2009年8月22日、大分県立竹田高校剣道部の主将だった工藤剣太さん(当時17歳)は、夏の合宿明けの稽古中に倒れ、その日のうちに亡くなった。死因は、重度の熱中症、いわゆる熱射病による多臓器不全。
搬送先で測った体温は、使用した体温計で測れる上限の42度を振り切っていた。

 だが、これは「暑さ」だけが奪った命ではない。倒れる寸前まで過酷な稽古が続けられる中、顧問による暴行もあった。体調に異変が表れた後も稽古が止まらなかったことは、部員の証言や後の裁判によって判明している。

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 私自身、20年以上剣道を続けてきた。暑さのなかで防具を身につけ、竹刀を振り続ける苦しさも、客観的に見て厳しい指導でも「武道はこういうものだ」と受け入れ、耐えてしまう独特の空気感も知っている。だからこそ、剣太さんの身に起きたことが、どうしても他人事とは思えなかった。稽古の場で、顧問や先輩がどれほど絶対的な存在になりうるか。その怖さを、経験として知っているからだ。

 部活動という場で生徒の異変に気づき、稽古を止める判断ができるのは、本来、顧問と、それを補佐する副顧問のはずだ。

 だが、暴行を加えていたのは顧問自身であり、副顧問もまた、それを止めることができなかった。遺族は一貫して、この二人の責任を問い続けてきた。
事件から17年がたったいま、剣太さんの母・奈美さん、父・英士さんに、あらためてその思いを聞いた。

「危険な指導者」はなぜ竹田高校へ。前任校でも起きていた深刻な問題

顧問に腹を蹴られ倒れると「演技するな」と平手打ち…大分・剣道部員の熱中症死から17年。誰が顧問の暴走を止めるのか?両親と考える
現在の大分県立竹田高校の正門
 剣太さんを指導していた顧問が竹田高校に着任したのは、事件の4か月前のことだ。

 実は前任校でも、この顧問をめぐる深刻な問題が起きていたという。当時、剣道部でキャプテンを務めていた生徒が、顧問から標的のように扱われていた。倒れた際には、手を強く踏みつけられたこともあったという。逃げ場のないまま、その生徒はやがて学校へ通えなくなり、卒業式にも出ることができなかった。

 事の深刻さが明らかになったのは、その生徒が卒業したあとだった。大学で剣道を続けようとしたところ、竹刀がうまく握れない。病院で診てもらうと、手の靭帯を損傷していた。母親は、在学中に顧問から手を踏みつけられたことが原因ではないかと考えた。

 事の深刻さを知った母親は、県の教育委員会に足を運んでこう訴えたという。


「この人はとても危険です。剣道の指導をさせないでください。もし遠征などに行かせるなら、この人を見張るための、別の先生をつけてください」

 母親は、繰り返し、その危険性を伝えた。だが、真剣に取り合ってはもらえず、まるでモンスターペアレントであるかのような対応をされたと感じたという。やがて告げられたのは、「あの先生は、よそへ異動させますから」という言葉だった。その異動先が、竹田高校だった。

 事件のあと、この母親は剣太さんの遺族に、こう詫びたという。

「私がもっともっと騒いでいたら、危険な人間だと言い続けていたら、剣太くんは死なずに済んだのに。ごめんなさい」

「聞いていない」顧問の危険性は引き継がれていなかった

 前任校で「危険だ」とまで訴えられていた人物が、なぜ何の対策も取られないまま異動し、赴任先でも再び剣道部の顧問を務めることになったのか。剣太さんの両親は、この点に強い疑問を抱いてきた。

 両親が竹田高校の当時の校長に確認したところ、返ってきたのは「(そんな申し送りは)聞いていない」という答えだった。前任校での問題は、異動先には伝わっていなかったのだ。

 公立学校の教員人事は、各学校が選ぶのではなく、県の教育委員会が決める。
受け入れる側の学校に、拒否する権限はない。つまり、危険性をもっともよく知る立場にあったのは、前任校や、異動を決めた教育委員会の側だった。

 前任校で問題になっていた指導者が、その事実を伏せられたまま別の学校へ移る。危険を知らせる情報が、前の学校から次の学校へ、きちんと引き継がれていなかった。学校や教育行政が向き合うべき課題は、決して小さくない。

明らかな異変を目にしても「演技するな」と腹を蹴り、平手打ち

 目の前で異変を起こしていた剣太さんに、顧問は何を思っていたのか。

 顧問はその日、剣太さんに集中的に厳しい稽古を課していた。

「もう無理です」めったに弱音を吐かない剣太さんが、はっきりとそう訴えた。限界は、とうに超えていたはずだ。それでも稽古は終わらず、竹刀を払い落とされても、剣太さんは落としたことにも気づかないまま構え続けた。

 だが顧問は、その様子を「怠けている」「演技をしている」と受け取った。「演技するな」そう言って腹を蹴り、倒れ込んだ剣太さんに、平手打ちを十数回繰り返したという。顧問はのちに、この稽古を「喝を入れるためだった」と説明している。


 剣太さんは、決してサボるような性格ではなかった。生真面目で、キャプテンとしての責任感が強く、弱音を吐かなかった。

 ある日、奈美さんは、剣太さんの両足の太ももに、15センチほどの赤いミミズ腫れが、斜めに何本も走っているのに気づいた。驚いて尋ねると、剣太さんは「俺はキャプテンやけん、しょうがないんよ」とだけ言った。

 防具で守られていない部分ばかりを、顧問が狙って打っていたようだ。そう分かったのは、後になって弟から聞いたときのことだった。

 その真面目な性格の剣太さんが「もう無理です」と訴えていたのに、稽古は止まらなかった。

連帯責任や同調圧力の中で、部員が声を上げる難しさ

 その場にいた部員たちが声を上げればよかったのでは。そう感じる人もいるかもしれない。だが、そんな単純なことではないと、私は思う。

 私自身、この事件を知るまでは、厳しい稽古こそ剣道に欠かせないものだと思っていた。武道とは、技だけでなく精神を鍛えるものだ。だから多少理不尽に思える稽古も、「厳しさには意味がある」「これも稽古のうちだ」と受け止めてきた。
そうした考えが、いつの間にか自分のなかに染みついている。

 武道の部活動には、独特の空気感がある。自分が手を抜けば、自分だけでなく、仲間にも迷惑がかかる。連帯責任や同調圧力のなかで、「弱音を吐いてはいけない」という空気が、少しずつ当たり前になっていく。

 私が中学生の頃、何日も続いた合宿でのことだ。顧問からは、「一日の稽古量を計算して体力を温存するな。今この瞬間にすべてを出し切れ」と言われたのが、印象に残っている。もちろん、実際には体力を残さなければ稽古は続かない。それでも、気持ちのうえでは常に全力でという教えだった。

 だからこそ、剣太さんが「もう無理です」とギリギリまで口にできなかったこと、そして口にしてもなお止めてもらえなかったことが、私には痛いほど分かる。

 こうした空気のなかで、生徒が自分から「おかしい」と声を上げるのは、限りなく難しい。それは、子どもたちの弱さではない。
閉じた世界のなかにいれば、麻痺してしまうものだからだ。だからこそ、その空気に飲まれず、一歩引いて「これは危ない」と判断できる立場が必要になる。剣太さんの稽古の場で、それができたはずの大人は、顧問と副顧問しかいなかった。

 しかし、その二人は限界に達している剣太さんの異変を見誤り、止めるどころか、さらに追い込む指導を続けた。子どもが声を上げられない空気があるのなら、なおさら大人こそが止めなければならない。その最後の歯止めが働かなかったことにこそ、この事件のいちばんの問題があったと私は思う。

「なぜ止めなかったか」通夜で副顧問に問い詰めると

顧問に腹を蹴られ倒れると「演技するな」と平手打ち…大分・剣道部員の熱中症死から17年。誰が顧問の暴走を止めるのか?両親と考える
お通夜に来た顧問と副顧問の発言を両親が記録したもの
 その場にいた副顧問が唯一、暴走を止められたかもしれない大人だ。

 剣太さんが顧問に平手打ちをされているとき、副顧問は、そばへ近づいていったという。だが顧問は、その副顧問に向かって言い放った。「先生、心配せんでいい。こいつ、演技やけん」。その一言で、副顧問は、それ以上、踏み込めなくなった。

