『おちょやん』第13週「一人やあれへん」

第63回〈3月3日(水)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』親に捨てられたのか、親を捨てたのか――視点の違いで見るものが変わること描く
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

母を探して、京都へ

一平(成田凌)と母親・夕(板谷由夏)の再会は思いがけない展開に。

【前話レビュー】酒と女で母を泣かせた父を許せないのに女性にデレる一平の矛盾 「芸の肥やし」とは

幼い頃、父の放蕩により家を追い出された母のことが忘れられない一平。ようやく、母を見つけたものの、その再会は、とても苦いものだった。


世にも哀しき、複雑にもつれた末に崩壊していく夫婦や親子の人間模様と、いやな記憶には蓋をしてしまう人間の性(さが)をわずか15分の間に書き込んでいく筆力と演じる俳優たちの熱はなかなかのものだ。

芸のこやしと放蕩の限りを尽くす天海(茂山宗彦)に家を追い出された夕が京都にいるらしいと、千之助(星田英利)から聞きだした千代(杉咲花)は一平を連れて京都へ。カフェー・キネマの人たちの協力を得て、店の客から情報を聞き出しはじめる。

「やっぱりうまいこといきませんがなあ」と平田(満腹満)が悲観的なことに対して、マスター(西村和彦)「諦めちゃいけない。勝負はこれから」と楽観的。その結果「映画みたいや」という都合のいい流れに。


常連客のひとりで千代贔屓だった原(小林幸太郎)が手がかりを知っていた。

原の名前も一平で、その名をきっかけに、幼い頃、海で一平と名前の由来を語り合った思い出を話してくれた夕という人物が、嵐山の旅館「夕凪」の女将をしているという。

嵐山の旅館といえば、千代のモデルである浪花千栄子が晩年、「竹生」(ちくぶ)という旅館を嵐山で営んでいた。それが彼女の終の棲家になったのだが、そのエピソードを一平の母の話にもってくるとはひねっている。

一平の記憶違い

旅館を訪ねると、夕は一平に冷たく当たる。役者になったと聞き、「あほやなあ」とあざ笑う夕に、芝居のことしか頭になく、夕を泣かせてばかりいた父を見返したくて役者になったと言うと、「私が男つくって勝手に家出たんや」「あんたら捨てたんのは私のほうや」と夕は真実を明かす。

そこで一平は、母が男(京都の大地主)と去って行く姿を見ていたことを思い出す。
思い出したくないいやなこととして、すっかり忘れてしまっていたのだ。そのとき響く音が印象的。一平の固まった真っ黒なビー玉のような目も。

朝ドラ『おちょやん』親に捨てられたのか、親を捨てたのか――視点の違いで見るものが変わること描く
写真提供/NHK

それにしたってあんまりな夕の言い草に、辛抱たまらず千代が涙ながらに頬をはたく。「おかあちゃんのくせに」「なんでや」と千代の野性的な反応が状況の悲しみに迫真をもたらす。

夕も負けてない。
気の強そうなふたりがもみ合っているところで、一平はひっくり返って大笑いをはじめる。「あ〜〜あまりにもあほすぎて」の「あまり」の「あ」に濁点がついてるみたいな、腹から出ている音は、彼の絶望を端的に表している。

最初のうちは一平と母の唯一の記憶――海辺で手をつないでいる――を画だけで見せて、原の話のあとに、ようやく夕との会話を見せることも、ひとの記憶の曖昧さの表れに見える。記憶は、その人の都合で、出し入れできる。しかも形を変えて。

記憶を美しく変えること、すなわちそれが、物語化である。
それは一平や千代の芝居という仕事とも重なっている。彼らが芝居をやるわけは、彼らの悲しい記憶を美しく塗り替えることなのだろう。

捨てたのは私

思い出を都合よく書き換えることも含め、『おちょやん』は視点のドラマである。視点が違えば、見るものが変わることを書いている。

夕が自ら夫を捨てた過去は、千代の幼い頃と重なる。幼い千代が奉公に出されるとき、「うちがあんたを捨てたんや」と啖呵を切った。原因は、夫や父の放蕩ではあるが、そんなだめな人に捨てられたのではなく、自分から捨てたと思うことで、かろうじてプライドを守ることができる。


ここで重要なのは、捨てられたのか、捨てたのか、ということよりも、状況をどう解釈するか、視点の問題なのだ。視点を変えて、自分から捨てたと思わなければ行き場のない悲しい女の意地が何度も何度も繰り返し描かれる。それは、過去綿々と、そういう思いをしてきた女性たちの悲しみの積み重ね。芸能が繰り返しそういう物語を書いてきたことを『おちょやん』というドラマのなかに再現するかのような試みに感じて、なかなか味わい深い。

悲しいことなんてなかったかのように、明るく元気にさわやかな生き方ばかり描くことに対するアンチテーゼのように、どこまでも女性の悔しさと、それでも負けないバイタリティーは、見る者の励みにもなる。

げにおそろしき女の恨み節のドラマ『おちょやん』。
ただ、これを書いているのが、男の女性好きは男の性(さが)と登場人物に言わせてしまう(第62回)作家なので、男性の問題を、女性自らが捨ててしまえば済むことであるというような言い訳にも見えてしまうのは、捻くれた視点であろうか。

朝ドラ『おちょやん』親に捨てられたのか、親を捨てたのか――視点の違いで見るものが変わること描く
写真提供/NHK

千代と一平

母の手がかりを見つけた晩、外で焚き火をしながら、思いにふける一平。心配する千代に珍しくしおらしく感謝する。ふたりともが過去に向き合って、寄る辺なき孤独であることを認識することで、近づいていく様子をじわじわと描いている。

『あさイチ』で2022年度朝ドラヒロイン発表

『おちょやん』の放送後、『あさイチ』がはじまると、そこで、2022年度の朝ドラのタイトルとヒロインが発表された。『あさイチ』で最初に発表されるのは初の試み。沖縄返還50年の年に沖縄を舞台にした『ちむどんどん』のヒロインは黒島結菜。脚本は「マッサン」の羽原大介

『あさイチ』を使って発表するのは、コロナ禍で記者会見が思うようにできないからだろうか。それまでは大々的にマスコミを集めてお披露目されてきたが、いまはそれが難しく、情報をマスコミに流すだけになってしまうと、どうしても盛り上がりに欠ける。テレビで発表することでお祭り感が出た。がんばれ朝ドラ。

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■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■板谷由夏(夕役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■吉川愛(宇野真理役)プロフィール・出演作品・ニュース
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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami