山一證券をはじめとする金融機関が相次いで破綻した直後の1998年。
こうした明日の見えない情勢を憂いて、大衆が“癒し”を渇望し、その結果、坂本龍一作曲のインストゥルメンタルシングル『energy flow』が、空前の大ヒットを飛ばしたのは、今振り返ると、なんとも自然な成り行きのように感じられます。
リゲインのCMで注目された『energy flow』
「この曲を、すべての疲れている人へ。」
上記のテロップと共に映し出された、ピアノを奏でる坂本龍一。彼が演奏している場所は、スクランブル交差点のど真ん中。せわしなく行き交うサラリーマンたちはふと足を止め、その音色に聴き入ります……。
こんな感じの、第一三共ヘルスケア(当時:三共)リゲインEB錠のCMにおいて、瞬く間に話題となった『energy flow』。
このときのリゲインのキャッチコピーは「たまった疲れに」。「24時間、戦えますか」(1988年~)⇒「全力で行く。リゲインで行く」(1992年~)⇒「くやしいけれど、仕事が好き」(1994年~)⇒「その疲れに、リゲインを」(1996年~)と、バブル期から平成不況期にかけて、徐々に文言がやさしくなっているのは、なんとも面白いところ。
ちなみに、現在発売中のリゲインエナジードリンクの謳い文句は「24時間戦うのはしんどい」。過労自殺に追い込まれるケースも取り沙汰される現状を鑑みれば、このユルッとしたコピーもまた、消費者感情に寄り添った「時代の言葉」だと言えそうです。
インストゥルメンタルのシングルで初のオリコン1位に
さて、話を『energy flow』に戻しましょう。この曲、もともとは完全なCM専用楽曲だったそうです。
しかし、予想以上の評判を呼びCD化が決定したため、30秒しか作曲していなかったところから急遽、他パートを追加して一曲に仕上げたといいます。
そうやって完成した『energy flow』を含めたマキシシングル『ウラBTTB』は、1999年5月26日にリリース。インストゥルメンタルのシングルとしては初めて、週間のオリコンチャート1位を獲得し、累計にして155万枚(オリコン調べ)を売り上げるという快挙を成し遂げます。
あらゆるものが「癒し系」とされた時代
この『energy flow』及び『ウラBTTB』の大ヒットによって、癒し系は一大ブームとなっていきます。
それまで、缶コーヒー『ジョージア』のCMにおいて、「安らぎパーカー当たるよーん♪」と宣伝し、“安らぎ系”として売っていた飯島直子は、いつの間にか“癒し系女優”なる肩書きに変更され、彼女を筆頭に、優香、本上まなみ、井川遥などが、同系統のタレントとして、次々と売り出されていったものです。
また、音楽業界では、ヒーリング楽曲を集めたオムニバスアルバムが飛ぶように売れ、ゲーム業界においては、『ぼくのなつやすみ』『どうぶつの森』などが、“癒し系ゲーム”とカテゴライズされたりもしました。
音楽、ゲームにタレントまで……。何でもかんでも「癒し系」とされた、今考えるとどこか可笑しな時代。しかし、そんなささやかな癒しでも必要としていた世紀末・日本を振り返る際のBGMとして、坂本龍一が奏でる『energy flow』は、これからも最適な楽曲であり続けるのでしょう。
(こじへい)
※イメージ画像はamazonよりピアノソロ 坂本龍一 「all about BTTB」 -BTTB~ウラBTTB-