【あの頃、テレビドラマは熱かった】


 「電車男」
 (2005年/フジテレビ系)


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 2005年に入って世間をザワつかせた「ホリエモンVSフジテレビ」は春に決着。日枝フジはネット企業にのみ込まれるのを死守した。

“メディアの王者”のメンツを守ったかに見えたそのフジテレビが、夏クールに放送したのは「電車男」だった。


 ネット掲示板「2ちゃんねる」から生まれた物語。「毒男板」への投稿からまとめサイト、書籍化、映画化された“冴えない童貞が超絶美女のお嬢さまをゲットする”リアルファンタジー(そんな言葉ないけど)だ。


 それをいち早く連ドラ化するのはフジらしいんだけど、放送枠には驚いた。03年には「白い巨塔」、04年には「人間の証明」と、昭和原作の骨太ドラマを放送していた“木曜劇場”だったから。ホリエモン騒動の直後だけに、“名無しさん”からは「ネット企業を拒絶しておいて、ネタは堂々と使うのかよ」なんて言われたりもした。ついでに「牛丼まだかよ」なんてカキコも多数あった。


 320円の豚丼、ちょっと甘すぎなんだよね。あっ、ホリエモンとBSEは全然関係ないか。


 さて、チビノリダー伊藤淳史(当時21)が“電車男”の連ドラ版。“エルメス”は伊東美咲(当時28)だった。スレッドにいた“名無しさん”や、まとめサイトでこの話を知ったネット民それぞれが頭に浮かべた“エルメスたん”は、映画版の中谷美紀(当時29)よりも演技につたなさの残る伊東美咲のほうが断然評判が良かった。


 抜群のスタイルと美貌なのにちょいダサめで、平成のおたくがイメージする“清楚”を凝縮した感じ。女優然としていない演技も、絶対無理なんだけど誠意があれば0.1ミリくらいはなんとか……という思いをかき立てた。


 今は“陽キャ”の女の子が「私、〇〇おたくなんです」なんて口にする時代だけど、当時の“おたく”は、1980年代の宅八郎のキモさ、宮崎某のヤバい怖さの残像があった。そのネガティブさを一気に反転させたのが、「電車男」だったと思う。


 連ドラ版では小栗旬(当時22)もアスキーアートの達人で「毒男板」の管理人だったし。必死がかっこ悪いことじゃないこともサンボマスターが教えてくれたし。


 最終回には25.5%と盛り上がった「電車男」。情報番組で秋葉原を扱うときには、このドラマのオープニング曲だったELOの「トワイライト」が使われたものだ。


「ネットに侵食されることに怯えて力でねじ伏せた」なんて当時言われていたフジテレビが、ネットのネタで稼ぐ。“名無しさん”がつぶやいた。「ホリエモンとかひろゆきとかの意見聞いてたら、中居問題もなかったかも」。禿同w。

 


(テレビコラムニスト・亀井徳明)


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