【スージー鈴木のゼロからぜんぶ聴くビートルズ】#50


 特別編「5人目のビートルズ~ブライアン・エプスタイン」①


  ◇  ◇  ◇


 特別編「5人目のビートルズ」、ジョージ・マーティンに続くのは初期~中期ビートルズのマネジャーだったブライアン・エプスタイン。


 本棚の奥の奥にあったレイ・コールマン『ビートルズをつくった男──ブライアン・エプスタイン』(新潮文庫)の裏表紙にはこう書かれている。


──彼の名はブライアン・エプスタイン。その名が示す通りユダヤ人であり、元俳優志望であり、またホモセクシュアルでもあった。その彼がいかにしてビートルズを作り上げたのか。


 彼については、このような背景が、必要以上にスキャンダラスに描かれている気がする。そこで、ここはひとつ冷静にビートルズの成功に寄与した彼ならではの功績を整理してみたい。


 まず1つは、ビートルズのルックスのマネジメントだ。先の本には、初期ビートルズのトレードマークとなった襟なしジャケットを、ブライアン自身が考案するシーンがある。リバプールの悪ガキを、あれほどまでに可愛らしく仕立て上げたことが、のちの人気爆発にどれほど寄与したことだろうか。


 音楽面では、自らが見いだした4人を、ジョージ・マーティンに紹介したこと。このあたりは先の本だけでなく、昨年の映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』でも語られていた。


 そして、地味ながら大きいと思うのは、初期ビートルズのドラマーだったピート・ベストをクビにしたことだ(このシーンも映画の中にあった)。


 ジョージ・マーティンがピートのドラムスを嫌う。

だが、本人に最後通告をしたのはブライアンだった。結果、リンゴ・スターが加入。さまざまな意味でバランスの取れた4人組となり、世界へと向かっていく。


 でもまぁ、最大最良最強の功績は、何といってもビートルズを見つけたことだろう。


 1961年、ビル・ハリーという男がリバプールで「マージー・ビート」という新聞を発行。レコードなどを売る店舗を経営していたブライアンがそれを仕入れる。そして……先の本から引用。


──エプスタインは「マージー・ビート」の内容にも売れ行きにも強い興味をそそられ、その中で頻繁に取り上げられているビートルズという連中は、どこへ行けば見られるのかとたずねた。ハリーは、彼らがキャヴァーンという地元の地下クラブにレギュラー出演していることを教えた。


 すべてはここから始まったのだ。 (この項つづく)


▽スージー鈴木(音楽評論家) 1966年、大阪府東大阪市生まれ。昭和歌謡から最新ヒット曲まで幅広いジャンルの楽曲を、社会的な視点からも読み解く。

主な著者に「中森明菜の音楽1982-1991」「大人のブルーハーツ」「日本ポップス史 1966‐2023」など。半自伝的小説「弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる」も話題に。日刊ゲンダイの好評連載をまとめた「沢田研二の音楽を聴く1980-1985」、最新刊「日本の新しい音楽1975~」は大好評。ラジオDJとしても活躍。


編集部おすすめ