『おちょやん』第13週「一人やあれへん」

第64回〈3月4日(木)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』自分を駆り立てていた父への恨みが間違いだったと気づいた一平の心情は…
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

一平、襲名する

母の思い出を作り変えていた一平(成田凌)の通過儀礼。思い出補正を正すときが来た。それは長らく憎んできた父・天海天海の名を継ぐことでもある。
渋く歯ごたえのあるエピソードだった。

【前話レビュー】『おちょやん』親に捨てられたのか、親を捨てたのか――視点の違いで見るものが変わること描く

京都・嵐山で旅館を営んでいる母・夕(板谷由夏)に会って、父・天海(茂山宗彦)が夕を捨てたのではなく、夕が男を作って去っていったことがわかった。わかったというか、本当は一平もそれを知っていたが、母が見知らぬ男と去っていく姿の記憶に蓋していたのだ。

母にはっきり言われて思い出し、絶望する一平。衝撃が大きいと笑ってしまうもの。転げ回って笑う一平の姿が悲壮だ。
まさに主題歌の歌詞にある<泣き笑いのエピソード>。

夕の事情を知っていたハナ(宮田圭子)の予想どおり、一平も千代(杉咲花)も心が疲れ果て、とぼとぼと京都から帰って来た。

一平は、襲名を承諾することを決める。岡安の前まで来たものの、立ち寄らず帰っていく一平。千代が母に会わせたことを「堪忍な」と謝ると、「痛かったやろ」と千代の頬を優しく撫でる、その手つきに寂しい気持ちが灯る。

真相はどうであれ、結果的に襲名することになったわけで。


千代「ほな、してやったりやわ」
一平「まんまとな」

千代と一平はそう納得する。こんなときでも、屈折した言い回しをしてしまうふたり。いや、こんなときだから、そうなってしまうのだろう。そういう状況にサキタハヂメのゆわ〜んとした曲が似合う。

翌日、二代目天海を襲名することが発表され、道頓堀はにわかに盛り上がる。岡安にも襲名披露公演を観る人たちの予約がたくさん入る。


いなり寿司と一平の手

第64回は場面転換が流れるようになめらかにリレーされていた。道頓堀の小料理屋→岡安の台所→一平の少年時代→現在の一平、と次々移り変わる場面のなかに、共通するものをそっと忍ばせる。これだけ丁寧に描いているのは、とても重要なエピソードなのであろう。心して観なければ。

冒頭、道頓堀の小料理屋。鶴亀家庭劇、主に天海一座のメンバーが集って、一平の母の真実について噂話をしている。天海が残された一平のことを思って、自分が夕を追い出したと悪役を買って出た事実を噛みしめる一同。
その事実を知っていたのは千之助(星田英利)ともうひとり――

そう振って、場面は岡安の台所へ。そこにはハナが帰ってくる一平のために料理をこさえている。すりこぎでこするとろろ芋の白くてふわりとした優しさがハナの精一杯の心のようだ。その素振りから、もうひとりの知っている人はハナであることがわかる。

朝ドラ『おちょやん』自分を駆り立てていた父への恨みが間違いだったと気づいた一平の心情は…
写真提供/NHK


朝ドラ『おちょやん』自分を駆り立てていた父への恨みが間違いだったと気づいた一平の心情は…
写真提供/NHK

それから昭和4年、4月、襲名披露公演初日前日。再び、岡安の台所。
ハナがいなり寿司をたんと作っていたが、一平は立ち寄らない(そのとき香里<松本紀代>がついていくのがなんか気になる)。「袖にされてしもたか」とさみしげなハナは千代に、夕が去ったあとの荒んだ天海と一平の家の話をする。その思い出にも、ハナが作ったいなり寿司が出てくる。おそらく一平の好物なのだろうし、お稲荷さんにちなんでご利益のある食べ物でもある。

母がいないことを心配して差し入れに行った思い出を語ったハナは、「千代、あんたしかおれへん」と一平のことを託す。

千代が一平を訪ねて行くと、マッチをすり、燃える一斗缶の中に心をこめて書いた喜劇(きは七3つ)「母に捧ぐる記」の台本を放りこんでいた。
心をこめて筆をとった手がいまや、千代の頬を撫でたり、マッチをすったりするくらいにしか使えない。

天海天海の名を永久に葬り去ってやる

襲名公演の稽古も、やけに物静か。劇団員が揉めても穏やかにおさめる側に回っているのであった(このとき、小山田が「おう!」「おう!」とずっと言っていて、そのタイミングが巧く、ベテランの力を感じた)。

本心は襲名披露公演で辞めようとしていた一平。ずっと父親を恨んできたが、自分のために嘘をついていたと思うとやりきれない。長年、自分を駆り立てていたことが間違いだったと思ったら、支えがなくなってしまうもの。

千代はハナから聞いた話――天海は役者を辞めようと思いながらも辞めなかったのだと伝える。「なんでかわかるか」と千代が一平に問いかけた謎と、回想で少年一平の顔がどんなになっていたのか。ふたつの謎を残して、金曜日の第65回に引っぱる手付きが鮮やかだ。

酷いことをする人にはなんらかの理由がある。妻や母に去られた男は寂しくて自暴自棄になってしまう。そこで思い出すのはテルヲ(トータス松本)。千代の母である妻を早くに亡くした寂しさが彼にずっと張り付いているように見える。『おちょやん』では、女や酒や金に依存する男たちの、けっして簡単ではない心の内にそっと光を当てる。さながら朝ドラの裏面という印象だ。100作を超えているから、たまにこういう試みも悪くない。

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■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■名倉潤(岡田宗助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■宮田圭子(岡田ハナ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■西川忠志(熊田役)プロフィール・出演作品・ニュース
■明日海りお(高峰ルミ子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■曽我廼家寛太郎(小山田正憲役)プロフィール・出演作品・ニュース
■茂山宗彦(天海天海役)プロフィール・出演作品・ニュース
■渋谷天笑(須賀廼家天晴役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■坂口涼太郎(曽我廼家百久利役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■板谷由夏(夕役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■中村鴈治郎(大山鶴蔵役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■桂吉弥(黒衣役)ニュース


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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami