5月31日に東京ドームで開催されたラストライブをもって、約26年半の活動に幕を下ろした人気アイドルグループ・

ラストライブの終盤でメンバー5人はそれぞれに万感の思いを語り、会場や生配信で見守っていた大勢のファンの間では感謝や労いの声が続々。

翌日には情報番組やワイドショーでも特集が組まれるなど、日本中が“嵐一色”に染まっていた。

嵐のデビューが発表されたのは’99年9月、ハワイのクルーズ船上でのことだった。同年11月にデビュー曲『A・RA・SHI』がリリースされ、瞬く間にスターダムを駆け上がることに。’20年末に活動休止に入ったものの、最後まで一度もメンバーが欠けることなく、平成から令和にかけて幅広い世代から愛されてきた。

そんな国民的アイドルとして象徴的な出来事といえば、’19年11月に皇居前広場で行われた「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」でパフォーマンスしたことが挙げられるだろう。

当時、メンバーの櫻井翔は主催者を通じて、「国民に寄り添い、想いを寄せておられる陛下に、日々の感謝の思いをお伝えし、お祝いの会に少しでも華を添えられますよう、心を込めて精一杯パフォーマンスをしたいと思います」とコメントしていた。

国民祭典では天皇陛下が長年研究されている「水」をテーマに、三部構成の奉祝曲『Ray of Water』が披露された。まず、第一楽章はオーケストラ演奏の『海神』、第二楽章は辻井伸行氏がピアノ演奏で加わった『虹の子ども』、第三楽章は嵐が歌唱した『Journey to Harmony』だった。

「奉祝曲『Ray of Water』は“豊かな水が世界の平和、繁栄、幸福をもたらす”ことを表現して制作され、英語のネイティブ発音で“レイワ”と聞こえる工夫も取り入れられているといいます。天皇皇后両陛下は奉祝曲の演奏を二重橋から鑑賞され、嵐の歌唱中には雅子さまが涙を浮かべられる場面もありました。演奏終了後には笑顔で拍手を送られ、とても感激されていたご様子でした」(皇室担当記者)

実は国民祭典には、長女・愛子さまもお忍びでいらっしゃっていたという。前出の皇室担当記者は言う。

「国民祭典に嵐の出演が決まったのは、“時代”を象徴している話題の人物であることのほか、活動休止を控えていたという希少性も起用の大きな要因になったと思われます。また、愛子さまが嵐ファンだったことも大きいのではないかと言われていました。

愛子さまは中学生の頃、ご学友との会話で相葉雅紀さんの名前をよく挙げられていたといいます。中学2年生のときに初等科OGとして参加された合同演奏会では、嵐の『サクラ咲ケ』をチェロで披露されたことも。このとき、雅子さまも客席から鑑賞され、にこやかに拍手を送られていました」

勉強の合間の気分転換として、嵐の曲を聞かれることもあったという愛子さま。’18年にはご学友たちと一緒に、都内でカラオケを楽しまれたこともあった。

「事前に護衛がカラオケ店の安全を確認した後、愛子さまはご学友たちと2時間ほど滞在されていました。歌唱された曲の中には、嵐の曲も含まれていたようです。愛子さまは中学・高校生活では、お好きなアイドルを通じてご学友との距離を縮められていたように拝察します。当時、愛子さまのご表情には笑顔が増えていましたから、陛下と雅子さまも喜ばしく見守られていたことでしょう」(前出・皇室担当記者)

一時代を駆け抜けた嵐の輝きは、天皇ご一家の思い出の一ページにしっかりと刻まれていることだろう。

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