
グローバル化が進む世界だからこそコミュニケーションが大事。とはいうものの、隣に住む人の顔さえ知らないことは別に珍しくもない。かと思えばスマートフォンを片時も離さず頻繁にSNSをしていながら、本当に心が弱ったときに頼れる人がいない。そんな世の中だからこそ、『大家さんと僕』は受け入れられたのかもしれない。こんな関係、悪くないよね、いいよね、うらやましいよね、と。
そんな大ヒット漫画『大家さんと僕』がアニメーションになった。原作の暖かく柔らかな雰囲気はそのままに、「大家さん」と「僕」のほのぼの&ほっこり度は何倍にもパワーアップ。1話5分で5夜連続での放映だが、このままずっと続きを見ていたいと思うほどの作品だ。
編集/田上知枝(エキサイトニュース編集部)
こんな地味な話を誰が読むんだと思いながら漫画を描いていた

──アニメーション化は前から計画されていたのですか。
半年前くらいからです。1週間に1回くらい会議があって、僕も参加させていただいて。「こういったものがいいかな」みたいな話を重ねて作っていきました。
──シナリオは矢部さんが?
いえ、脚本は細川(徹)さんが書いてくださって。原作を読んで、「アニメにするには、ほぼそのままのほうがいいんじゃないか」ということで、そういう形になりました。でもところどころに細川さんっぽい面白味も入っていたりして。
──アニメーションするにあたって心がけたことはありましたか。
ゆっくり、ふわっと見られて、なんかいい気持ちで終われるものになったらいいなぁと思いました。漫画はまた別のモチベーションで描いているというか、僕に起きたことを描いているので時間の流れみたいなものがあるんですけど、アニメって家でふわっと見たりするものでもあるので。『ちびまる子ちゃん』とか『サザエさん』とか、ああいうふうに日常が続いていくようなものとして、もう一度この作品を作り直してみたいと思いました。だからそれを最初に皆さんにお話させてもらって。あとは、ほのぼのして見られるものになったらいいなって。
──漫画とアニメーションは、やはり大きく違うものですか。
違うと思います。漫画とアニメーションでは、動き、色、声、音楽など圧倒的にアニメーションの方が表現できるものが多いと思います。そうした中で僕は漫画を描くときに、描き込むことで情報量を増やすのではなく、描かないことで逆に豊かな間や余韻をつくれたらと思って描いてきました。多くのことができるアニメという表現の中で今現在そういったところを目指すものは多くはないと思うのですが、スタッフの皆さんにそのような思いを共有していただき、漫画の印象を損なうことなくさらに豊かな作品が出来上がったと思っています。

――漫画を描かれているときから、アニメになったらいいな、面白いかなと思ったりしていました?
いや~ぁ。そのときは、そんなこと考えられなかったです。漫画だって、こんな地味な話を誰が読むんだと思いながら描いてましたから(笑)。友達とか知ってる先輩が面白いって言ってくれたらいいな、っていうくらいの気持ちで。だからビックリしました。
──世の中の反響が。
はい。描いておいて何ですけど、「えー!」っていう感じでした。でもだんだん調子に乗ってきたところがあるのかもしれないですね。2冊目(続編『大家さんと僕 これから』)を描くっていうところが、まず調子に乗ってますからね(笑)。
──するとアニメーションの話が出たときは、またビックリ?
そうですね。でも嬉しいなっていう気持ちのほうが強かったかもしれないです。……どっかで、アニメになったらいいなって思っていたのかもしれない。お話を聞くなかで「アニメいいな。作ってみたいな」っていう気持ちが大きくなってきたので。
「大家さん」の家は現代ならではの物件

