ラブストーリーだと思ったのに、どうしてこんなに心が削られるの!?

新垣結衣、松田龍平ダブル主演の水曜ドラマ『獣になれない私たち』がスタートした。『逃げるは恥だが役に立つ』『アンナチュラル』などのヒット作で知られる脚本家・野木亜紀子の新作とし注目を集めている。


キャッチフレーズは「ラブかもしれないストーリー」。もう少し詳しくオフィシャルサイトから引用すると、「現代に生きる人々のリアルに徹底的にこだわって描く、『全ての頭でっかちな大人』に送る、ラブかもしれないストーリー」ということになる。

都会に生きる男女のリアルな恋愛模様が描かれる……と思っていたのだが、先週放送された第1話は一味も二味も違う仕上がりだった。冒頭に書いたとおり、観る者の心をゴリゴリと削るような展開だったのだ。視聴率は11.5%と好発進。
パワハラセクハラ自殺未遂「獣になれない私たち」明るく溌剌としているばかりがガッキーじゃない
イラスト/まつもとりえこ

「観ていられない」パワハラ&セクハラの波状攻撃


クラフトビールバーで偶然出会った2人、深海晶(新垣結衣)と根元恒星(松田龍平)。

第1話では、小さなITベンチャーで営業アシスタントとして働いている晶の日常が描かれた。
彼女は「常に笑顔」で「仕事は完璧」。ワンマン社長の九十九剣児(山内圭哉)からの信頼も厚いが、その信頼は朝6時から断続的に続くメッセージアプリや大声での叱責といったパワハラ行為という形で現れる。無責任な営業担当の松任谷夢子(伊藤沙莉)や新人営業の上野発(犬飼貴丈)のミスの尻拭いをするのも全部晶。まさに「仕事はすればするほど増える」という言葉どおりの存在だ。晶の笑顔はビジネス用のつくり笑顔だが、眉根にシワを寄せている時間のほうが圧倒的に長い。

九十九、松任谷、上野はそれぞれほんの少しずつコミカルな味付けがされているが、晶の追い詰められ方はリアル極まりない。
深夜、理不尽な仕事に追われながら電車に乗れば、背広のおっさんがぶつかってくる(画面の中にいるのは晶以外全員おっさんだった)。駅のホームにしゃがんでPCを開いて仕事している人ってたまに見るけど、晶みたいな人なんだろうなぁ……。ツイッターのタイムラインには「観ていられない」「ストレスしかたまらん」「苦しい」という言葉が相次いでいた。みんなどこか思い当たる節があるのだろう。

とどめに取引先には土下座を強要され(後から冗談めかすところがまたタチが悪い)、土下座したら頭を撫でられる。立派なセクハラ行為だ。
深夜に報告の電話をすると、酔っ払った相手から「ちゃん」付けで食事に誘われる。これもセクハラ。深夜の電車のホーム、九十九からのメッセージアプリでの叱責は続き、酔っ払ったサラリーマンたちにぶつかられた晶のスマホが地面に落ちる(これが決め手だったと思う)。瞳は完全に光を失い、一歩ずつ線路に近づいていく。自殺未遂……! すんでのところで回避されるが、衝撃的なシーンだった。

それにしても、非の打ちどころのない美人なのに、視聴者を共感させてしまうガッキーの演技力はたいしたもの。
明るく溌剌としているばかりがガッキーじゃない。

言いたいことを言えないリアルな主人公


優しくて、真面目で、誠実で、誰かの役に立ちたくて、健気で、努力家な人ほど報われない。そんな現実が、ちょっとコミカルに、テンポよく描かれる。これはキツい。恋人の花井京谷(田中圭)も、出会ったばかりの恒星も、晶のピンチに駆けつけてくれない。これもリアルだ。

松本京子プロデューサーは「男女が出会った瞬間に一目ぼれして恋に落ちるとか、若手社員が上司に“間違ってます”と糾弾するとか、現実にはなかなかないじゃないですか」「我慢しない、言いたいことを言うのがドラマの主人公に多いけど、今作は(現実離れすることなく)本当に等身大の主人公」と語っていた(スポーツニッポン 10月15日)。
「現代に生きる人々のリアルに徹底的にこだわって描く」って、そういうことだったのか!

