第77回カンヌ国際映画祭で「ある視点部門グランプリ」と、優れた演技を見せた犬に与えられる「パルムドッグ賞」をダブル受賞した。中国の寂れゆく街を舞台に、青年や大人、無数の野犬たちの生きざまを描く群像劇。
2008年、北京オリンピック開催間近の中国。友人を誤って死なせた青年ラン(エディ・ポン)は刑期を終え、ゴビ砂漠の端にある故郷に戻って来る。実家はもぬけの殻で、酒に溺れた父はさびれた動物園に住み込みで働いている。そのランに被害者の親族は「絶対に許さない」と執拗に付きまとってくるのだ。
区画整理で人の流出が止まらず、廃墟が目立つ町では、捨てられた犬たちが野生化して群れをなしている。ランは自分を気にかけてくれる警官から捕獲隊に誘われ、ふとしたことから一匹で行動している黒い犬と出会う。決して捕まらず賞金を懸けられた黒い犬とランの間に、いつしか奇妙な友情が芽生える。だがその絆はランを窮地に追いやるのだった……。
罪を背負った男の贖罪と人生の再生を、黒い犬との絆を通して描く人間ドラマだ。主人公のランは友人を死なせて10年間服役したが、どのような経緯で悲劇が起きたのかは詳しく語られない。
いがくり頭の彼はおそろしく無口で、街で再会した人々と心を通わせようとしない。
主人公のランは私たちの周りにも生存している
舞台はゴビ砂漠にぽつんと広がる灰色の街。あちこちに古びた建物が建ち並ぶ光景はさながらゴーストタウンだ。そこに住む大人も若者もみな一様に明日への希望をなくし、精神的な虚無の中でその日暮らしを続けている。
2008年は中国が高度経済成長で沸き、日本人がライバル国として意識し始めた頃だったと記憶している。劇中の町での有線放送は、あと50日に迫った北京五輪を国威発揚として称賛し、人々に理解と協力をアピール。建物を取り壊す区画整理は明るい未来を築く事業として宣伝される。こうした前向きなアナウンスとは裏腹に人々の表情は沈んでいる。
街を走る貨物列車の物憂い汽笛が繰り返し流れ、繁栄に置き去りにされた人間の虚しさとして迫ってくる。うらぶれたサーカスの一団と今の暮らしに満足できない美しき踊り子、干からびた動物園でひもじそうに生きるトラ、寒風が吹き抜ける砂漠の憂鬱、ランを乗せて疾走するバイク、そして人々を取り囲むように無言で生息する野犬の群れ。どれもが一葉の絵画のようにスクリーンを覆いつくす。
メガホンを取ったグァン・フー監督はこう述べている。
「本作は多くの映画が見落とすようなものにレンズを向け、尊厳を取り戻そうとあがく青年と街を主人公に据えました。こうしたことは、都会と離れた辺境の地域の未来にとって重要だと確信しています。彼らは少数派かもしれませんが、私たちの仲間です。数年後この映画を振り返って価値を見いだせたとしたらそれこそが映画の真価と言えるでしょう」
古い町が人口流出を防ぎきれずに廃墟化し、そこに留まった人々の心を闇の無力化に塗りこめるのは我ら日本も同じ。主人公のランは私たちの周りにも生存している。この映画が描き出すニヒリズムは明日の日本なのである。(配給:クロックワークス)
(文=森田健司)