──「地味な話」と言われましたが、今の社会で一番希薄な部分を温かい目線でとらえた、とても素敵なお話だと思って読ませていただきました。そもそも、あの家に住むようになったのは、前に住んでいたところを出なくてはいけなくなったからとか。
はい。それで物件を探してたら、あの家に出会ったっていう感じですかね。その当時やっていた番組の企画で部屋に物を押し込められて、すごくたくさん物があったので、広めのお部屋を探していたんですけど。家賃もそんなに高くなかったし、いろんな条件が合ったので。だから1階に素敵な大家さんが住んでいる物件をお願いしますと言ったわけでもなく(笑)。
──今時は大家さんが下に住んでいる物件というのも、そうそうないような気がしますが。
いや、僕は現代ならではの物件だと思ってます。大家さんの物件も、もともとは大家さんご家族が住まわれていたもので、そこに当時は大家さんがお一人で住んでいる形で。そもそも二世帯住宅みたいな作りだったんですよね。でもそういう家に高齢の方だけが残ることも昔はなかったと思うんですけど、むしろ今は多いって聞きますし。そういう物件に大学生とかに入居してもらおうとしている自治体もあるみたいなので。
──そういう話は聞いたことがあります。一軒家で大学生が高齢の方と付かず離れずの生活をするという。
大家さんは賃貸業をする気はなかったけど、一人で住むのは寂しいから誰か住んでくれたらいいなっていう気持ちから始まったことのようなので。なんか、今っていう時代だからこその物件だと思います。

──その家に住むのは矢部さんが初めてだったんですか?
その前にも住んでいた方はいらっしゃって。大家さんは人が好きなので、その方とも一緒にお茶してたっていう話は聞いてます。「その人は家賃を毎月遅れることなく支払っててね。矢部さんはたまに遅れちゃいますけどね」みたいに仰ってました(笑)。その方とはすごく気も合っていたみたいで、よくお食事にも行っていたようです。そういう話も聞いていたので、僕も仲良くなることにあまり抵抗がなかったというか。「あ、この家に住んだら、そういうふうにするもんなんだな」って思ったんです。
──高齢の方の一人暮らし=独居老人、というネガティブな印象の言い方もありますけれど、大家さんは元気で明るくてユーモアのある楽しい方ですよね。でも雨が降った日は留守中に洗濯物が取り込まれていたり、当初は大家さんとの距離の近さに戸惑われることも多かったのではないですか?
そうですね。そういうつもりで住み始めたわけじゃないですからね。でも『大家さんと僕』という漫画は、あくまで僕が描いたフィクションの作品なので。洗濯物の一件も、そこに至るまでに大家さんは「雨が降ってますよ」と電話してきてくれて、電話がつながらなかったから、取り込んでたたんでくれたので。でも漫画にするときは面白くするために、その手前を省いて、いきなり取り込んでるみたいに描いているところはあるので。大家さんは僕のためにと思ってやってくださったわけですからね。

──そういえば昔は雨が降ってくると、「降ってきたわよー」って近所中で声を掛け合っていましたね。
そうですよね。僕が小さい頃に住んでいた借家も横につながっている長屋みたいな感じだったので、庭からも行き来があるっていうか。だから自然と隣の人とも交流があるような家でした。ちょっと懐かしいなって感じるところはありましたね。
──今は一度も顔を見ないうちに引っ越すことも珍しくないですから。
都会はそういうものですし、儀礼的無関心で成り立っている世界でもありますからね。どちらも過ごしやすいと思うし、どちらを否定するつもりもないですけど。
“二人暮らし”で、日々を大事に丁寧に暮らす大家さんの生き方を感じた
──その家には何年間住んでいたのですか。
9年くらいですかね。
──大家さんともどんどん親しくなって、一緒に旅行にも行かれたとか。
はい、鹿児島の知覧に行きました。「死ぬまでに一度見てみたい」と話をされていたので。何年後かに「今ではもう行けないわ」と仰ってたので、僕も、このとき一緒に行けてよかったなと思いました。この旅行の思い出を描いた漫画を大家さんは何度も繰り返し読んで「このとき行って本当に良かった、ありがとうございました」っていうようなことも言っていただけたので。
──知覧という場所は、大家さん世代にとっては特別な場所なのでしょうね。
そうですね、やっぱりあの年代の方にとっての知覧って場所は。身近な人を特攻隊で亡くされた方は記念館に入れなかったっていう話をされたりしてましたから。そういったことも一緒に旅することで、少し近く感じることができました。
──漫画には大家さんとのさまざまなエピソードが出てきますけれど、季節感を楽しむ暮らしを改めて味わえたっていうお話も素敵だなと思いました。
季節を感じられる暮らしもですけど、そういうことを大事に丁寧に暮らされている大家さんの生き方みたいなのも感じられることが多かったですね。大家さんはすごく記憶力もよくて、いろんな話をすごく細かく覚えていて。銘柄とか人名とか地名とか、ちゃんと固有名詞で話してくださるんですね。語り口もすごい面白かったですね。

