説家としてキャリアを積み重ねている。
3月1日、「芥川賞&直木賞フェスティバル」で綿矢と道尾秀介(2011年、『月と蟹』で直木賞受賞)がトークイベントを行なった。同フェスティバルにおける作家出演イベントのトップを飾ったこの対談は、お互いが用意してきた質問に答えながら進められた。このとき、道尾から綿矢に出された質問に「自分が憧れたり、体験できないシチュエーションを小説に書きますか?」というのがあった。これに対し綿矢は「(自作の)ほとんどがそう。それにもかかわらず、実体験と思われてしまうことが多い」と答えている。
自作に書かれたことを、本人の実体験だと思われてしまうのは、このとき道尾が言っていたように、綿矢の作品には作者と同世代の女性がよく登場するからだろう。と同時に、彼女のルックスのせいもあるような気がする。女子高校生がバーチャル恋愛チャットを始める『インストール』、チャイルドモデルが芸能界に華々しくデビューする『夢を与える』など、読者がそれら作中人物に綿矢自身の姿を投影してしまうのは、“りさたん萌え”だった私にはよくわかる。
これについて本人は、「あまりにも主人公の考えと一緒に思われてしまうから、私、そういう人なんかなって思ってしまう」と、読者から逆に洗脳されるようなところもあると告白していた。
さらに、道尾自身の実体験として、『ラットマン』発表時のエピソードをあげる。同作で30歳ぐらいの主人公にしたところ「30歳ってこうじゃないだろう」と評されたことがあったという。執筆当時、道尾は31歳。31歳が30歳を描けていないとはどういうことかと、彼はその評に違和感を抱いた。が、あとで考えてみたところ、自分はリアルに描いたつもりだったが、もしかしたらその読者が求めていたリアリティとは違ったのかもしれないと思い直したのだとか。やはり読者は自分の求めているものを作品に求めてがち、ということだろうか。
もっとも、だからといって2人は読者を否定しているわけではない。むしろ、「自分たちの作品を読者が咀嚼して、そこから頭のなかに思い描く絵を見てみたい」というような道尾の発言(綿矢もこれに同調)からは、読者の自由な受け取り方を肯定していることがうかがえた。
それにしても、今回のトークイベントを見ていて、私は道尾秀介の話の上手さにすっかり魅せられてしまった。何より、たとえ話がうまい。さっきの小林亜星の話にしてもそうだが、キャラクターづくりが話題にのぼったときには、コンビニのサラダの上に乗っているゆで卵がたとえに出てきた。じつはあれは本物の卵ではなく、ロングエッグという完全な人工物なのだ。これは生産の効率のために必要なものだが、道尾いわく「小説にも、使い勝手のよさやストーリーを優先させる際など、そういうロングエッグ的なキャラクターが必要なときがある」という。
これに対する綿矢の反応がまた面白かった。作品のなかでそういうロングエッグ的な、雑に扱ってる人ばかりが増えてくると、書いてる途中、頭のなかでその人が「演じ飽きた」と言うようにこっちを振り向くことがあるというのだ。「やっぱり(ちゃんとした人物造形をせず)人っぽくさせてるものを入れると、作品自体もあかんようになるんかなって、いまの話を聞いて思いました」(綿矢)。
ちょっとしたたとえ話が、思いがけない話を引き出すことへとつながっていくのが、何とも楽しい。ドラクエのプレイの仕方から、2人の性格の違いが浮き彫りになる一幕もあった。道尾はここで「町の周りをぐるぐる回って雑魚キャラを倒して経験値を上げてから、新しいダンジョンに進んでいくタイプですか? それとも装備がまだ不十分でもどんどん進んでいくタイプですか?」と心理的テストめいた質問を投げかける。
これに綿矢が「力不足でも行く」と答えると、「そうだと思った」と道尾。
さて、このトークイベントのテーマは「小説家は幸福な職業か?」というものだった。それだけに、作品づくりについてだけでなく、小説家としての生き方みたいなものもたびたび話題にあがった。たとえば、綿矢の「作家という職業において将来についてどんなプランを持っていますか。ほかの職業と違ってなかなか将来を見定めるのは難しいところもあると思うのですが、そういうのに不安はないのでしょうか?」という質問に道尾は、次のように答えている。
「依頼が来なくなるときも来るかもしれないけど、その代わり、書きたいと思っているうちは書き続けたいと思っていて」
「ぼく、基本的にはポンコツになりたいんですね。スクラップにはなりたくないけど、ポンコツになりたいっていう気持ちがあって。ポンコツとして生きていきたいなって、最後は」
「スクラップではなくポンコツになりたい」というのが何ともかっこいい。対談中の発言ではまた、「作品を書いていて、できあがったと思うタイミングはいつですか?」との質問に対する綿矢の回答も印象に残った。彼女は、趣味の手芸――とくにぬいぐるみをつくるのが好きだという――にたとえて、こんなふうに答えていたのだ。
「手芸でいうと、最後のところの玉結びみたいなのを自分なりにしたとき。私、よく自分の小説で(読者から)『え、これからだと思った』って言われるんですけど、そうなると私の玉結びしたつもりは全然届いてなかったことになるので、そのあたりは、終わった感をもっと書けるようになりたいなって思ってます」
トークイベントの終わりがけには、「売れる本をつくる方法はいくつかあるし、十分わかっているけど、そこに自分から近づきたくはない」と言う道尾に対して、「私は惨敗してもやってみたい」と笑いながら語った綿矢。前出の玉結びの話にしてもそうだが、芥川賞受賞から10年を経てなお尽きない彼女の向上心を垣間見たような気がした。
(近藤正高)
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