『おかえりモネ』第1週「天気予報って未来がわかる?」

第3回〈5月19日(水)放送 作:安達奈緒子、演出:一木正恵〉

『おかえりモネ』西城秀樹、井上陽水、山下達郎、BUMP OF CHICKEN 続・朝ドラ主題歌問題
イラスト/AYAMI
※本文にネタバレを含みます

役に立たなくてもいい

登米に気象予報士・朝岡覚(西島秀俊)がやって来た。第1話モネ(清原果耶)が観たテレビの天気予報で雨が降ると言っていた人物で、有名人が来たと町の人々は大騒ぎ。

【前話レビュー】『おかえりモネ』BUMP OF CHICKENはなぜ主題歌「なないろ」で「僕」と歌っているのか

石ノ森章太郎が好きで展示会を見に来た朝岡。
知り合いのサヤカ(夏木マリ)が彼を登米に招いたのだ。サヤカは彼女が作った複合施設「登米夢想」を朝岡に案内する。森林組合に併設された診療所やカフェはサヤカが誘致&作ったものだった。

サヤカはかなりの財力の持ち主である。山も持っているし、以前は金山も持っていたと語り、モネは驚く(さすが伊達家家臣の子孫と言われているだけある)。

町の人たちは、モネはお金持ちのサヤカの孫で、いずれ後を継ぐと思い込んでいた。
サヤカの家で行われた朝岡の歓迎会で、モネがサヤカの孫ではないことを皆に説明したものの、後を継ぐわけではないことでがっかりされたかなとモネは気に病む。

目下、モネは自分が何をすべきか道に迷っているところ。モネはサヤカに連れられた山で見たアスナロの木(第2話)に憧れた。300年かけてゆっくり育ち、伐採された後も役に立つ。そんなものになれたら……。

若者が将来に悩むのはよくあることである。
そしてそれはいつも物語になる。でも「誰かの役に立ちたい」と思うモネにサヤカが語ったセリフ「別にモネが死ぬまで、いや死んだあともなんの役に立たなくたっていいのよ」は新鮮だった。「なんの役に立たなくたっていい」。ああ、なんて心が楽になる言葉であろうか。役になろうと思っても役に立てない無力感でしんどくなってしまうものだから。

でも、ここでサヤカは「ただね。
これから頑張らなきゃいけない18歳のあなたにそれを言っちゃあおしまいよ」とつけ加えた。つまり、最初から何もしないのではなく、まずは頑張ってみること。一所懸命やってみた結果、たとえなにも成さずともなんの役にも立たなくても生きてさえいればいいと考える域に達するものなのであろう。そこは道徳的である。

夏木マリは、朝ドラ名作『カーネーション』(2011年度後期)ではヒロイン糸子の晩年を演じた。懸命に生きて年老いたとき、それで終わりと思わず、年輪の多さを謳歌する人物の説得力は圧倒的だった。


夏木マリが演じるとどんな役でも役に立ち過ぎるくらい有能な人物になる。今回演じるサヤカは資産を他者のために使う。組合に診療所やカフェを作って町の人たち誰もが快適に生活できるようにしている。お金のある人がお金を出す。できる人ができることをすればいい。当たり前だけれどなかなか自然に循環していかないことを、当たり前にやっているサヤカは輝いている。


『おかえりモネ』西城秀樹、井上陽水、山下達郎、BUMP OF CHICKEN 続・朝ドラ主題歌問題
写真提供/NHK

「3年前は大変だったでしょう」

前作『おちょやん』は貧困や毒親、夫の不倫など、題材が夜に観るドラマのようなところがあった。それに比べたら『モネ』は朝、モネがトーストをかじる顔など、パンのCMのようで、爽やか。とにかく、海や山、空、と自然の風景が心地よくて、これぞ朝ドラだなあと感じる。……そのはずなのだが、1話からずっとどこか、モネに憂いが見える。

第3話では、モネの実家が気仙沼で養殖業と聞いた朝岡が「それじゃあ3年前は大変だったでしょう」と訊ねる。

モネ「まあ」
朝岡「あ、すみません」
モネ「いえ。うちも家族も無事だったので」
朝岡「それはよかった」
モネ「それに、私はいませんでしたから」

このときのモネの焦点の合わない遠い瞳。
ちょうど人が話しかけてきたこともあって会話は中断するが、朝岡のグイグイ聞かない思慮深さと、時代設定が2014年で、その「3年前」というセリフに否が応でも意味が出る。2011年の出来事――でもそれを誰ひとりはっきり口にしない。

