『おちょやん』第19週「その名も、鶴亀新喜劇や」

第92回〈4月13日(火)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』巨星墜つ――最期の舞台に立つ役者・万太郎を永遠にした千之助の言葉
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

万太郎の旅立ち

巨星墜つ。スゴイ人が亡くなるとき、この言葉が使用されるが、『おちょやん』の世界では、関西演劇界の雄・須賀廼家万太郎(板尾創路)の死にはまさにこの言葉がふさわしい。

【前話レビュー】万太郎のモデルと思われる喜劇俳優・曾我廼家五郎は喉頭がんで死去

名優として人気を博した万太郎が喉頭がんを患い、声が出なくなってしまった。
もはや舞台に立てないほどに衰えている万太郎だったが、最後に一回、舞台に立つことに。永遠のライバルである千之助(星田英利)と共演を果たす。

「須賀廼家兄弟、復活や」(熊田)

人前では泰然としている万太郎も、稽古場を一歩出ると、息も絶え絶え、ふらふらと足元がおぼつかない。やせ我慢の美学がそこにある。

千之助はそんな万太郎のことを「死んだほうがマシじゃ」と言う。これはこれでプロの矜持。最高のパフォーマンスを見せられなくなったら潔く辞めるという気持ちも大事である。万太郎は役者の武器のひとつ・声を失っても舞台に立とうとする。

「これこそ喜劇役者・須賀廼家万太郎の執念や」となぜか唐突にドアップで漆原(大川良太郎)が決め顔する。漆原ファンへのサービスであろうか。

どんなに名優でも舞台はひとりではできない(一人芝居は別)。共演者との関係性で成り立っていくものだから、声の出ない万太郎をうまくフォローできる俳優さえいれば……。
ところが、戦争でいい俳優たちが少なくなってしまっている。そこで千之助の登場となる。

一時は名コンビだった万太郎と千之助。喧嘩別れをしてから40年ぶりの共演。死んだ男が万太郎、彼が地獄行きか極楽行きか判断する閻魔を千之助が演じる。稽古中からふたりの息はぴったり。本番でも観客を爆笑させる。

芝居の内容は、演劇人・万太郎を送るもの。生前たくさんの人を笑わせた善行によって、極楽の扉が開く。

「まあこれからもきっと皆ものう、万太郎兄さんを思い出して笑いよるわい。兄さんそうやってず〜っと生きて行くんじゃ」と千太郎。たとえ、肉体は滅んでも、誰かが覚えていたならば、その人は死んだことにはならない。
「兄さんそうやってず〜っと生きて行くんじゃ」というセリフで千之助は万太郎を永遠にした。

退場していくとき、振り返って、歌舞伎のように舌を出す(歌舞伎みたいに赤くはなかったけれど)。片足で立ったとき少しよろけたのは万太郎の身体が弱っているからか、板尾創路が普通によろけたのか。

そのまま、舞台裏で椅子に座ったまま、微笑んだ顔で亡くなってしまう。「さあ一名様、地獄へご案内!」と千之助が言うと、万太郎一座の人たちはみんな笑う。まさに泣き笑い。

板尾創路はこの回、一回もしゃべることはなかったが、さすがの存在感だった。

いい話なんだけど……

「兄さんそうやってず〜っと生きて行くんじゃ」
死に近い者への餞。よくできた話である。短距離走だったら一等であろう。だが、なんだか「人生が変わる1分間の深イイ話」的な気配がする。さながら「15分の深イイ話」である。もちろん、千之助と万太郎の確執はこれまで何度も何度も出て来て、急にはじまったわけではないのだが、志半ばで病にかかった人物、それを助ける人物、死を哀しいだけに終わらせないシチュエーション、決めゼリフ……を過不足なくまとめて、いい雰囲気を作りあげているだけのように見えるのだ。


朝ドラ『おちょやん』巨星墜つ――最期の舞台に立つ役者・万太郎を永遠にした千之助の言葉
写真提供/NHK


朝ドラ『おちょやん』巨星墜つ――最期の舞台に立つ役者・万太郎を永遠にした千之助の言葉
写真提供/NHK

俳優もスタッフも懸命に取り組んでいるとは思うけれど、これをいい話でしょうと堂々と提示してくる感覚にいささか不安を覚える。これに意義を見出すとすれば、「スピンオフ」と本編と切り分けて提示するやり方や、ベタなメタ展開にするやり方がいくらか誠実に見えてくることである。

万太郎と千之助の話を朝ドラというマラソンのなかで生かすには、主人公・千代(杉咲花)と相手役・一平(成田凌)が一観客として泣き笑い、拍手しているだけに終わらせず、この劇中劇になんらかの関わりをもたせる作家としての一手を加えることしかないのである。

死者の話が重なるわけは

劇中、死んだ男がなかなか成仏しないのは、一平の父・天海(茂山宗彦)の芝居にもあった。子供が心配で幽霊になって出てきて、なかなか成仏しない話である。死んだ者が現世に未練を残す話は物語のテッパンである。朝ドラには幽霊が出てくることは多いし、それは、たとえ死んでも生きているという概念であることも多い。

『おちょやん』の場合、コロナ禍や10年経った東日本大震災のことを思い浮かべることは可能ではある。『深イイ話』の構成要素化して見えてしまうものとそうではないものの差とは何だろうか。それはどれだけ自作に疑いを持ち、もっと面白くできないか、誰も見たことのないものを作れないかと最後まであがく欲望の大きさの違いであろう。働き方改革やコロナ禍が欲望を淡くさせる一端であることは否めない。

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■杉咲花(天海千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■板尾創路(須賀廼家万太郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■西川忠志(熊田役)プロフィール・出演作品・ニュース
■渋谷天笑(須賀廼家天晴役)プロフィール・出演作品・ニュース
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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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