朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第10週「1962」
第44回〈1月4日(火)放送 作:藤本有紀、演出:松岡一史〉

※本文にネタバレを含みます
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るい版「聖女のパン」
るい(深津絵里)が愛読していたオー・ヘンリーの『聖女のパン』は主人公でパン屋を営むミス・マーサが客の買うパンのランクから勝手に相手を貧しいと思い込み、よかれと思ってした行いによって彼に対する密かな恋心が無残に破れてしまう皮肉なお話だった。【レビュー一覧】朝ドラ『カムカムエヴリバディ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜44回掲載中)
るいはミス・マーサのようにクリーニング店に来訪する客のことを洗濯物の状態から想像していた。客のひとり・片桐(風間俊介)は弁護士の卵で、るいは彼に恋心を抱くが、彼女の額の傷を見て言葉を失った彼を見て、浮かれていた自分を戒める。
とはいえ、片桐はあくまで紳士的で、『聖女のパン』の客のような傍若無人な雰囲気はなかった。
もうひとりの客で仮に宇宙人としていた人物(オダギリジョー)は謎の存在だったが、偶然、入ったジャズ喫茶で、トランペッターで、名前はジョーであることがわかる。
ジョーの洗濯物に常に付いているケチャップの染みの謎や、とんとんと指でカウンターやテーブルを叩く仕草の意味を徐々に知るるい。指で叩くのは苛立ちの表現ではなく、トランペッター特有の癖だった。最初は彼に対していささか反感を覚えていたるいだったが、彼女の『聖女のパン』は、ミス・マーサのようながっかりパターンではなく、ジョーの真実がわかるほどに好感度が上がっていく良いパターンであった。
運命的なジョー
ジャズ喫茶「Night and Day」の洗濯物を請け負ったるいは、出来上がったものを届けに来店。店の上階に住んでいるジョーの部屋を訊ねる。部屋の壁には「サッチモ」ことルイ・アームストロングのポスターが貼ってあった。はじめて自分の名前の元になった人物の顔を見るるい。そのときはまだ、自分の名がこの人物から来ていることに自覚がなさそうだ。なにしろ、ジョーが日だまりの中で「オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」を吹いても、うすぼんやりとした記憶しか沸いてきていない。ただわけもなく涙が出るだけ。
たしかに、『カムカム英語』の歌は一緒に歌っていたが、「サニーサイド〜」はたまに定一(世良公則)の店で聞いただけだったのだろう。
ジョーのこの部屋には天窓があって、外光をたっぷり取り入れられる日当たりのいい部屋なのである。単に倉庫のようなところに住んでいるだけなのだが、お湯も沸かせるようになっていて、るいはジョーに代わってインスタントコーヒーを入れる。丁寧にくるくるとかきまわしていれたそれをジョーはいつも自分が雑に入れたものとは味が違うと喜ぶ。
「何か入れた?」とジョーに訊かれ、「入れてません!」とムキになるるいだったが、きっと無意識に「おいしゅうなれ、おいしゅうなれ」と心を込めていたのだろう。「ええ加減に入れてまじいまじいと言いながら飲むじゃなんて」というセリフがあった。
と、ここで注目したいことがひとつある。
おじいちゃんの話
るいはジョーのカップを「おじいちゃんのカップ」と同じくらいの大きさと認識し、コーヒーを入れる。「おじいちゃんは新しいもの好きじゃったからなあ」と彼女が思い出しているとき、我々視聴者は自然と、千吉(段田安則)のことを思い出す。安子編から見続けている視聴者だったらそうであろう。千吉の顔のカットが挿入されずとも、難なく彼を想像する。ここが、『カムカム』の良い点である。おじいちゃんが死んですぐに実家を出たるいの物語としてはじまった場合、おじいちゃん・千吉のことが描かれないため、おじいちゃんの話を出しても視聴者にはピンと来ない。でも『カムカム』は2カ月間、安子編で千吉の物語が描かれてきたため、非常に親しみがある。たった一言「おじいちゃん」と言っただけで、ものすごい情報量が我々の中で思い返されるのである。
終わった話が終わっていない、何かの拍子に関連づけられる。これは人生そのものである。過去の話が何かの折に思い出され、それがとても重要だったりすることは往々にしてあるものだ。それだけ切り取って独立したものなんてなくて。すべてが過去と繋がっている。

一言もしゃべらなかった片桐
片桐とのデートが中途半端に終わった後、るいはジャズ喫茶に立ち寄って、すっかり片桐とのことを忘れてしまっていたが、ある日、片桐が洗濯物を取りに来る。お互い気まずい気分。片桐は最後までしゃべらず、頭を深く下げて帰っていく。一言もしゃべらない演技でも保たせる風間俊介が素晴らしい。ところで、片桐はいったいどういう人物だったのだろう。
るいに対するリカバリーができないという点において。あのままうまくいって、付き合いはじめたり結婚したりしたら、意外といやなところが見えてくるタイプかもしれない。例えば、ものすごく神経質だったり束縛が激しかったりするとか。片桐を選んだ場合、るいの『聖女のパン』はミス・マーサのようになった可能性が否めない。
片桐が去っていって、くるりと振り返ったるいの笑顔。これは無理して明るく笑っているようにも感じるが、その後、ジョーの洗濯物を処理しているときの微笑みは自然。ジョーといるとるいは自然にいやなことを忘れて笑顔になっている。彼が彼女の暗闇にすこしずつ陽光を当ててくれているようだ。
(木俣冬)
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番組情報
連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
2021年11月1日(月)~<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
作:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami