大阪・西成に本拠を構える老舗博徒組織・酒梅組が暴対法上の「指定暴力団」から外れることが明らかになり、業界から溜め息が出ている。


 酒梅組は明治時代末期から賭博をシノギとして約2000人を擁した老舗組織。

「暴対法」が施行されて以降も「常盆(常設の賭場)を維持する唯一の博徒組織」として、ヤクザ業界ではその名が伝えられてきた。


 暴対法では博徒、テキヤ、愚連隊のいわゆる反社会的勢力のうち、「代紋の威力を利用して資金獲得活動をする目的」で集まった組員の「前科者の割合が一定程度を超え」、「トップの下に階層をなして統制される組織」という要件を満たした団体を「指定暴力団」に認定。


 みかじめ料の要求や事務所使用の禁止、中止を公安委員会(実質は捜査当局)が命令できるが、「酒梅組の勢力が衰退し、活動の規模が極めて小さくなったため、暴対法上の規制を行う必要性が認められなくなった」(府警)として、再指定が見送られることになった。


 酒梅組には今後そうした活動の規制が及ばなくなる。


■構成員は450人から10人に減少


 伝統的博徒として著名な酒梅組は、93年の初指定時には2府4県に組員約450人を抱える大所帯を維持していたが、「取り締まり強化や組員の高齢化で、現在約10人まで減少」。指定見送りは、兵庫県内の暴力団・大日本平和会に初めて行われた97年以来、2度目のレアケースとなる。


 民間業者や一般市民がヤクザと交際しただけで公共事業の入札から排除され、金銭の授受など活動を助長したと見なされると業者も処罰の対象となる「暴排条例」が全国で施行されて15年余り。いまや「常盆」などVシネマでしかお目にかかれぬ隔世の世となり、名門博徒の金看板が廃れゆくことを惜しむ声もある。


 酒梅組の系譜をたどれば、中興の祖である松山庄次郎組長が“日本のドン”山口組の田岡一雄三代目と五分の兄弟分で、その没後も親戚団体として、山口組の後見を受けてきた栄光の歴史がある。


 六代目山口組の分裂後、一時的に神戸山口組側についた時期もあるが、分裂問題の大勢が決して以降ヨリを戻している。


 そこで、囁かれるのがこんな見方だ。捜査関係者が言う。


「京都の会津小鉄、東京の東声会と、近年山口組と長年懇意にしてきた老舗組織が軒並み組員の高齢化から活動維持が困難となり、山口組から『跡目養子』を迎えるなどして、組織の再興を図っている。酒梅組も伝統ある看板を下ろすか、山口組に助け舟を求めるか、重大な岐路に立たされているのではないか」


 当局の締め付け強化が結果的に〝寄らば大樹〟とばかりに、“山口組一強”の市場寡占をもたらしているとしたら皮肉な話だ。


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