「175R(イナゴライダー)」の現在!青春パンクブームの時代を振り返る
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空に唄えば

2000年代前半の音楽シーンに突如として狂い咲いた「青春パンク」なるジャンル。友情の大切さだとか、恋愛の甘酸っぱさだとか、夢を持つことの尊さだとか…。
そんな青春のうずきにあふれた青臭くストレートな歌詞を、パンクサウンドに乗せて振り絞るようにシャウトする、というのがこのジャンルのお約束。ブームの発端となったのは、MONGOL800の『小さな恋のうた』とも、GOING STEADYの『童貞ソーヤング』とも言われていますが、正確には定かではありません。

いずれにしても、彼らの後には、ロードオブメジャー・ガガガSP・B-DASH・ジャパハリネットなどが続き、当時の中高生から絶大な支持を集めたのでした。筆者もこの時期高校生だったので、学校の友人たちとオールでカラオケなどした日には、ひっきりなしにこれら青春パンク系の楽曲を繰り返し聞かせられ、まったく好きでもないのに代表的な曲は空で歌えるほどに暗記したものです。

SHAKALABBITSとのコラボシングル『STAND BY YOU!!』で脚光を浴びた175R


そんな青春パンクの王道を行っていたバンドが175Rです。ボーカル・SHOGOを中心とし、1998年に活動開始した彼らは、大物バンドのツアーサポートを行いながらインディーズシーンで活躍。初めてヒットチャートを賑わせたのは、2002年夏。同じく青春パンクバンドのSHAKALABBITSと共作したシングル『STAND BY YOU!!』が、オリコン週間5位にランクイン。この曲のヒットにより、「175R」で「イナゴライダー」と読むというプロフィール情報と共に、世間一般へと認知されたのでした。

『ハッピーライフ』と『空に唄えば』がオリコン1位!


既にインディーズミュージシャンとして人気者で、また、SHAKALABBITSとのコラボシングルがセールス的に成功を収めたこともあって、175Rのメジャーデビュー初年度は恐ろしいほどに順風満帆でした。2003年1月にリリースした『ハッピーライフ』は、ジャニーズ以外の男性アーティストでは珍しいメジャーデビューシングルにしてオリコン初登場1位を獲得。さらに、続くセカンドシングル『空に唄えば』はJ-PHONEのCMソングに使われて、またしても週間チャートで首位。同曲を引っさげて、その年の紅白歌合戦にも初出場を果たしました。

下北系バンドの台頭で、衰退した青春パンク


しかし、彼らのピークは2003年まで。2004年9月にリリースしたセカンドアルバム『MELODY』のオリコン週間第3位を最後に、シングル・アルバム共にトップテン入りさえできなくなります。
175Rだけではなく、2004年は青春パンク全体が下火になっていました。失速の原因として挙げられるのは、BUMP OF CHICKEN、ASIAN KUNG-FU GENERATION、レミオロメン、ACIDMANなどを代表とする、いわゆる「下北系」と言われるギターロックバンドの台頭。下北沢周辺のライブハウスを拠点として成り上がったという以外、彼らに音楽的な共通点はありません。逆に、バンドごとでギターサウンドをベースとした独創的な楽曲づくりこそが強みだったため、似たり寄ったりでマンネリ気味だった青春パンクに飽き始めていたリスナーにはとても新鮮に聞こえ、それゆえ、コロッと鞍替えする人が続出したのでした。

また、175R単体としても、フロントマン・SHOGOの妻・今井絵理子との離婚や、グラビアアイドル・小阪由佳との不倫騒動といったスキャンダルが重なり、2010年のCOUNTDOWN JAPAN FESをもって、いったんは活動休止となります。

一時は“うつ状態”だったSHOGO


後にSHOGO が、WEBマガジン「週刊ジョージア」のインタビューで語った内容によると、青春パンクブームが終わった後はさまざまなアプローチで楽曲製作に励んだものの、リスナーに受け入れてもらえない状況が続き、“うつ状態”になっていたとのこと。しかし、充電期間中にロンドンで1年間暮らしたり、マイペースにソロ活動をしたりする中で、「もう一度、昔のメンバーとやりたい」との想いが沸いたらしく、2016年に175Rを復活させ、2017年4月には7年ぶりのアルバムをリリースし、同年9月には全国12ヶ所を廻るツアーを実施するなど、現在に至るまで精力的に活動しているようです。
(こじへい)
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