『エール』第19週「鐘よ響け」 94回〈10月22日(木) 放送 作:嶋田うれ葉・吉田照幸、演出:吉田照幸〉

裕一、「長崎の鐘」へ
連続ラジオドラマ『鐘の鳴る丘』の主題歌「とんがり帽子」を作って、復活した裕一(窪田正孝)。次は「長崎の鐘」だ。【前話レビュー】「戦場に向かう若者に興奮していました」裕一の衝撃的な告白 一方、言葉が人も救った93話
池田(北村有起哉)が「長崎の鐘」という本を題材にした映画の主題歌を打診してきた。
戦争の恐怖がぶり返すのではないかと心配する音(二階堂ふみ)に、裕一は、もう一歩前に進むためには必要なことだと自分に言い聞かせるように言って、 『長崎の鐘』の著者・医師である永田武(吉岡秀隆)に会いに行く。
裕一のモデル古関裕而の歴史をかなりはしょって19週に詰め込んでいる。重要な部分を1週間(5日間)という短い時間で描くのはいささか無理も感じるが、「鐘」というモチーフでまとめるという趣向がいい。なぜか古関裕而の楽曲には「鐘」のつくものが多く、ほかに「フランチェスカの鐘」「みおつくしの鐘」「サン・マルコの鐘」「時計台の鐘が鳴る」「スポーツの鐘が鳴る」「希望の鐘」「青春の鐘」などがあることがわかると、なお趣を感じさせる。(参考文献:古関裕而『鐘よ鳴り響け』)
長崎にて
18週で終戦を描いた時、原爆について触れてないこともいささか舌足らずさを感じたが、『長崎の鐘』で原爆に触れるため、省いたのであろう。与えられた話数で、登場人物の半生を描くうえでは、その選択も間違いではない。裕一が訪れた長崎は、まだ原爆の跡が残っていた。瓦礫のなかに、本の題名になった長崎の鐘が誇らしげに飾ってある。それはみんなで掘り起こしたものだと、永田の妹ユリカ(中村ゆり)が説明する。
焼け跡のなかで元気にはしゃぐ子どもたちが「露営の歌」を歌うのを聞いて少し顔を曇らせる裕一。こういった、うしろめたい気持ちを払拭するきっかけを探しにこの地にやってきた裕一に、永田は「あなたご自身のため(贖罪)に作ってほしくない」と言う。
ではここで、「エール」における裕一の感情の流れを整理してみよう。
戦争前:音楽がただただ好き。
戦争中:自分のできることで兵隊を応援しようと作曲に勤む。
戦時中:戦争によって人が死ぬことを目の当たりにして自分のやって来たことに罪悪感を覚える。
戦後1:曲が作れなくなる。
戦後2:子供たちのための希望の曲を作って気持ちを新たにする。
戦後3:さらにその先に向かう。
「自分を見つめても見つからんのだがなあ」という永田のセリフは、裕一を個人レベルではないもっと大きな世界へと向かわせるためのもの。ここでオリンピック・マーチ誕生への布石を打っていると想像できる。
永田の住まい「如己堂」は「汝に近きものを己のごとく愛すべし」というキリストの教えからとられたもの。自分を見つめるのではなく、自分に近きものを見つめること。裕一に必要なものは「如己堂」にあった。
『エール』は、天才作曲家・古山裕一が、1964年の東京オリンピックのテーマ曲「オリンピック・マーチ」を作り上げるまでの話なので、着々とそこに向かって物語は動いている。

どん底まで落ちろ
若者から「神は本当にいるのですか」と問われた永田は、「落ちろ…落ちろ…どん底まで落ちろ」と答えたと言い、「その意味あなたにわかりますか」と謎をかける。永田のモデルである永井隆は「どん底に大地あり」という言葉を残している。すべてはどん底からはじまり、幸福はそこから育まれていくものという意味合いだ。その答えを裕一は自分で見つけることができるだろうか。
「どん底まで落ちろ」というセリフに、終戦の翌年、昭和21年に発表された坂口安吾の「生きよ 堕ちよ」と説いた『堕落論』が思い浮かぶ。永井の「どん底」や坂口の「堕ちよ」という言葉には、この時代、敗戦によってそれまでの価値観が崩壊しゼロになった日本人が「どん底」や「墜ちよ」という言葉を逆説的にとらえて生きるエネルギーにせざるをえなかったことが表れている。
そして、吟の探偵物語
戦争中は制限されていた推理小説も戦後は再び息を吹き返し、坂口安吾も推理小説を発表(1947年)、その前年には横溝正史による探偵・金田一耕助が活躍するシリーズが誕生する(1946年)。NHKの金田一耕助シリーズには吉岡秀隆も主演していて、『エール』の演出家・吉田照幸が演出を手掛けている。
だからというわけではないだろうが、夫・智彦(奥野瑛太)がラーメン修業をはじめたことを知らない妻・吟(松井玲奈)が変装して、彼を追跡するというおもしろエピソードが94話には付いている。裕一の苦悩の物語がメインの回でこれがすこしだけガス抜きになっていた。
(木俣冬)
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番組情報
連続テレビ小説「エール」◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り
原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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