野木亜紀子はインタビューで「今回はもうちょっとリアルでいいんじゃないかなと。言ってしまえば、わりとダメな人しか出てこないドラマです」「誰にでも多かれ少なかれあることを描きたいです。そんなに世の中、きれいなことばかりじゃないから」と語っていた(『テレビブロス』11月号)。

たしかに晶のような経験は、「誰にでも多かれ少なかれあること」だろう。上司を糾弾なんてとんでもない。だからと言って逃げることもできない。
日々ストレスだけが心の底に沈殿していく。だから悲痛な叫びがタイムラインに溢れかえった。報われないまま日々を送っている人がたくさんいる。

「バカになれたら楽なのにね」


野木はこうも語っている。「どこまで現実的なつらさを描きつつ、どこまで救うのか、という線引きは、毎回すごく考えています。でも、人生はそんなもんじゃないですか? 9割5分つらいけど……みたいな。9割5分はつらすぎか。(笑)」(ハフポスト日本版 10月16日)。

それなら、どうすれば残り5分の救いを得られるのか? 松任谷夢子(すごい名前だ)は「恋をしよう。恋をしたほうがいい。どんなにしんどい毎日でも好きな人がいるってだけでなんとかなる」と言っていた。しかし、仕事で忙殺(これもすごい言葉だ。殺されて心を亡くすんだから)されている人が恋をするなんて距離がありすぎる。

オアシスのようなクラフトビールバーで「新しい恋ができたら何か変わるのかな」とうつむく晶を、冷笑家で女癖の悪い恒星が自分の事務所に誘う。「店から徒歩3分の間にたぶらかされるほどバカじゃありません」ときっぱり断る晶を笑う恒星。

「バカになれたら楽なのにね」

ラストシーン、晶は恒星と一緒にいた、かっ飛んだモデル兼デザイナーの呉羽(菊地凛子)と同じブーツを買い、穏当なビジネススーツをかなぐり捨てたファッションで出社する。ワイルドなライダース姿でヒールを鳴らしながら会社にやってきた晶は、サングラスをかけたまま九十九に業務の改善要求を突きつける。たった一人の、自力で起こした反乱だ。まずは恋ではないところで「バカ」になってみたのだろう。

晶が履いているのはTOGA(トーガ)のアンクルブーツ(ドラマの中では呉羽がデザインしたことになっている)。古田泰子によって設立されたブランドで、トーガとは古代ローマ時代の一枚布の上着のことだが、「聖なる衣」という意味も併せ持つ。古田はインタビューで「女性が働きづらい環境はたくさんあるように感じていました。私は一般社会よりも自由にいられる立場だからこそ、そういう部分に影響力を持っていくことが重要だと思っています」と語っていたが(VOGUE 2016年10月16日)、まさに晶の生き方、働き方に影響を与えたブーツということになる。戦おうとしている晶を守る「聖なる衣」だ。

第1話のラストは第2話に直結するらしい。晶の“反乱”はどんな波紋を起こすのか? 恒星もトラブルに巻き込まれそうだ。人生ままならない人たちのラブはいつ始まるんだろう。あと、第2話はそんなに心削ってこないらしいよ!(これ大切) 今夜10時から。
(大山くまお)

「獣になれない私たち」
水曜22:00~22:54 日本テレビ系
キャスト:新垣結衣、松田龍平、田中圭、黒木華、菊地凛子、田中美佐子、松尾貴史、山内圭哉、犬飼貴丈、伊藤沙莉、近藤公園、一ノ瀬ワタル
脚本:野木亜紀子
演出:水田伸生
音楽:平野義久(ナチュラルナイン)
主題歌:あいみょん「今夜このまま」
チーフプロデューサー:西憲彦
プロデューサー:松本京子、大塚英治(ケイファクトリー)
制作著作:日本テレビ
Huluにて配信中