90s

多才だった島田紳助……ロードレースにガチ参戦していた過去

「あっちのほうにいけへんかったら、すごい人やねんけどな~」

昔、松本人志が自身のラジオ番組で、島田紳助についてこう評していました。“あっちのほう”とは、株・土地をはじめとした芸事以外のすべて。
当時はまだ映画も撮っておらず、お笑いだけに専念していた松本にとって、紳助のマルチタスクっぷりは、笑いの才能を持て余しているようで歯がゆかったのでしょうか。

実際、紳助ほどお笑い以外のことに手広く取り組んだ芸人は存在しないはず。
自身がフロントマンをつとめたバンド「SHINSUKE-BAND」を結成したり、飲食店・賃貸マンションの経営に乗り出したり、アイドルのプロデュースをやったり……。

1985年、レーシングチーム「チーム・シンスケ」を結成


そんな、興味が沸いたら何でもやってみる男・紳助が熱中したことの一つに、オートバイのレーシングチームの監督があります。

チーム名はズバリ「チーム・シンスケ」。かねてより親交のあったベテランレーシングライダー・千石清一に活躍の場を提供し、80年代に一大ブームを巻き起こしていた「鈴鹿8時間耐久ロードレース」へ参戦することが発足当初の目的でした。

ガチの監督ぶりを見せた島田紳助


監督と言っても、知識も経験もないタレントをPR目的で起用するような“お飾りの監督”ではありません。
自ら作成した企画書片手にスポンサー集めに奔走し、レース本番ではライダーやスタッフを前に陣頭指揮を執るというガチの監督でした。
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