『おちょやん』第13週「一人やあれへん」

第65回〈3月5日(金)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』私のために笑い、泣いてくれる人です――祝・千代と一平が結婚
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます
迷い苦しんだ末、一平(成田凌)は天海天海を襲名、さらには襲名披露で、千代(杉咲花)との結婚を発表した。

【前話レビュー】『おちょやん』自分を駆り立てていた父への恨みが間違いだったと気づいた一平の心情は…

大きな拍手で千代と一平の門出が祝われる、良い朝だった。ドラマはここで折り返し地点を迎えたといっていいだろう。
65回を振り返りながら、『おちょやん』とはどういう物語なのか分析する。

杉咲花が演じる千代の魅力

幼い頃、母・夕(板谷由夏)に去られた一平(子役:中須翔真)は化粧をして「お母ちゃんみたいになりたかったんや」と、父・天海(茂山宗彦)と、心配して家に来たハナ(宮田圭子)を笑わせる。

それをきっかけに、天海は芝居の台本を書く気力が沸き、「親子雀」が生まれた。第10話で上演された父親が幽霊になって子供の元に現れる話である。

ハナから聞いた話を千代は一平にして、役者を辞めるなと諭す。泣く一平。弟・ヨシヲ(井上拓哉)のときは一平が千代を抱きしめたが、今度は千代が抱きしめる。


「生きるってしんどいのう。しんどいのう…」

「しんどいのう」を2回繰り返すことで重みが増す。とりわけ千代はこれまでずっと辛い人生だったから、染みた。

杉咲花は、映画『トイレのピエタ』や『湯を沸かすほどの熱い愛』などお腹の中にマグマのように溜まった人間の怒りや悲しみを小柄な体から溢れ出させたときが最も映える俳優で、彼女が千代を演じているのはそこを買われているからだろう。映画『十二人の死にたい子どもたち』では終始淡々としていたが、後半、セリフのみで説明される彼女の役のヘヴィなバックボーンに説得力があったのも杉咲花の力であろう。

「笑いと涙の隙間は紙一枚や」という人生観

「あんたはひとりやあらへん、うちがいてる」と千代に励まされた一平は、天海天海を襲名し、二代目となった。

襲名披露で「先代である父の思いに」気づいたと語る。
そのとき、横にいる千之助(星田英利)の表情がぴくりとなる。

一平が父の葬式のときのエピソードをおもしろおかしく語ると、千之助はなかば食い気味にくすくす笑う。それが観客に笑っていいという斥候(せっこう)のような役目を果たしている。一平の話は、父の葬式のときのことで笑っていいのかちょっと微妙であるからだ。千之助が笑っていれば、観客も安心して笑うことができる。おそらく彼なりの一平へのフォローなのであろう。
また、千之助が愛してやまない先代・天海への思いでもあるだろう。

朝ドラ『おちょやん』私のために笑い、泣いてくれる人です――祝・千代と一平が結婚
写真提供/NHK

一平は、ここまで自分を助けてくれた千代と結婚すると挨拶。「私のために笑い、泣いてくれる人です」と紹介する。

朝ドラ『おちょやん』私のために笑い、泣いてくれる人です――祝・千代と一平が結婚
写真提供/NHK

こうして鶴亀家庭劇を背負っていく決意を新たにし、お客さんに向かって深く頭を下げたとき、花吹雪のなかで「超えられるもんやったら、わし超えてみい」と父の亡霊のようなものが現れ、一平に語りかける。これが優しさと厳しさが入り混じったような語り口で、人生は良きにつけ悪きにつけ一色ではないと思わせる。どんなに良いことがあっても油断はできないし、人生はいつだって綱渡りだ。


『おちょやん』に通底するのはとてもぴりっとした人生観である。惜しいのは、それが主として男性たちによって描かれていることなのだ。例えば、他局の『オー!マイ・ボス!恋は別冊で』だとヒロインの相手役はひたすらヒロインに奉仕する子犬キャラ扱いで、彼の仕事に対する矜持はほとんど描かれない。それは女性が主人公の女性視点のドラマだからだ。

『おちょやん』も千代が主人公でありながら、なぜか相手役の人生を描くことに時間をとっている。そこが面白さでもありながら、共感しづらくもなっていると感じることも確かなのだ。


これまでの朝ドラでいえば、『エール』のように男性が主役とあらかじめわかっていたり、『まんぷく』や『ゲゲゲの女房』のように夫を支える主婦の物語というコンセプトであったりすればわかりやすいと思うが、コンセプトがいつの間にかズレているような違和感がいまのところ拭えない。

父は加害者ではなく被害者という視点

死ぬまで父を憎んでいたことを「悔やんでも悔やんでも悔やみきれません」と語った一平。彼は、父が加害者で、母が被害者と思っていたが、実際は違っていた。ちょっとわからないのは、母が男をつくって去ったから、父が酒と女に溺れたのか、もともとそうで、さらに芝居のことばかりで母を顧みなかったから、母が堪忍袋の緒を切ったのか。そこがぼやけているとはいえ、「笑いと涙の隙間は紙一枚や」というコトバと同じで、加害と被害の隙間も紙一重なのではないだろか。母だけが悪いわけでも父だけが悪いわけでもない。たいてい世の中、そういうことばかりである。


第2週から引っぱってきた一平と父との確執がようやく解決したので、残されたのは、千代と父・テルヲ(トータス松本)だ。第1話からずっと、子どもたちに苦労ばかりかけているテルヲ。でも彼にも、天海のように、子どもから見るといやな人だが、実は……という意外性があってほしい。

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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami