近年の音楽性は変化しているものの、テイラー・スウィフト氏は保守系白人に人気のカントリーミュージック出身であり、これまでは保守系のファンも多く抱えていました。
早速、トランプ大統領(共和党)は、「これで私のテイラー・スウィフトの音楽に対する好感度は25%位下がった」と反論を述べていますが、むしろ性別、性的指向、人種等に関するあらゆる差別無き社会を標榜したテイラー・スウィフトに対して、「好感度が25%以上上がった」という人も多いのではないでしょうか。
テイラーも選挙の争点はジェンダー問題だった
そして、今回注目して欲しいのは、政治的表明をしたことそのものに限らず、中間選挙における彼女が最も重視した争点です。彼女は、自らが有権者登録をしているテネシー州の共和党候補マーシャ・ブラックバーン氏が、これまでの議員活動で、男女の賃金格差解消や、女性への暴力取り締まり強化、性的少数者の差別禁止等に反対し続けたことを理由に批判しました。
つまり、彼女にとっての中間選挙における最大の争点は「ジェンダー問題」だったわけです。日本では、圧倒的人気を誇る20代30代のアーティストが、ジェンダーのような人権問題を争点に政治的な意見を表明する機会はほぼ皆無でしょう。仮に表明があるとしたら、おおむね年配の作家等による憲法9条等の安全保障問題に限られているように思います。
確かに日本の芸能人も、ニュース番組や新聞等では特定の社会課題に対する見解を表明することは、ごくわずかながらありますが、「性別、性的指向、人種等に関するあらゆる差別無き社会」という根本的な政治的価値観を表明し、特定政治家の議員活動に対する具体的評価をする人を私は見たことがありません。
日本の芸能人はなぜ政治的意見を言わないのか
この彼女の表明に対してインターネット上では早速、「政治的発言をしない日本の芸能人に比べて、アメリカの芸能人は偉いと思う」という声が散見されていました。私もそう思うのですが、ただ日本の芸能人の意識の低さを嘆くのも、どこか違う気がするのです。
確かに日本の芸能人が政治的な表明をしない理由として、日本社会の同調圧力の強さはあるでしょう。「政治的発言をすれば芸能界から干される」「エンタメだけを求めているファンが離反する」等のリスクを考慮して、とにかく穏便に済ませるために賛否両論が起こりそうな政治や選挙に関しては発言を控える文化が蔓延しているのは事実です。
また、以前の記事「クソリプ学入門 〜ネットにたくさんいる『悪意メガネ』をかけた人たち〜」でも触れましたが、日本人は「批判」と「人格否定・侮辱・罵倒」の区別がつかない人が多い傾向にあるために、「とりあえず批判もしないでおく」という選択が無難という理由もあると思います。
日本は芸能人も一般市民もみんな政治的無関心
ですが、そもそも政治的発言を表明したい芸能人はどれだけいるのでしょうか? おそらくほとんどいないと思います。政治や選挙について「言いたい!」という願望が大半の芸能人にないと思うのです。
たとえば、スウィフト氏のように選挙の争点をジェンダー問題に設定し、具体的に政治家の活動を評価している人が私たちの周りに何人いるでしょうか? おそらくほとんど見たことがないと思います。市民のニーズによって成り立つ芸能人という職業は、ある種市民を映す鏡ということを忘れてはいけません。日本の一般市民がほとんど政治的発言をしない中で、芸能人だけがするわけがないのです。
このように、政治的表明をしないのは芸能人に限った話ではなく、日本の文化そのものの問題なのですから、「政治的発言をしない日本人に比べて、アメリカ人は偉いと思う」というのが正しい見解だと思います。日本の芸能人だけではなく、私たち一人ひとりが、しっかりと自分なりの争点を設定し、議員の活動状況を学んでいる彼女の政治的意見表明を見習うべきでしょう。
アメリカ民主党と立憲民主党を比べてみる
最後に、少し変わったシミュレーションをしてみましょう。仮にテイラー・スウィフト氏が日本人だとして、彼女はいったいどこの政党に投票するでしょうか?
アメリカ民主党のHPを見てみると、性差別の問題に関する記述は(1)リプロダクティブヘルス/ライツの問題、(2)男女の所得格差の問題、(3)女性に対する暴力の問題、(4)女性政治家が少ない問題、(5)LGBTQ の問題と、5点について書かれており、おおむねスウィフト氏が設定した争点が網羅されていると言えるでしょう。
一方、昨年2017年の衆議院選挙で全候補者における女性比率が最も高かった立憲民主党(24.4%)でも、上記4点のうち(3)女性に対する暴力の問題、(4)女性政治家が少ない問題、(5)LGBTQ の問題の3つが基本政策に並んでいるものの、(1)リプロダクティブヘルス/ライツの問題や(2)男女の所得格差の問題はありません(※選択的夫婦別姓制度は別途ある)。与党自民党は分厚い総合政策集にはやや記載があるものの、党の基本方針を示す政策パンフレットには記述はゼロです(※いずれも2017年総選挙)。国民民主党も記載はありません。
また、女性への暴力に関する記述もアメリカ民主党が「stop」なのに対して、立憲民主党の記述は「性暴力被害者の心と体を守るために適切な支援ができる体制をつくります」と大変弱く、この社会から暴力を根絶したいという強い意思がこの文章からは感じられません。もちろん他党に比べれば及第点かもしれないのですが、やはりアメリカ民主党と比べると、その意識の違いが鮮明です。
以上のことから、仮にスウィフト氏が日本人ならば、消去法的に立憲民主党あたりに投票するのかもしれないですが、彼女のような争点を考えている人にとって、そのニーズをしっかりと満たすような「都市型リベラル政党」が、日本にはいまだに存在していないと言えます。
ちなみに、今回はスウィフト氏が争点に設定したジェンダーの問題をピックアップしましたが、それ以上にアメリカ民主党では大票田なのに、立憲民主党等の野党は全く集票出来ていない領域がIT業界でしょう。音楽フェスの要素を取り入れた党大会「立憲フェス」を開催する等、最近は新たな試みにチャレンジしているようですが、自民党に比べて若者の支持よりも高齢者の支持が多く、まだまだ「時代をアップデートするようなスマートで洗練されたイメージ」とは程遠いのが現状だと思います。
自分なりの争点を表明してみよう
以上、政治的意見表明に関する問題について見てきましたが、私もさらに政策評価を徹底するべく、来年2019年の参議院選挙の際には、経団連等の経済団体が各党の政策評価をしているのを参考に、自身のNPO主催で様々な研究者・インフルエンサー・市民団体と一緒に、ジェンダーに関する各党の政策評価を行いたいと考えています。
政治的意見を表明することも大事ですが、「争点」を表明することもとても重要です。日本のオールドメディア(特に民放テレビ)の大半は、シルバーデモクラシーにおける高齢者やワイドショーデモクラシーの視聴者の関心事しか争点に設定してくれません。ネットの政党相性判断ツールも、既にメディアで設定している項目ばかりです。
もしどの政党を支持するかを公の場(Twitterの匿名アカウントではあまり意味が無いと思います)で発言することにまだ抵抗感があるのならば、是非「私or僕の争点は●●で、その政策の充実度に基づいて投票します」と、争点だけでも表明してはいかがでしょうか?
(勝部元気)