DNAをたった1か所を書き換えるだけで、本来メスになるはずのマウスがオスの体を持って生まれた。
イスラエルのバル=イラン大学の研究チームによるこの発見は、性別を決めるのが「遺伝子そのもの」だけではないことを示している。
変異が加えられたのは遺伝子の外側にある、遺伝子のオン・オフを操る「スイッチ」の部分だ。
この研究成果は『Nature Communications[https://www.nature.com/articles/s41467-026-71328-9]』誌(2026年4月9日付)に掲載された。
性別は染色体だけで決まるわけではない
学校の理科では「メスはXX、オスはXYの染色体を持つ」と習う。だが実際には、性別が決まる仕組みはそれだけではない。
染色体の情報をもとに、複数の遺伝子が順番に働くことで、はじめて体の性別が形作られる。
その連鎖のどこか1か所がうまく機能しなければ、染色体の組み合わせとは異なる体が作られることもある。
イスラエルのバル=イラン大学で胚の性決定を研究するニッツァン・ゴネン博士の研究チームは長年、この連鎖の仕組みを解明しようとしてきた。
性別が決まる過程では、まず「SRY」という遺伝子が働く。SRYはY染色体の上にある遺伝子で、オスの体を作るためのスイッチを入れる役割を持つタンパク質の設計図だ。
SRYが作ったタンパク質は、次に「SOX9」という別の遺伝子を呼び起こす。
このSOX9が活性化すると、精巣と精子を作る細胞の発達が始まり、体はオスの方向へ進んでいく。
メスの場合はSOX9が抑えられた状態を保つことで、卵巣が発達して体はメスになる。
性別を左右する遺伝子のスイッチとは
ゴネン博士のチームが2018年の研究[https://www.science.org/doi/abs/10.1126/science.aas9408]で注目したのが、「Enh13(エンハンサー13)」と呼ばれるDNAの断片だ。
エンハンサーとは、遺伝子そのものではなく、遺伝子の働きを強めたり弱めたりする調節役のDNA領域のことをいう。
Enh13はSOX9の活動量を調節するスイッチの役割を担っており、17番染色体の上に存在する。
オスの発生過程では、SRYが作ったタンパク質がEnh13に結合し、SOX9を強く活性化させる。
一方メスの発生過程では、別の因子がEnh13に結合してSOX9を抑え込む。つまりEnh13は、オスとメスの両方にとって重要な「分岐点」として機能している。
研究チームはこれまでの研究[https://www.nature.com/articles/s41598-018-35746-0]で、Enh13を丸ごと取り除くとSOX9の活性が約80%低下し、XY染色体を持つマウスでも精巣が発達せずメスになることを確認していた。
さらに2024年に発表した研究[https://academic.oup.com/nar/article/52/10/5514/7631399]では、Enh13のごく一部を変えるだけでXY染色体のマウスをメスにできることも示していた。
Enh13がオスとメスの両方の性発達に深く関わっていることが、少しずつ明らかになってきていた。
1か所の変異がメスの体をオスに変えた
今回の研究では、その逆の方向となる、XX染色体を持つメスのマウスをオスにすることができるかどうかを検証した。
研究チームはCRISPRと呼ばれる、DNAの狙った場所を正確に切り取ったり書き換えたりできるゲノム編集技術を使った。
ヒトのDNAには約28億の塩基が並んでいる。塩基とはDNAを構成する最小単位のことで、A・T・G・Cという4種類の物質が一列に並んだ配列がDNAの本体だ。
研究チームはCRISPRを用いて、Enh13のうちSRYタンパク質が結合する部分に、その塩基を1つ追加した。
たったそれだけで、XX染色体を持つメスのマウスに小さな精巣とオスの外性器が発達したのだ。
なお、塩基を3つ取り除く実験でも同じ結果が得られており、Enh13のこの部分が性別の決定にいかに重要かを裏付けている。
ただしいずれの場合も一部の卵巣組織が残っており、完全なオスというわけではなかった。
また、この変化が起きるためには、細胞が持つEnh13の2本のコピー両方に変化が入っている必要があった。
片方だけが変化していたマウスは、正常な卵巣を持つメスのまま育った。
未解明の性分化疾患の謎を解くカギになるか
この発見は、マウスの実験にとどまらない。
人間には「性分化疾患(DSD)」と呼ばれる疾患群がある。
染色体・性腺・内性器・外性器の発達が典型的なパターンと異なる状態として生まれてくる疾患の総称で、世界では約4000人に1人に影響するとされている。
性分化疾患の原因を調べる際、現在の医療では主に「タンパク質を作る遺伝子」の領域を調べる。
ところがDNA全体のうち、タンパク質を作る遺伝子の領域は全体のわずか2%にすぎない。
残りの98%は「非コードゲノム」と呼ばれ、かつては「意味のないDNA」とみなされてきた領域だ。
しかし実際には、Enh13のように遺伝子のオン・オフを操るスイッチが数多く潜んでいる。
性分化疾患の患者の半数以上は、遺伝子領域を調べても原因が見つからないままだ。
研究チームは、その原因が見落とされてきた非コードゲノムの中に隠れている可能性があると考えている。
「遺伝子だけを見ていれば十分というわけではありません。疾患の原因となる変異は、タンパク質を作る遺伝子ではなく、遺伝子の活動を制御するDNA領域にも潜んでいる可能性があります」と、研究を主導したバル=イラン大学の博士課程学生エリシェバ・アベルボック氏は述べている。
研究チームは今後、Enh13以外にも性決定に関わるスイッチ領域を系統的に探し出し、その機能を検証する研究を続けていく予定だ。
References: One DNA letter can trigger complete sex reversal, Bar-Ilan University study finds[https://www.eurekalert.org/news-releases/1122852] / A single-nucleotide enhancer mutation overrides chromosomal sex to drive XX male development[https://www.nature.com/articles/s41467-026-71328-9]











