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僕は恥ずかしい事が人より少ない。
大人になって、恥ずかしい事をする回数が減った訳ではない。
生きてる事自体が恥ずかしい事に気付いたからだ。
37歳にもなって、地位も嫁も子供も犬もない。
あるのは髭と借金のみ。
定職にもつかず、土日は競馬、平日はオジスタグラムとゆう訳のわからない教典を書き溜める毎日。
こいつが細かい事を恥ずかしがる意味がわからない。
僕はいくら服を小綺麗にしたり、靴を綺麗に磨いても、常に肛門が剥き出しなのである。
肛門剥き出し人間が、別の何かを恥ずかしがる事程恥ずかしい事はない。
桐の箱に入れて大切に守っていた
こんな僕でも若い頃は何でも恥ずかしかった。
一人でご飯食べるのも恥ずかしかったし、人前で怒られる事も恥ずかしかったし、鼻毛なんて出てた日には一日恥ずかしかった。
謎のプライドがあったのだろうが、今思えば滑稽で、そんな岡野青年が可愛らしくもある。
岡野青年はずっとうんこを桐の箱に入れて大切に守っていたのだ。

今となっては、一人で寿司をモリモリ食べるし、息をするように土下座も出来る。鼻毛なんて出てれば出てる程いい。
いい事か悪い事かは置いといて、格段に生きやすくなったのは確かだ。
しかし、そんな僕も未だに恥ずかしい事がひとつだけある。
それはトイレットペーパーを買う時だ。
「あっ、こいつ、うんこしようとしてる! 生きようとしてる!こんなにもこの先うんこしようとしてる!」
と思われてると思うと、とても恥ずかしいのだ。
ダブルを買っても、お尻に優しくしようとしてる奴と思われるのが恥ずかしいし、シングルはシングルで節約してお尻を拭く人間だと思われるのが恥ずかしい。
電話をしたふりをしながら、真っ暗なスマートフォンに向かって
「トイレットペーパーはダブルでいいの?どっちでもいい?わかった!」
と演技をした事もある。
別に排泄の行為自体は恥ずかしくないのだが、トイレットペーパーを買う行為がとても恥ずかしい。
トイレットペーパーを買うところを見られるくらいなら、肛門を見せた方がマシなのだ。
……今回、僕はずっと何を書いているのだろうか。
お食事時に読んでくれてる方がいたら申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
しかし、今一度確認して欲しい。
皆様が今、大切に守ってるものは本当に大切なものなのでしょうか?

桐の箱の中身は実はうんこなのかもしれません……。
年末の大掃除の前に、心の大掃除をしてみてはいかがだろうか?
は?
とゆう事で、文字通り糞みたいな話はさておきオジスタグラムに参りましょう。
兄ちゃん、ええ自転車やなぁ
本日のおじさんは、新庄さん。
あの新庄さんとは絶対血縁関係がない事は一目でわかる、真っ黄色の歯をしたキュートな52歳のおじさんだ。

