
※本文にはネタバレがあります
空と碧、風雅のもとへ『ウチカレ』第8話
『ウチの娘は、彼氏が出来ない!!』(以下ウチカレ)(日本テレビ系 毎週水曜よる10時〜)第8話は、空(浜辺美波)が父・一ノ瀬風雅(豊川悦司)に会う。【前回レビュー】北川悦吏子の名作『愛していると言ってくれ』で共演の豊川悦司・矢田亜希子登場で新展開
逢瀬島の浜辺(浜辺美波のことではない、海岸のこと)で、「空は今日はどんな顔してるのかなって思ってるんですよ」と言いながら、空(スカイのほう)の写真を撮っているから、娘のことを気にかけているのかと思いきや、碧(菅野美穂)と空が島を訪れると、碧のことはまったく忘れていて、空の実の母・すず(矢田亜希子)のことも忘れた素振りをする。
覚えていてもらえなかった碧はがっかり(たった一週間の恋だもの)。
会ったら殴ろうと思っていたのに、風雅の不思議な魅力に惹かれ、未知なる世界を嬉しく感じていく空。島で初めての釣り、キャンプ、焚き火……ワクワクすることばかり。髪の毛をわしゃわしゃして「いい子に育てましたね」と微笑まれたらもう……。
風雅は、一見しただけでは価値のわからない流木を拾って、朽ちた弱い部分を排除して、残った強い部分に美を見出だし、高値で売っているらしい。荒波や風雨にさらされ、ぶつかったり打ちつけられたりすることで強くなっていく流木の価値に興味をもつ空。なんとなく騙されているような気もするけれど。
空が、生みの母と育ての母を転がしていた、と責めるように言うと、ことば悪いなあと困惑していたが、流木の話とか、自分の生き方に関する物言い(家を捨て、金を捨て、でも世界中が僕の家、みたいなこと)は、まさに聞く人を転がしている感じがする。
第2話で流れ、いいムードを作り出したジャニス・イアンの曲「Will You Dance?」が再びかかり、その曲に乗って、踊る風雅。空を誘い、ふたりは踊る。これが、恋人たちではなく、父子なのだ。

だがしかし、サリーこと沙織(福原遥)と俊一郎(中村雅俊)の年の差恋愛が成立するなら、風雅と空が父子でなかったら、恋愛が成立してしまいそうなほど、トヨエツこと豊川悦司が色っぽい。色っぽいとは、美しいとか直接的なセクシャリティーではなく生命力なのだと思わせるいまの豊川悦司はもうすぐ還暦。能の大家・世阿弥の記した演劇書『風姿花伝』で説かれる「時分の花」から「まことの花」に行き着く過程にいる俳優であると思う。「時分の花」とは若いときにしかない魅力で、「まことの花」とは時を経て育まれた本物の魅力のことである。
「時分の花」を咲き誇らせる岡田健史
「まことの花」が豊川悦司だとすると、光役の岡田健史はいま、「時分の花」を咲き誇らせているように感じる。気になる空には彼氏の渉(東啓介)がいるから手を出すことができない。どうでもいい子とはちゃらく付き合えるが、本気の子には真面目になってしまう。いつだって、意識して、嫉妬を感じていて、でもそれを見せないように律して、軽口でごまかしている光。彼が抑圧されればされるほど、彼の花は抑圧という隙間からキラキラと輝きを覗かせる。島にいる空はなぜか、渉ではなく光に電話をかける。そもそも、父の居処が偶然とはいえわかったのは渉のお手柄にもかかわらず、島での様子をまず伝える相手は、渉ではなく、光なのだ。この空の無邪気あるいは無神経さがまた光を苦しめる。北川悦吏子先生が、岡田健史がストレートなシチュエーションよりも逆境で輝く俳優であることをわかっていらっしゃるからこそのもどかしい展開。
恋愛経験の乏しい空は「足場が悪い暗闇で誰の手をつかみたくなるか、誰にすがりたくなるか、それが恋…と思ってない可能性が高い。明るく晴れたハワイで誰と海に入りたいか。……を恋だと思ってる可能性が高いです」とサリーは気にかける。