──ユーモアもおありですよね、お誕生日のケーキの代わりが。
おはぎ(笑)。ユーモアがすごくあるんですよ。
──いろんな人と楽しい関係を作るのが上手な方だったのでしょうね。
そういうことがすごく好きなんだと思います。僕なんてやっぱり人見知りしちゃうし、そんなに誰とでも打ち解けられないんですけど、そんな僕の心も開くくらいだから(笑)。だって大家さんから誘われなかったら、僕のほうから「ご飯行きましょ」っていうことも「知覧行きましょ」っていうことも、絶対なかったと思いますから。
──今はSNSがコミュニケーションの中心で、人と人が直接会うっていうことが減ってきているらしいですが。そういうなかで大家さんと矢部さんのやりとりは、本当に見ているだけでほっとしました。
他の人のことはわからないんですけど、僕は大家さんのことをすごく知りたいなと思ったんですね。すごく面白い人だし、もっと知りたいと思ってどんどん話しているうちに仲良くなったというか。やっぱり会って話すことの情報量の多さって、すごいものがあると思うんです。その人の表情とかからも、伝わってくるものがあると思うので。それはSNSの文字からはわからないっていうか。どれだけ(LINEやメールで)やりとりしても本当に思っていることはわからなかったけど、会って話してみたら良い人だったみたいなことって、よくあるじゃないですか。それの最たるものかもしれないですね、大家さんとの関係は。

──大家さんのほうから、矢部さんのことを聞いてこられたりもしました?
いやー、そんなに興味なかったんじゃないですかねー。お笑いとかにしても、エンタツアチャコさんとかの話をしてたし(笑)。
──矢部さんのお仕事の内容は、ある程度ご存知だったのですか。
はい、最初は俳優だって説明してたんですけど(笑)。
──テレビを見てたら「矢部さんが出てきて、ビックリしたわ」みたいなことも?
言われたことはあります。大家さん、ロザンの宇治原(史規)さんがすごく好きで。クイズ番組で宇治原さんの横に僕がいたときは喜ばれましたね。宇治原さんと撮った写真を見せたりもしました(笑)。
──とにかく大家さんとのやりとりが楽しいのですが、漫画に近いことがあったのかなと思うと、本当に洒落っ気とウイットがある方だなぁって。一度お目にかかってみたかった、と思うほどチャーミングな方でした。
そう言っていただけるのはすごく嬉しいですね。大家さんのことは、僕もそう思ってます。そういった部分が伝わったらいいなと思って描いてたので、そういうふうに思って読んでくださったのはすごく嬉しいです。
『大家さんと僕』は僕が漫画で描きたかったことを理解してくださったアニメ
──ところで今回のアニメーションの主題歌は矢野顕子さんが書き下ろされたそうですね。
そうなんです。矢野顕子さんは家族について歌われている曲も多いし、声も童女のように可愛らしいというか。そういうところが僕のなかで、勝手に作品のなかの大家さんと重なるところがあったりして。矢野顕子さんに主題歌を書いてもらえたら嬉しいなって思って、「こういう気持ちで僕が描いた漫画があって」と、お手紙でお願いしました。というのも高畑勲監督が『ホーホケキョ となりの山田くん』っていう映画で、お手紙で矢野さんに主題歌のお願いをされたそうで。その話を、高畑勲展に行った方に聞きまして。マネさせていただいて(笑)。
──そうしたら矢野さんが快諾してくださって。
はい。まさか作っていただけると思ってなかったので、本当に嬉しかったし、曲も素晴らしかったので。漫画を描いていたときの気持ちとか、今の僕の気持ちとか、読んだり見たりした人全員がこの作品を思い描けるような素晴らしい曲を作っていただけたので、すごく嬉しいです。