新庄さんとの出会いは阿佐ヶ谷の交差点だった。
僕が信号待ちをしていると、ママチャリに乗った新庄さんが、横に停まった速いタイプのチャリに乗った若者に話しかけた。
「兄ちゃん、ええ自転車やなぁ。これ」
「あぁ。へへへ」
「かっこええわぁ」
あ、能力者だ!
すぐ分かった。
そう。新庄さんは、初対面の人にも8回目くらいのテンションで話し掛ける能力を持つ、能力者なのである。
距離詰め詰めの実なのか、デリカシーナシナシの実を食べたのかはわからないが、歯を見る限り実が黄色い事は確かだ。
僕は羨望の眼差しで
この手のおじさんは目さえ合えば話しかけてくれるので、後は見守るだけだ。
「ええなぁ。速いやつだろ?」
「は、はい」
「へぇ~。
「……」
若者は意図的に会話が続かないようにしている。
オジスタグラマーとして羨望の眼差しでそれを見る僕。
「高いやつだろ?」
「えぇ、まぁ」
「やっぱりそうだよなぁ。かっこええもん」
「……」
見てるぞ。見てるぞ。気付いてくれ。
「おじさんもこうゆうの乗りたいわ。ガハハ!」
「……。へへ。へへ……」
「いや、しかしかっこええよなぁ」
「……」
「なぁ、兄ちゃんもそう思うだろ?」
来たー!!!
「はい!いいですわぁ!!!」
「だろぉ!?」
信号が変わると若者は物凄いスピードで去って行った。
理由を求めるなんて
若者からしたら満を持した僕の反応の方が怖かっただろう。
若者よ、だしに使って申し訳ない。
君が速いチャリに乗ってくれてたお陰で、こうして新庄さんと飲めている。
「乾杯ー! かぁ、うめぇ!」
「いやー、すみません、わざわざ駐輪場停めてまで飲みに付き合って貰って」
「いーよいーよ。最近はもう自転車も飲んだら乗るなだからなぁ。歩いて帰れる距離だしよ」
デリカシーナシナシの実とか言って本当に申し訳ない。
意外と新庄さんはその辺はしっかりしているのだ。
新庄さんは工場の仕事帰りでチャリで帰ってたところだったらしい。
「自転車好きなんですか?」
「どうして?」
「いや、凄い興味持ってらしたんで」
「いや、かっこいいからかっこいいって言っただけだよ?ん?」
新庄さんの顔が曇る。
忘れてた。
この方々に理由を求めるなんて、なんて野暮な事をしてしまったのだ。
バイク乗りが人のバイクに興味を持つみたいな事とは似て非なる事である。
お腹が空いて泣いた赤ちゃんに何で泣いたのか聞くのと同じだ。
野暮の極み。
座右の銘で初志貫徹を掲げる方はたくさんいるが、思った事を脳を通さずに行う赤ちゃんからの初志貫徹はなかなかいない。
しかし安心して欲しい。
大先輩は僕みたいな小物なんかに腹は立てない。
新庄さんはずっと「国」に怒っているのだ。
あんなの罠だよ!
「ひでぇよな。あれは。許せねぇよ」
「はい?」
「あいつらはすぐ自転車を持っていく」
「あぁ、撤去ですか?」
「そうだよ! あんなの罠だよ!」
「罠?」
「そりゃよ、駐輪場あるところには停めるよ。でも駐輪場自体がねぇんだもん。きたねぇよあれは!全員あそこ停めたら入りきらねぇからな、絶対!」
それを聞いて昔、噂に聞いたお笑いライブを思い出した。
出演者にノルマがあって一組チケット10枚を買い取って捌くのだが、そのチケット分のお客さんが全員に来たら、オールスタンディングじゃないと会場に入れない計算だったらしい。
新庄さんが言うには、駐輪場もそのシステムと同じらしい。
確かに都内でチャリは便利だが、駐輪場以外の場所に停めるとすぐに国に撤去される。
僕も経験があるが、撤去されると悲惨だ。
バイクや車みたいに駐車違反をきられるだけではない。
気付いた時には、あなたの愛自転車は東京の秘境の集積所に移動されている。
電車を乗り継ぎ、その秘境にやっとの思いで着いた挙げ句に、区によって違うが5000円くらい罰金を払って返して頂けるのだ。
僕はこれが嫌でチャリに乗らなくなった。
引っ越したんだ
チャリを停めるについての新庄さんは止まらない。
「撤去されて取りに行く場所も遠すぎるだろ?あれ? こっちは歩きたくねぇから自転車乗ってるのによ、結果すげえ歩くんだよ」
「ヘケケ」
「笑い事じゃねぇよ、兄ちゃん!? 本末転倒ってやつだろ?もう俺は10回くらいやられてるよ!」
「10回もですか!?」
「そうだよ!もっとあるよ! だけどよ、もう大丈夫だ」
「え?対策見つけたんですか?」
「引っ越したんだ」
「え?」
「集積所の近くに」
「えー!!!」
僕はさっきまであんなに国に怒ってた新庄さんの、バカみたいなオチにめっちゃ笑ってしまった。
家の更新のタイミングでたまたまいい物件があったからとはいえ、自転車の撤去前提の引っ越しなんてあるのだろうか。
不動産屋の人もびっくりしただろう。
物件の条件で、自転車の集積所の近くを一番重視する人なんて今までいないはずだ。
日本酒を飲みながら新庄さんが呟いた、
「岡野君、俺は国に勝ったんだよ」
とゆうセリフが僕の中の今年の流行語大賞だ。

(イラストと文/岡野陽一 タイトルデザイン/まつもとりえこ)