アイドルから女子プロレスラーへと転身し、今ではプロレス団体スターダムの人気を牽引する中野たむ。1月には、初の自伝となる『白の聖典』(彩図社・刊)も上梓した。
そんな彼女の前にはばかる「踏んだり蹴ったり」な“不運の連鎖”とは…!? 

【写真】自伝には異例の袋とじも付録、温泉で撮り下ろした中野たむの湯けむりカット【9点】

自他ともに「今、世界でいちばん運の悪い女子プロレスラー」と認めている存在、それはスターダムの中野たむである。

2021年は堅調だった。3月に日本武道館でジュリアとの髪切りデスマッチを制し、ワンダー・オブ・スターダムの白いベルトを獲得すると、年末まで防衛に成功。また、彼女が率いるユニット『コズミック・エンジェルズ』はその快進撃が認められてベストユニット賞を獲得。ついには初の自伝となる『白の聖典』(彩図社・刊)の出版まで決まった。

だが、不運の連鎖はここからはじまった。


自伝の先行発売が開始された12月29日の両国国技館大会で、まさかの王座転落。関係者席では出版関係者が揃って頭を抱えていた。タイトルに『白』の文字が入り、白いベルトを腰に巻いた写真が表紙を飾っているのに、正式な発売日を前にそのベルトを失ってしまったのだからプロモーションがやりにくくなること必至である。

「いや、本当に出版社の方には申し訳ない気持ちでいっぱいです(汗)。ただ、あの本を書いたことも王座転落に影響しているんじゃないかなって思うんですよ。私は白いベルトを、自分や挑戦者の情念がこもった“呪いのベルト”と呼んでいたんですけど、自伝に私の想いをすべて書いたことで呪いが浄化されて、私の腰から離れていっちゃったんじゃないかなって。
まぁ、それは冗談として、ショックでしたね。あの日ばかりはすべてが夢であってほしい、と。次の日、目が覚めたら、やっぱり夢でしたってなっていることを祈っていたんですけど、現実ばかりは変えられなかったです。

正直、白いベルトを落としたら、プロレスラー・中野たむは死ぬんじゃないかなって思っていたんですよ。だから引退もうっすら考えたんですけど、よくよく考えたら、あの血が沸騰しそうなリング上での感情を味わえなくなったら、プロレスラー・中野たむどころか、ひとりの人間としてもなんにもなくなってしまうってことに気づいたんですよ。よしっ、こうなったら、この身が朽ち果てるまでリングで闘ってやろう、と気持ちを切り替えて、2022年を迎えたんです」

チャンスも早々に巡ってきた。
1月29日、名古屋・ドルフィンズアリーナで開催されたビッグマッチは愛知県出身の中野たむにとっての凱旋興行。ポスターにもデカデカとその姿が印刷され、ライバルである岩谷麻優、ジュリアとの3WAYマッチも組まれた。

3人が同時に闘うこの試合に勝ち残れば、3月26日、27日の両日、両国国技館で開催されるビッグマッチでワールド・オブ・スターダムの赤いベルトへの挑戦権が与えられる。この上ないチャンスに中野たむは「プロレスの神様は私のことを離してくれない」とまで思ったそうだが、体調不良により、泣く泣くその大会を欠場せざるを得なくなってしまった。

「すごく落ちこみました。急に欠場して、ファンのみなさんにも申し訳なかったですし、プロレスの神様から『もう、辞めろ』って言われているのかなって。
たしかに『お前、もうリングで好き放題やって、やりたいことはすべてやっただろ?』と言われたら、そうなのかもしれないなって。

それでも前向きに気持ちを切り替えたばっかりだったので、次のことを必死で考えたんですけど、もうね、焦りしかないんですよ。私がいなくても大会が成立して、もう岩谷とジュリアのあいだで両国国技館への物語が勝手にはじまっちゃっている。もう試合結果とか、どんな内容だったのかも確認できなかったですよ。こうやって急に欠場する選手が出ても大会が成立してしまうのは団体として強い、と言う方もいますけど、選手としては怖いですよ。ひとりだけ取り残されてしまうような感覚で……」

そして、不幸の連鎖はまだまだ続く。
2月中旬にやっと復帰を果たすが、その矢先にコズミック・エンジェルズのメンバーである桜井まい(ミスFLASH2022ファイナリスト)が、ジュリア率いるドンナ・デル・モンドへ寝返ったことが判明。ベルトだけでなく、大事な仲間までを失ってしまうことに……。