──実際にアニメーションになった『大家さんと僕』はいかがですか。
すごく可愛くてほのぼのするアニメだなと思いました。なんか全く新しい作品として見ている自分もどこかにいて。このアニメで『大家さんと僕』を知る人は「こういう漫画なのか」と思うんでしょうけど、そう思われてもいいな、嬉しいなと思えるような素晴らしいアニメになっているので。それくらい僕が漫画で描きたかったことを理解してくださったアニメです。5分でスパッと終わる感じも、すごくいいですし。なにより大家さんは基本、NHKを見ていたので、今回のアニメがNHKで放映されるっていうのもよかったなって。
──ご覧になったら、それはそれは喜ばれたでしょうね。
どーですかねぇ、「何これ。全然違う」みたいに言われるかもしれないですね。漫画を読まれたときも「髪、こんなに大きくない」とか言われたので(笑)。でも本当にウイットに富んだ方なので、面白いことを仰ったかもしれませんね。
プレゼント応募要項
アニメ『大家さんと僕』の放送を記念して、矢部太郎の直筆サイン入り著書を抽選で1名様にプレゼントいたします。
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応募受付期間:2020年3月2日(月)~3月16日(月)まで
【#矢部太郎】『#大家さんと僕』がアニメ化、NHK総合テレビで今夜から5夜連続放送!それを記念して、『大家さんと僕』にサインを入れて1名様にプレゼント!
— エキサイトニュース (@ExciteJapan) March 2, 2020
【応募方法】
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【締め切り】
3月16日(月)
▼インタビューhttps://t.co/OsqMRLuhdH pic.twitter.com/JoEPiqab5M
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(エキサイトニュース編集部)
番組情報
NHK総合テレビ
『大家さんと僕』
3月2日(月)~6日(金)後11:45~11:50
・第1話「おかえりなさい」
・第2話「おひとり暮らし」
・第3話「大家さんの部屋」
・第4話「ライトとおやき」
・第5話「おすそわけ」

【原作】『大家さんと僕』矢部太郎(カラテカ)
【主題歌】矢野顕子「大家さんと僕」
【キャスト(声)】僕(矢部太郎):上川周作、大家さん:渡辺菜生子
【制作】吉本興業
【監督】作田ハズム
【脚本】細川 徹
【アニメーション制作】ファンワークス
あらすじ
1階には大家のおばあさん、2階にはトホホな芸人の僕。挨拶は「ごきげんよう」、好きなタイプはマッカーサー元帥(渋い!)、牛丼もハンバーガーも食べたことがなく、僕を俳優と勘違いしている……。39歳の“僕”と87歳の“大家さん”が織りなす、泣いて笑える“不思議な二人暮らし”。大都会・東京の片隅で息づく、2人だけのユーモラスで心温まる日々の交流。ふと立ち止まり、そっと優しい気持ちにさせてくれる温かいショートストーリー。
1977年生まれ。お笑いコンビ「カラテカ」のボケ担当。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優といても活躍している。これまでに『大家さんと僕』『大家さんと僕 これから』『「大家さんと僕」と僕』(新潮社)の3冊の漫画を発表。父親は絵本作家のやべみつのり。