『エール』最終週「エール」 118回〈11月25日(水) 放送 作・演出:吉田照幸〉

『エール』共に駆け抜けた池田を亡くした裕一に世界の声は聞こえなくなった……
イラスト/おうか

※本文にネタバレを含みます

「ぼくたちの仕事ってさ、出したらもう消えちゃうの」

『おはよう日本関東版』では「寂寥感、労い、感謝」とあと3回で最終回を迎える『エール』への想いを高瀬アナが語り、『エール』118回は、古山家にカラーテレビが来て、中では三波春夫が「東京五輪音頭」を歌っている。これは裕一(窪田正孝)の盟友のひとり・木枯(野田洋次郎)の作曲。作詞は宮田隆。
島根県出身の作詞家で、2千通もの応募作から選ばれた。

【前話レビュー】華とアキラが光子(薬師丸ひろ子)の形見のロザリオに愛を誓う そして東京オリンピックへ

<オリンピックの顔と顔>という歌詞を聞くと、“顔と顔”を強調していた『いだてん』の田畑(阿部サダヲ)を思い出す。「東京五輪音頭」は、世界にはたくさんの人がいて、その人たちが一同に集まる場としてのオリンピックの意義を強調していた。

では、裕一は、国から依頼された「オリンピックマーチ」にどんな想いを込めたか。なかなか出来上がらないので(その間、1964年に『巨人軍の歌』などを作る)、心配した音(二階堂ふみ)は、木枯に相談する。このときの木枯の返答がいい。

「ぼくたちの仕事ってさ、出したらもう消えちゃうの。たぶん自分のなかで楽しんでいるんじゃないかな」
「もしくは最後のピースを探しているのかも」

あとでそれを聞いた裕一は、どちらも正解と言う。

創作物は残るものとはいえ、木枯が言うように「売れる音楽」と「残る音楽」がある。その瞬間に消費されてしまうものと、地味でも残るものがある。売れても残っても、出したあとは、受け取った人のものになる。良いとか良くないとか評価や感想は受け取った人の自由である。
作者に確かな意図があったとしても、作り手の表現の自由と同時に、受け手には誤読の自由もあるもの(限度はあると思うけれど)。

となると、自分の純粋な創作は自分の頭や心のなかにあって、それをああでもないこうでもないと粘土をこねるようにしている間の楽しさはほかの誰にもわからない。

演劇の稽古で、いろんなアイデアを出しながら、本番に向かって固まっていくのもそう。稽古が好きじゃない俳優もいるが、稽古で可能性を探っていくことが好きな俳優もいる。

頭のなかでパズルして、最後の一片がはまったときの喜び。それがものを作る楽しさ。考える楽しさなのだ。

115回で「今書いている音楽が逃げちゃいそう」というセリフもあって、それと「ぼくたちの仕事ってさ、出したらもう消えちゃうの。たぶん自分のなかで楽しんでいるんじゃないかな」はセットになって聞こえる。

裕一の最後のピースは仲間たちだった

なかなか曲ができなかった裕一だが、木枯、鉄男(中村蒼)、久志(山崎育三郎)、藤丸(井上希美)を家に招き、飲み会。

みんなで各々のヒット曲を振り返り、合唱したり、夜も更けて雑魚寝する仲間たちの顔を見ながら、裕一は音に、「もっと普遍的な世界中の人たちの心高鳴る音楽にしたかった」「いつ会っても、出会った頃のように騒げる仲間がいる。これ以上の幸せってあるのかな。なによりも尊いのはさ、人と人の繋がりだと思う。
僕はそれを曲に込めたい」と言う。

いい話なのだが、ちょっと待って。
『エール』の第1話では、なかなか曲ができない裕一の最後のピースは、音が庭掃除しながら「さくらさくら」を歌っていた姿を見て閃いたものだった。あのエピソードはどうなったのか。この頃は、現在、原案扱いの林宏司が脚本を書いていたが、降板したことによって、クライマックスが微妙に違うことになったのだろうか。

ただ、開会式当日のドタバタは、早回しで流された。「長崎の鐘」に感動したという警備員(萩原聖人)はちゃんと映った。もしかして『エール』はどこかで世界線が変わってしまったのかもしれない。

同じく1話で、鉄男がワンカップ「大将」を備えながらお参りした恩師・藤堂(森山直太朗)の墓に3月7日と刻んであって、この日付はインパール戦の前日。これは、いま思うと、おお! となる。

『エール』共に駆け抜けた池田を亡くした裕一に世界の声は聞こえなくなった……
写真提供/NHK

池田も天に召されてしまった

『エール』最大のクライマックスと期待していたオリンピックはものすごい駆け足で過ぎて、大河ドラマにおける秒で終わる関ヶ原や本能寺みたいなことに。

池田(北村有起哉)の名作『放浪記』も「全部、森(光子)さんの力」と一言のみで、池田は裕一といつかオペラをやろうと夢を残したまま亡くなってしまう。

その後、裕一は仕事をセーブするようになっていく。
裕一のモデル古関裕而の自伝でも、池田のモデル菊田一夫の死後、仕事を減らしていったことが記されており、戦後の古関は菊田ありきだったのだろうと思わせる。

この作曲家は、誰かの想いによって胸の音楽が鳴り出す人物だったのではないだろうか。戦争のときは、戦争を進めようとする人たちの熱い気持ちに応え、戦後になったら戦争で失ったものの哀しみにつき動かされ、おもしろいエンタメを作りたいと意欲的な劇作家について娯楽性のある音楽を作った。世界中の無数の人々の声を聞き、集め、曲に編む才能のあった人なのだと思う。

強烈なカリスマ性のある劇作家と仕事をして、駆け抜け、その人がいなくなったとき、世界の声はもう聞こえなくなり、あとは、次世代の者に任せたのだろう。

音も病に倒れる

池田の死後、5年、音が乳がんで伏せってしまう。朝ドラにありがちな、音が死ぬかも? という前宣伝をしないのは良かった。

音が「この写真、好き」と言う、楽しい家族の集合写真も、音の病気の哀しみからそらしてくれた。

二階堂ふみが音の若い時期より細くなった気がしていたのは、老いた雰囲気を出すのみならず、病で寝込む準備であったか。

あの日、みんなで集まったときに音の歌った「湯の町エレジー」がいい感じであった。二階堂ふみ、大河ドラマ『西郷どん』のときの歌や、こういう歌はすごくいい。オペラはがんばっていたけれど、歌舞伎でいうところの“仁(ニン)”でなかったと思う。それでも挑戦したことは尊い。


うまいだけがすべてではない。ちょっとうまくない(だからプロになれない)人だって立派に世界の一員なのだということかなと思うのは誤読ですか。

あと2回!

【116話レビュー】小気味いいコント仕立てで始まった最終週 吉田照幸脚本はニヤリと人を見る視線に味わいがある
【115話レビュー】経年と病気になった裕一を演じる窪田正孝のリアリティー
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Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

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@kamitonami

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『エール』共に駆け抜けた池田を亡くした裕一に世界の声は聞こえなくなった……
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 

【放送予定】
2020年3月30日(月)~11月28日(土)

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

原作・原案:林宏司
脚本・作:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
主演: 窪田正孝 二階堂ふみ
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」

制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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