それに沿って考えると、ハワイで過ごすのが渉。暗闇で手を伸ばすのが光。こういう考え方は言い得て妙だと思うけれど、すがりたい相手が恋とも限らないと筆者は思う。利用できそうな相手である場合もあるからだ。でも、お互いが手を伸ばし支え合って暗闇から脱しようと試みることができるならそれはステキな恋だとも思う。願わくば、空には光のことも支えてあげてほしい。
浜辺美波演じる空にはそれができそうな客観的理性と自立の気配がある。そこがとても現代的で希望がある。なぜ、光と空の関係がいいなあと思うかと言うと、どっちかが依存するのではなくて、対等でいられる関係に見えているからではないか。

(C)日本テレビ
あくまで個の幸福を求め、がむしゃらに妄想に暴走し、それを受け止めてくれる相手を欲している母・碧、あるいはサリーの世代とは違う。風雅という人物は、そういう世間的な(主に女性たちの)期待が窮屈になって世捨て人になった人物だと思われる。劇団活動を経て、トレンディドラマ的な番組で一斉を風靡した設定だからだ。それを豊川悦司が演じていることにはものすごく説得力がある。
碧は新作を書くにあたり、井伏鱒二の『山椒魚』のような小説を目指している。『山椒魚』は体が大きくなって住んでいた場所から出られなくなってしまった山椒魚の物語。碧は、自分の世界から出られなくなった人で、風雅はそこから出た人である。そして空は、碧とともに住んでいる物理的には広いタワマン、でもそこは客観的に見れば閉鎖的な世界。そこから出られなくなる前に、風雅と旅に出ることになる。
最終的に空が、先人の碧やサリーのようになるか、そうでないところに着地するか、そこでこのドラマの価値は大きく変わるだろう。
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※第9話のレビューを更新しましたら、エキレビ!のツイッターにてお知らせしています。
●第9話あらすじ
碧(菅野美穂)に書き置きを残し、空(浜辺美波)が風雅(豊川悦司)と姿を消して4日。おだやを訪れた碧は、ゴンちゃん(沢村一樹)と俊一郎(中村雅俊)の前で取り乱すが、そこに、空がケロッと帰ってくる。風雅と一緒に沖縄旅行に行っていたという空は、なぜかすずらん町まで風雅を連れ帰って来ていて……。
持ち前の人たらしぶりを発揮してすっかり地域に馴染んでいく風雅。その“生きていく力”に興味を持つ空に、碧は少し面白くない気持ちを抱くが……。
そんな中、銭湯帰りに風雅から声をかけられた碧はなぜか二人で酒を飲むことに。ぎこちない雰囲気の中、本当は風雅が碧のことを忘れてなどいなかったことが発覚。忘れたふりをしていた理由を聞いた碧は、空の生みの母・鈴すず(矢田亜希子)との思い出がよみがえり、思わず風雅にビンタする。
数日後、碧は空と風雅と共に鈴の墓参りへ。碧は風雅を鈴の墓に連れていくことで何か大仕事を終えた気がしていた。風雅に微妙な気持ちを抱く碧だが、空が潤滑油となって親子のように歩く3人。
一方、散英社では、漱石(川上洋平)が小西(有田哲平)から予想外の通達を受ける。そして、空の中では、何でも話すことができるようになった光(岡田健史)に対し、新たな感情が芽生え始めていた……。友達でも恋人でもないようなお互いの存在を意識する二人。そんな時、二人の距離が縮まる小さなアクシデントが起きる……。
番組情報
日本テレビ系『ウチの娘は、彼氏が出来ない!!』
毎週水曜よる10時〜
出演:菅野美穂(プロフィール) 浜辺美波(プロフィール)
岡田健史(プロフィール) 福原遥(プロフィール) 東啓介(プロフィール)
中村雅俊(プロフィール) 沢村一樹(プロフィール)
有田哲平(プロフィール) 川上洋平(プロフィール)
脚本:北川悦吏子(プロフィール)
音楽:得田真裕
演出:南雲聖一 内田秀実
製作著作:日本テレビ
番組サイト:https://www.ntv.co.jp/uchikare/
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami