“「プロージット!」”
というわけで、『銀河英雄伝説 Die Neue These』(→公式)第十一話「死線(前編)」。
新装版も刊行開始『銀河英雄伝説 1 黎明篇』(マッグガーデンノベルズ版)。

「銀河英雄伝説」プロージット! なぜ飲み干した後にグラスを叩き割るのか

796年8月、フォークが立案した無謀な帝国領侵攻作戦が開始された。
前線の物資の枯渇し、撤退すべき状況は明らか。
だが、出兵を指示した政治家たちは、自分たちの政治責任を追求されるのを恐れて、撤兵論を否決する。
泥沼である。

今回、原作厨的に残念だったのは、ヤマムラ軍医少佐の登場がなかったことだ。
フォーク参謀将校が発作でぶったおれた後に、モニターに登場するのは、原作ではヤマムラ軍医少佐。
アニメ版では、総参謀長になって、軍医からの伝聞の形になってしまった。
そのため、最後の粋なセリフがナシに。

「挫折感や敗北感をあたえてはいけません。誰もが彼の言うことにしたがい、あらゆることが彼の思うように、運ばなくてはなりません」
と言う内容は同じなのだが、軍医は、さらに続けて
「提督方が非礼を謝罪なさり、粉骨砕身して彼の作戦を実行し、勝利をえて彼が賞賛の的となる……そうなってはじめて、病気の原因がとりさられることになります」
とまで言ったあとに、こう言う。
「フォーク准将閣下の病気を治す、という一点だけにしぼれば、話はそうならざるをえません。視野を全軍レベルにまでひろげれば、おのずとべつの解決法がありましょう」
このセリフがいいのになー、なくなってしまった。

原作で、軍医は最後にこうも言う。
「……とにかく、医学以外の件にかんしましては、わたくしの権限ではありません。総参謀長閣下にかわりますので……」
それぞれが、それぞれの役割を担い、その視点から意見を述べる。
その意見を総合して判断するのが参謀の役割だということが端的に示される象徴的なシーンだ。
それが削られたのは誠に残念。
(しかも、削ったメリットが見いだせない!)

ラインハルトが「ミッターマイヤー、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ケンプ、メックリンガー、ワーレン、ルッツ」と諸将の名を呼び、乾杯するシーンは、バッチリ。
ワイングラスをかかげ「プロージット!」と唱和し、飲み干して、グラスを床に投げつける。
銀英伝ファンが憧れ、一度は真似してみたいシーンだ。

「プロージット」は、ドイツ語で「乾杯」のこと。
乾杯のあとに、グラスを叩き割るのは、歴史上さまざまなところで行われていたようだ。
司馬遼太郎『坂の上の雲 六』に、次のようなシーンがある。
“「閣下たちはベッパイというものをなさるのだ」
と、部下の伍長に冗談をいった。
別盃のことであった。伍長は真にうけ、芝居でやる別れのサカズキなら土器(かわらけ)をつかう、軍司令官閣下たちが冷や酒をひといきで飲みほし、あとはハッシと地面にたたきつけて割ってしまう、だからどこかで土器を手に入れて来なければならない、と大まじめに駈けまわって、ひょうきん者の曹長をあわてさせたりした。”
NHKでドラマ化されたときは、実際に飲み干して地面にたたきつけて割るシーンがあったようである。
別れや出撃のときに、後戻りできない決意を象徴して、盃を叩き割るのだ。

後半は、艦隊出撃シーンがじっくり描かれ、次回の盛り上がりに期待がふくらむ。
次回は、第十ニ話「死線(後編)」。(テキスト/米光一成
編集部おすすめ