気遣いする朝岡、何か言えないものを抱えたモネの微妙な感情表現。モネの「ただ誰かの役に立ちたい」の言い方は静かで控えめで、でも誠実さと秘めた芯の強さが感じられる。夜にじっくり観るドラマのようである。最近の朝ドラは、“朝ドラはこういうもの”という固定概念から解き放たれようとしているように感じる。

朝ドラ主題歌史上初だった「なないろ」

朝ドラの伝統を守りつつ新しいものをーーという意欲は主題歌にも感じる。第2話のレビューでBUMP OF CHICKENによる主題歌「なないろ」で使用される人称代名詞が「僕」のみであることが朝ドラ主題歌には珍しいと書いた(フルバージョンには「君」もある)。

「僕ら」はあっても「僕」は2013年度以降なかった。朝ドラに初めて歌詞のある主題歌がついた作品は1984年度『ロマンス』。以後、インストものと歌ありのものが混ざっていき、近年はポップソングが主題歌になることが増えた。『ロマンス』以降の主題歌の歌詞をすべて確認してみると「僕」もあった。でも細かく見ると、ますます「なないろ」の「僕」の特殊性が浮かび上がったのである。

初めて「僕」が出てきたのは、1986年『都の風』。西城秀樹による「約束の旅 -帰港-」に「ぼく」が2回出てくる。ただし「君」が5回と「ぼく」の数を上回る。次に「僕」が出てくるのが1993年『かりん』。井上陽水の「カナディアン アコーディオン」には「君」と「僕」が対になって出てくる。1996年『ひまわり』の山下達郎による「ドリーミング・ガール」にも「ぼく」が1回だけ出てくるがメインは「君」。2007年『どんど晴れ』の小田和正「ダイジョウブ」は冒頭に「僕」が出てきて、ついに「僕」メインの曲か……と思ったら、それ1回のみで「君」が5回。

『おかえりモネ』西城秀樹、井上陽水、山下達郎、BUMP OF CHICKEN 続・朝ドラ主題歌問題
写真提供/NHK

こうして見ると、男性が歌っている曲は「僕」視点ながら、「君」「あなた」と女性に向かって歌ったものであり、「君」「あなた」の呼びかけが耳に残る。つまり、呼びかけられることの喜びや、語りかけられることで励みに聞こえるのである。一方、女性の書いた女性視点の歌詞の場合は「私」は〜〜する、という強い意思表明。あるいは、「あなた」と一緒に〜〜するという“ふたり”を強調した歌。

まとめると、男性から「君」と呼びかけられることで見つめてもらっている安心、「私」が〜〜するという明快な意思、「私たち」「僕ら」というふたりの関係の確認。この3つの要素がこれまでの朝ドラ主題歌では主となってきた。女性の人生を描いた女性が主な視聴者として設定されたドラマならではの楽曲になっているのである。

その意味では「僕」「僕」「僕」と3回「僕」が出てきて、ドラマのオープニングバージョン上では一度も「君」が出てこない「なないろ」は朝ドラ主題歌史上初となる。フルバージョンでは「君」も出てきて、この「僕」も「君」のことを考えてはいるのだけれど(フルバージョンでも「君」は1回のみで「僕」は9回)、それでもこれは「僕の旅」と歌い、あくまで「僕」が主体なのだ。聞いていても「僕」が耳に残る。

女性が「僕」を自分と感じてもいいだろう。また逆に「僕」「僕」繰り返す「僕」を見ている「私」のまなざしも感じるのである。この主題歌は、新たな可能性を模索しながら60年間もの長い道のりを歩み続ける朝ドラの新しい一歩と言っていいのではないだろうか。



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※『おかえりモネ』第4回のレビューを更新しましたら、Twitterでお知らせします

番組情報

連続テレビ小説『おかえりモネ

2021年5月17日(月)~

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

出演:清原果耶
内野聖陽 鈴木京香 蒔田彩珠 藤 竜也 竹下景子 永瀬 廉 恒松祐里 前田航基 高田彪我 浅野忠信 夏木マリ 浜野謙太 でんでん 坂口健太郎 平山祐介 塚本晋也 西島秀俊 今田美桜 清水尋也 森田望智 井上 順 高岡早紀 玉置玲央 阿部純子 マイコ 菅原小春
※登場人物のプロフィールやあらすじなど、詳細はこちら

:安達奈緒子
演出:一木正恵 梶原登城 桑野智宏
音楽:高木正勝
主演:清原果耶
語り:竹下景子
主題歌:BUMP OF CHICKEN「なないろ」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami