(3) 東南アジア市場では中国企業が積極展開中
日系メーカーが牙城を築いた東南アジア市場では、EVに関する現地政府の対応が欧米と異なる。タイ政府とインドネシア政府は、EVの販売・生産振興策を採っている。
2023年10~11月に、東京モーターショーから名称・コンセプトを変えて4年ぶりに開催された「ジャパンモビリティショー」は、来場者数が目標の100万人を超え111万人となった。モーターショーの時代は近未来のコンセプトカーの展示が中心であったが、新たに自動車産業の枠を超え多様なモビリティがつくり出す未来を表現する場となった。タイのバンコクで2023年3~4月に開催された第44回バンコク国際モーターショーには、ジャパンモビリティショーを上回る162万人が来場した。より商業的で、近隣諸国からも人が集まり、来場者はその場で自動車の購入予約ができる。
2023年1~11月までの11ヶ月間のタイの国内総販売台数における中国BYDのシェアは3.7%となった。中国系で上海汽車集団と長城汽車を抑えてトップに立ち、日系を入れても第5位となった。日系9社のシェア合計は、2022年通年の85.4%から2023年1~11月に77.9%へ縮小した。一方、中国系は企業数が2社から4社に増え、シェアも4.6%から10.6%へ急拡大した。
2024年の3月25日から4月7日に開催される第45回バンコク国際モーターショーでは、BYDの展示スペースがトヨタ自動車レクサス合同ブースと並ぶ大きさとなる。3番目にBMW・MINIが続く。展示スペースの規模は、日系メーカー7社と中国メーカー6社でほぼ同等となる。韓国2社のスペースが日系全体の3割程度で、欧州系9社は日系の9割弱となる。
タイ政府は、BEV時代にアジアのデトロイトとしての地位を強化するため、2030年までにタイの自動車総生産台数に占めるEV比率を30%に引き上げる国家戦略を採っている。EV需要を創出し、投資を促すため、販売奨励制度を導入した。
EV用バッテリーへの投資促進策として、2023年2月にEV用バッテリーに対する物品税を8%から1%へ引き下げ、バッテリーの国内生産に対する総額240億バーツ(約960億円)の補助金を支給することを決めた。補助金の給付は先着順となる。
タイではさらに2024年以降のEV普及策「EV3.5」が決定された。
先行する中国メーカーの長城汽車と上海汽車集団は、すでにタイ政府の補助制度を活用している。長城汽車は、2024年1月にEVの生産を開始した。米ゼネラル・モーターズのタイ工場を取得し、改修することでEVの生産ラインを整えた。設備投資額は約120億バーツ(約480億円)となる。先に生産を開始したPHEVと併せて年産能力は最大12万台とされる。3月から中核部品の電池の生産も開始する。
BYDは、タイで200億バーツ(約820億円)を投じてEVの組立工場を建設している。2024年6月に完工すると、年15万台の乗用車の生産能力を持つ見込みだ。タイをはじめ東南アジア諸国連合(ASEAN)地域にも供給する。経済特区に土地を取得しており、法人所得税などで優遇措置が受けられる。BYDは、2024年に現地生産を開始することから、輸送費のコストカットやリードタイムの短縮が見込め、販売攻勢を強めることになろう。すでに2月下旬にミドルサイズSUVの人気モデル「ATTO 3」の定価を、従来の約120万バーツから89万バーツへ一気に100万円以上の引き下げを行った。日本では定価450万円のBEVが、タイではトヨタカローラ(約100万バーツ)より安くヤリス並みの値付けとなる。
タイ高官は、2023年12月に日系4社、トヨタ自動車、本田技研工業、いすゞ自動車、三菱自動車<7211>が今後5年間でEVの現地生産のためそれぞれ200億~500億バーツ、合計1,500億バーツ(約6,200億円)を投資する計画であることを明らかにした。タイ政府は、EV購入者への補助金を縮小する一方、自動化とロボティクスに投資する自動車メーカーを対象とする3年間の優遇税制措置も打ち出した。
日本メーカーの強みは高品質だが、それが揺らぐ事態が起こっている。トヨタ自動車が認証申請手続き用に豊田自動織機に委託した自動車用ディーゼルエンジン3機種の出力試験において、違反行為があった。該当するエンジンが搭載された車両は、グローバルで10車種(うち日本6車種)となる。豊田自動織機は対象のエンジンを、トヨタ自動車は該当エンジンが搭載された車両の出荷を一旦停止した。タイでは、ハイラックスやフォーチュナーが不正行為対象エンジンの搭載車両となる。3月4日から生産が再開されたが、現地の消費者は、トヨタ車の入手が困難な場合、他の日系メーカーではなく価格競争力の強い中国メーカーに流れることになろう。
タイの一般家庭の電圧は220Vであり、日本の100Vに比べEVの充電に適している。EVの普及を背景に、ショッピングセンターでは高速充電器の整備が進んでいる。日本のベンチャー企業も、タイにおける充電インフラ事業に参入した。2024年夏ごろまでに、競合が比較的少ないコンドミニアムを中心に、ホテル、商業施設、ガソリンスタンドなど約1,000基の導入を目指すという。
(執筆:フィスコ客員アナリスト 瀬川 健)