 裁判で、副顧問はこう述べた。

「僕はあまり部活動に出られないので、こんなものかな、と思って見ていました」

 なぜ止められなかったのか。理由のひとつは、部員たちが声を上げられなかったのと同じ、恐怖だと私は思う。強い指導者に逆らえば、自分も標的になりかねない。

 もうひとつ、奈美さんはこう話す。

「あの副顧問は、生徒たちからするとすごく優しくて、いい先生っていうわけよ」

 生徒に慕われる優しい人。その人柄が、あの場では裏目に出たのかもしれない。だが理由が何であれ、結果として、一番助けられる立場の大人が、動かなかった。

 お通夜の席で、親族の一人が問い詰めた。

「あの場にいて、なぜ止めなかったのか?」

 副顧問は、仏壇の前で、三度同じ言葉を繰り返したという。

「止めきりませんでした」

「子どもを人質に取られているようなもの」親も声を上げられない現実

顧問に腹を蹴られ倒れると「演技するな」と平手打ち…大分・剣道部員の熱中症死から17年。誰が顧問の暴走を止めるのか?両親と考える
家族で「愛・地球博」に大分から名古屋まで夜行バスで移動している中学1年生(13歳)の剣太さん
 学校の中で起きていることは、親からはなかなか見えない。それなら、家庭で日ごろから子どもとよく話しておくことが、少しでも子どもを守ることにつながるのではないかと私は投げかけた。

 だが、奈美さんの答えは、はっきりしていた。

「家庭でそういう話を増やしても、無理と思うんよ」

 理由は、部活動という場そのものの構造にあるという。子どもは「強くなりたい」「うまくなりたい」と願う。親もまた、「レギュラーになってほしい」「試合に出てほしい」と願う。その願いがある限り、指導者に対して親は下手に出るしかなくなる。

「親が何か言ったら、レギュラーから外されるんやないか、と思うわけよ。だから親は下手に出るし、持ち上げるし」

 父・英士さんは、「子どもを人質に取られてるようものだ」と話す。声を上げれば、我が子が不利益を被るかもしれない。スポーツ推薦で入学していれば、なおさら何も言えなくなる。保護者同士の間にも「あそこの親はうるさい」という空気が生まれ、声を上げた家庭は邪魔者扱いされていく。

誰が子どもを守れるのか。「暴走を止める仕組み」が必要

顧問に腹を蹴られ倒れると「演技するな」と平手打ち…大分・剣道部員の熱中症死から17年。誰が顧問の暴走を止めるのか?両親と考える
2017年7月1日に日本体育大学で講演をする工藤家族
 では、親も、子ども自身も声を上げられないのだとしたら、いったい誰が子どもを守れるのか。

 取材のなかで、英士さんは、暴走する指導を止めるための仕組みが、海外の一部にはあると教えてくれた。監督やコーチよりも強い権限を持つ人が、「これは危ない」と判断すれば、その場でプレーを止めさせる。その人が止めれば、監督もコーチも従うしかないという仕組みだ。

 実際、アメリカの学校の部活動には、アスレティックトレーナーと呼ばれる専門職が置かれているところもあるという。選手のケガや熱中症などを判断し、危険と見れば選手をプレーから外す。しかもその判断は、監督やコーチの意向とは独立していて、覆せないものとされている。指導者とは別に、こうして「止める権限」を持つ大人が現場にいる意味は、大きいと感じる。

 近年は、指導者による暴力やハラスメントから子どもを守る「セーフガーディング」という考え方も、国際的なスポーツ界で広がっている。国際オリンピック委員会も、アスリートを守るための指針を定めている。勝利や指導方針よりも子どもの安全を優先する権限を、指導者の「外側」に置くのが、世界の流れになりつつある。

 日本にも、こうした専門職や相談の仕組みがまったくないわけではない。だが、数えきれないほどある学校の部活動の一つひとつにまで、指導者から独立して「止められる」存在が行き渡っているとは、まだ言いがたい。しかも部活動だけでなく、民間のスポーツクラブまで含めれば、目の届かない現場は無数にある。

 だからこそ、もっとも根本的で、もっとも難しいのは、指導者自身の意識を変えることだと英士さんは言う。

「よっぽど危機管理がないと、学校もそんなことはさせきらんわな。顧問の先生に任せてあるから。今の指導者を変えるのは、なかなか難しいんよ。昔の考えとか、受けてきた教育があるからな」

 だからこそ、両親がいま力を入れているのが、これから指導者になる若い世代や、教員を目指す大学生への講演だ。危険性を知る大人を、現場に一人でも増やしていく。これから現場に立つ人たちにこそ、剣太さんのことを知っておいてほしいという願いからだ。

<取材・文/菅原春二>
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