『エール』第17週「歌の力」 82回〈10月6日(火) 放送 作・吉田照幸 演出:橋爪紳一朗、鹿島悠〉

『エール』西條八十とのシーンに裕一が作曲家として影響力を持つようになった描写
イラスト/おうか

裕一の天才っぷり

召集令状を受け取ったものの、予科練を主題にした映画の主題歌を作るための重要な人材として兵役を免れることになった裕一(窪田正孝)。「芸は身を助く」という言葉があるが、こういうときに使っていいものか悩ましい。

【前話レビュー】召集解除に罪悪感を抱く裕一 同じく作曲家の木枯はどうだったのか、実在モデルと史実を比較する

裕一は自分だけ特別扱いされていることに悩みながらも、求められる作曲を全力で行う。
映画『決戦の大空へ』の主題歌「若鷲の歌」の歌詞は西條八十(中野英樹)の手によるもの。実際に予科練を見学したうえで書いた良い歌詞だが、裕一は最後の「ハア ヨカレン ヨカレン」を削除したいと提案する。

このエピソードから思い出すのは「紺碧の空」である。かれこれ12年くらい前。裕一が作曲家として活動しはじめた初期の頃。西條八十が選者の一人として選んだ早稲田の応援歌「紺碧の空」の「覇者覇者早稲田」の「覇者」の音が弱いから変更したほうがいいのではないかと意見を述べたことがあった(40話)。

西條は、そこが難しいから裕一のような新人ではなくベテラン作曲家に任せたほうがいいと言っていたが、結果的に裕一は「覇者覇者」に印象的な曲をつけることに成功した。

あれから月日が過ぎ、いまや裕一が西條八十の詞に意見を述べ、西條はそれを受け入れる。それだけ裕一が作曲家として影響力を持つようになったのだろう。

と同時に、西條八十は「紺碧の空」の歌詞を意識してみて、失敗したのかななどと考えてみると面白いし、最後に、固有名詞の「応援」入れとけ、というような単純な思考ではいけないという反省が浮かび上がってくる。

朝ドラ国防婦人会 重箱の隅つつき隊 その1

西條八十を演じた俳優が、36話の鈴木信二と違っていた! 子役が大人に変わっていくように歳をとったということか。「紺碧の空」(昭和6年)から12年だけれど。

天才の影に泣く苦労人

自分は兵役を免除され、若者たちが戦場へ出ていく。その罪悪感から、裕一はいい曲を作るしかないと自分を思いつめていく。
歌詞の削除をしただけでなく、一度書き上げた曲をもう一回、書き直したいと三隅(正名僕蔵)に申し出る。

三隅は、裕一の前ではいたって従順に見えるが、歌詞の直しのときは、一人になると「これだから音楽家は……」と苦虫を噛み潰したような顔をし、ドアを乱暴に閉める。裕一にはあっさり了承してもらったように報告するが、じつは、西條に必死で頼み込んでいたのだ。

三隅は、廿日市(古田新太)に続く、天才になれず、天才に従って生きていく凡人(一般人)キャラである。長いものに巻かれ、調子を合わせながら、影ではストレスを発散している。憎めない人たちだ。

曲の直しのときは、裕一から離れたところで、地団駄を踏み、喚き散らす。もう一曲作ることで、予算や時間が圧迫され、三隅が責任を追わなくてはならない。その苦労を裕一は知らない。

天才が自由に創作をするとき、割りを食って苦しむ人がいる。特別な才能のために忍耐を強いられている人がいる。三隅の存在は単なるおもしろなだけでなく、裕一が行かずに住んだ戦場に召集されていく人たちの叫びにも聞こえてくる。
「なんだよ」と喚いている声を「ん?」「なんの声?」と他人事のように反応している裕一の表情は、“知らない”ということの面白さであり残酷さでもある。

『エール』西條八十とのシーンに裕一が作曲家として影響力を持つようになった描写
写真提供/NHK

朝ドラ国防婦人会 重箱の隅つつき隊 その2

音(二階堂ふみ)の実家・関内家では、特別扱いを糾弾されていた。戦時下、英語が敵性語になっているだけあって、西洋の宗教であるキリスト教の信仰もよく思われていなかった。関内家も特高に監視され、厳しい目を縫って信仰活動を続けていた。

抑圧されると人間の心はギスギスしていく。信者仲間は、関内家は軍に馬具製品を卸していることもあって、五郎(岡部大)が兵役を免除されているのではないかと疑う。長女の婿も軍人で、次女の夫は軍の依頼で戦時歌謡を作曲している。軍との関係は太すぎるほどだ。でも、そういう指摘に不満を顕にする光子(薬師丸ひろ子)梅(森七菜)

自分の信じるものを捨てずに守りたい。とはいえ、こんな時代だからすこし譲歩してもいいのではないかと考える光子に、軍と関係があるからだと責める隣人。書きたいものを制御されながらも、五郎という人と巡り合って書き続けようと思う梅……いろんな状況の人がてんこもり。戦時下に生きる多様な人々のモチーフを集め過ぎて、群像劇のように編まれることなく放置されているだけのように見えてしまう。


たとえば、81話では、光子が食前に祈りを捧げている。前半、そんな敬虔なシーンあったっけ?と戸惑う。キリスト教の設定はあれど、描写はあっさり、さりげない程度であった。家族で礼拝より家族で銭湯に行くことのほうが印象的に描かれていた。

それが、戦時下になって規制されはじめたら俄然、キリスト教徒であることを主張しはじめた印象で、違和感が拭えない。五郎は梅たちが大切にするキリスト教を学ぼうと余念がなく、そのうえ梅のキスシーン(頬から唇へと昇格)というキュンシーンまで入ってきて、具だくさん過ぎる。

音が、裕一にあずけている夢も叶えないといけないし……。今後、これらをすべて、素敵な物語にまとめあげてくれたら、裕一のような天才!と讃えたい。
(木俣冬)

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主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。

関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

古山華…根本真陽 古山家の長女。
田ノ上梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。

関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。

小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。

佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。
モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。

藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。

御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

『エール』西條八十とのシーンに裕一が作曲家として影響力を持つようになった描写
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和

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