「もうね、踏んだり蹴ったりですよ(苦笑)。ただ、ここまでくると開き直れますよね。逆境だからこそ輝けるのが中野たむじゃないか、と。そう思えたのはやっぱり仲間がいてくれたから。
リング上で取り乱してしまった私の代わりに、白川美奈がマイクで私の気持ちを代弁してくれたし、いつもはとんでもないことをやらかすウナギ・サヤカも、すごく冷静に大人の対応をとってくれて。あぁ、コズミック・エンジェルズっていいユニットだなって。桜井に裏切られたことで、(同期の)月山和香も含めて、みんなの情念が沸々と湧きあがってきている。そうだ、逆境だからこそ輝くのは私だけじゃない、コズミック・エンジェルズもそうなんだ、と実感しました」

おもわず「踏んだり蹴ったり」という昭和チックなワードが飛び出すほど、たった2か月のあいだに度重なる不幸に見舞われた中野たむが、それでもしっかりと前を向けるほど強いのにはわけがあった。自伝『白の聖典』を読めば一目瞭然なのだが、これまでの中野たむの人生の波瀾万丈ぶりを思えば、まだまだ、これぐらいでは不運とはいえないのだ……。

幼少期にタレント養成所に入って以降、バレリーナ、ダンサー、アイドル、プロレスラーとさまざまなキャリアを積んできた中野たむ。どのジャンルでも箸にも棒にもかからない、ということはなく、一度はチャンスを手にするものの、本人いわく「チャンスをつかみかけると、スルスルと手元から逃げていく人生」だった。いま、プロレスラーとして大成したが、じつはプロレス入りした直後に大けがも経験しており、ここにたどりつくまでは苦難の連続だった。

「そんな人生だったから、どこかで『あきらめる、ということをあきらめた』んでしょうね。それは今回、本を書いたことで私も気づきました。どの世界でも成功者になれるのって、ほんのひと握りじゃないですか? 私はそのひと握り側の人間じゃない、とずっと思っていたんですけど、そうやって自分で自分の限界を決めちゃダメだよな、と考えるようになってから、すべてが変わった気がします。まぁ、私がドMだから、そんな人生に耐えられただけかもしれないですけどね(笑)。

アイドルもプロレスも一緒で、ファンのみなさんとは運命共同体だと思っています。ファンの方たちと一緒に夢を追いかける。ひとりじゃできないことでも、みんなとだったらできるかもしれないし、そんな私の姿を見せることで楽しんでもらうだけじゃなくて、少しでも生きる力をあげられたらなぁ~って」

「だから、もっと高みを目指したいし、私の最終目標って、たくさんの人が学校帰りや仕事終わりに『ねぇ、ちょっと女子プロレスを観にいかない?』って気軽に足を運んでいただけるような世界を作ること。まだまだ時間はかかりそうなので、いまからでも中野たむの応援をはじめても間に合います(笑)。このところ、踏んだり蹴ったりが続きましたけど、ここからもう一冊、本を書けるぐらいがんばります。だって、ここ数カ月間の悲劇だけで、もう一章分ぐらい書けちゃいますよ、アハハハ!」

ちなみに彼女の自伝『白の聖典』には書籍としては異例の「袋とじグラビア」が付録としてついている。とはいえ、いわゆるネタなんだろう、と思っていたら、温泉で撮影されたそのグラビアは、結構な露出度だった。「いろんな人に止められましたけど、自伝を出すなんて一生に一度のことなんだから! と私が押し切りました」と中野たむ。本当にもう一冊、本を出せる日が来たら、今度はどんな企画で度肝を抜いてくれるのだろうか?

そんなことを話していたら、中野たむを巡る環境が劇的に変化しはじめた。元WWEのスーパースター・KAIRIと3・26両国で対戦することが決まったかと思えば、中野たむから白いベルトを奪った上谷沙弥が3・27両国での挑戦者として逆指名してきたのだ。

「自伝の中に闘いたい相手としてKAIRI選手の名前を挙げていたので、裏読みが好きな人は本を書いている時点で対戦が決まっていたのでは? とか思っているみたいですけど、本当になんにも知らなかったんですよ。偶然……とかいうとカッコ悪いな、そう、私の自伝は「予言の書」でもあるんです(笑)。昨年、ベルトを落とさなかったら、そして、今年、チャンスを逃すことがなかったら、私は別の試合を組まれていたわけで、そう考えたらただただ運が悪かったわけでもないんだな、と」

踏んだり蹴ったりを乗り越えた先に待っていた「願ったり叶ったり」。数奇な運命をたどってきた中野たむのプロレス人生は、ここからさらに面白くなりそうだ。

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