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カミソリ大臣と社交界の華と呼ばれた二人!「陸奥宗光と亮子夫婦」【歴ドル美甘子のラブラブ♡偉人伝】

歴っしゅ! 歴ドル美甘子です。「ラブラブ♡偉人伝」今回のテーマは、カミソリ大臣と社交界の華と呼ばれた二人!「陸奥宗光と亮子夫婦」です。幕末・明治維新一の美男美女カップル♡の恋愛事情を探っていきます!

カミソリ大臣と社交界の華と呼ばれた二人!「陸奥宗光と亮子夫婦」【歴ドル美甘子のラブラブ♡偉人伝】
陸奥宗光(国会図書館)
陸奥宗光は徳川御三家の紀州藩生まれ。家柄もよく、お坊ちゃん育ち。自由奔放で、海援隊では坂本龍馬の右腕として活躍し、大変可愛がられていました。明治維新後は神奈川県知事や外務大臣を務め、頭の回転が早く、頭が切れるという意味で、「カミソリ大臣」と呼ばれていました。
カミソリ大臣と社交界の華と呼ばれた二人!「陸奥宗光と亮子夫婦」【歴ドル美甘子のラブラブ♡偉人伝】
陸奥亮子(wikipedia)
妻の亮子は、武家の娘ではありましたが、妾腹の子であり、今の東京・新橋の屋敷へ幼少の頃から奉公に出て過ごします。踊りや三味線を稽古し、17歳で芸妓になりました。その時の芸名は「小鈴」。目鼻立ちがはっきりとした美貌で、女好きで有名な伊藤博文も小鈴に惚れ込んだそうです。

芸妓を口説くには、普通じゃダメ!


明治5年に先妻の蓮子夫人が亡くなり、幼い子ども2人を抱え、新しい妻を探していた、陸奥宗光。通っていた花街で売れっ子芸妓の小鈴に出会いときめいたのでした。小鈴は身持ちが固く、伊藤博文からのもらい花も断ったそうですが、陸奥には惹かれていたようです。人気者の小鈴は予約がいっぱいで落ち着いてご飯を食べる暇もありませんでした。そこで陸奥は夕食時にデートに誘い、一緒にご飯を食べる時間を作ったそう。また、この頃陸奥は洋装で過ごす事が多かったのですが、小鈴と会うときはあえて着物にしてみたりと見た目にも気を使ったそうです。...続きを読む

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