老後資金への不安、家族の事情、そして年齢の壁――。仕事を増やしたくても、新しい挑戦には二の足を踏んでしまう。
そんな現実を前にしながら、65歳で生成AIを学び、在宅で稼ぐ力を身につけた女性がいる。ChatGPTやGemini、Adobe Fireflyなど複数のAIを使い分け、画像制作から提案文作成、企業向けの導入支援までこなす彼女の月収は、いまや会社員並み。時給数十円の仕事から抜け出し、人生を大きく変えた「60の手習い」には、シニア世代の働き方の未来が詰まっていた。
時給数十円の電話番から「会社員並みの月収」へ。65歳女性がA...の画像はこちら >>
「今日のクライアントは40代女性向けのナチュラルブランド。どんなトーンで撮影イメージを組むべき?」

 ChatGPTにそう問いかけると、色調や光の雰囲気、背景の候補が次々と返ってくる。方向性が固まったら、Geminiで構成を整理し、Adobe Fireflyにテキストを打ち込む。

「20代後半、日本人、ベージュの上質なロングコート、窓辺の柔らかい自然光、高解像度フォトリアル」

 最後にClaudeで提案文を仕上げてクライアントに送れば、この日の作業は終わりだ。この日にかかった作業は2時間、副業としての対価は1万円。複数のAIをリレーのように使い分け、しっかりと稼ぐ岡山県在住のさゆっちさん(65歳)の仕事術である。

スタートは時給数十円の電話受付から

 建築事務所や小学校でフルタイムで働いていた経験を持つさゆっちさんだが、在宅の副業を始めたのは数年前のこと。孫との同居がきっかけだった。

「孫が病気がちで病院通いもあり、家でできる仕事を探さざるを得なくなってしまって。年金だけで生活できるほどの余裕もなく、必死でした。
しばらくは不安で夜も眠れない日々が続きました」

 まず取り組んだのはWebデザインの勉強だった。ところが、学び終えてもすぐに仕事につながるわけではない。収入が途切れた空白期間を埋めようと飛びついたのが、オンライン秘書のサロンだった。

「電話対応がメインのお仕事で、待機時間もきちんと時給に含まれるのですが、それでも実質的な時給は数十円程度。1日5時間働いても、これでは生活は変えられないとひどく落ち込みました」

 それでも現状への不安から、さゆっちさんは「腹をくくって学び直すしかない」と再び動き出す。

「さまざまなオンラインサロンに入って、デザインや動画編集を学び直しました。経験も実績もない私がすぐに稼げるはずもないのだけれど、『スキルが身につくだけ、電話番よりはるかにマシだ』と自分に言い聞かせ、アドビのソフトも習得しました。そしてクラウドソーシングに登録し、安く買い叩かれながら、ひたすら数をこなすだけの日々を過ごしました」

時給数十円の電話番から「会社員並みの月収」へ。65歳女性がAIで人生を激変させた“60の手習い”の衝撃
2025年2月時点の、さゆっちさんの請求書。在宅で長時間労働をせずともここまで稼げている

プロとしての信用が、単価を60倍に跳ね上げた

 そんな彼女に転機が訪れる。2024年、所属していたコミュニティで「ショート動画用の画像をAIで生成してくれる人を探している」という募集がかかった。AI画像生成は未経験。それでもさゆっちさんは応募し、見事採用された。さゆっちさんはその日にChatGPTに課金して猛勉強を始めたという。

「勉強せざるを得ない状況に自分を追い込んで、とにかくやってみるしかないと思ったんですね。
AIを使った画像生成はYouTubeで勉強しながら5日間で165枚の画像を納品しました。この時の単価は、1枚あたり50円。165枚納品しても、売上は8250円にしかなりませんでした。ChatGPTの月額料金を差し引けば、手元に残る額はわずかです。ただ、お金以上にAIの将来性に凄まじい可能性を感じられたのが良かった」

 独学では限界があると悟ったさゆっちさんは、国内最大級のAIコミュニティに入会を決意した。週数回のウェビナーを通じてAIと真剣に向き合う中で、労働集約的なクラウドソーシングでただ量をこなすよりも、企業のニーズを満たすことが重要だと気づいたという。

「特に画像生成AIの場合、企業が導入を躊躇する最大の理由は著作権リスクでした。ネット上の画像を無断学習したAIを使うことは、法的リスクが高すぎると判断されるからです。そこで私は、使用ツールをAdobe Fireflyに切り替えました。FireflyはAdobeが権利処理済みのコンテンツのみで学習させたAIで、商用利用における著作権リスクが低いとされています。企業が安心して導入を検討できるという点が、クライアントへの提案でも大きな差別化になりました。この判断が効果てきめんでした。
単価は劇的に上がり、1枚3000円というお仕事も珍しくありません。ツールと活用法を見直しただけで、単価が60倍に跳ね上がったんです」

 それからというもの、さゆっちさんの快進撃は止まらなかった。画像生成だけで月30万近い売り上げが立ち、動画作成の依頼も。SNSでの精力的な発信も功を奏し、登壇依頼や企業からの相談が次々と舞い込むようになった。

「今、AI導入を検討している企業は本当に多くて、導入支援の相談をされる機会が本当に増えています。Excelでの作業や議事録作成ってAI使うととても効率上がるじゃないですか? そのノウハウをお伝えするだけでも、経営者の方が目を丸くして驚かれる。とてもやりがいを感じます。このようなコンサルティングは1時間1万円いただいており、今ではお仕事のほとんどが『教える系』にシフトしてます」

 さゆっちさんに今の月収を尋ねると、「普通のサラリーマンの給料くらいはありますよ」とはにかんだ。かつては1円でも安い卵を求めてスーパーをハシゴしていたが、今は心に余裕が生まれ、夫と少し贅沢なランチを楽しむこともある。

「AIの世界は進歩が早い。1年前に50時間かけて覚えたことが、今では最初から機能として組み込まれていたりします。完璧に理解しようとすると追いつけない。
だから、学び続けること自体を習慣にするしかない。『続けることを、続ける』意識で私は取り組んでいます」

時給数十円の電話番から「会社員並みの月収」へ。65歳女性がAIで人生を激変させた“60の手習い”の衝撃
お孫さんが作成したイラスト。アニメ風イラストからカフェのメニュー表など、なんでもござれだ


「シニア×AI」の可能性

 AIを駆使してバリバリ稼ぐ、65歳のおばあちゃんーーさゆっちさんのような事例は特殊なのか。AI人材の育成を手がけるSHIFT AIの木内翔大氏によると、会員数は現在3万人超。そのうち60代以上が11.3%を占め、入会動機の第1位は「副業・収入向上」だという。

「60代以上の会員は学習意欲が特に高い。長年の社会人経験で培った業界知識や実務スキルにAIを掛け合わせ、AIコンサルタントや講師として活躍される方も増えてきています」

 市場環境も変わっている。単純作業は自動化が進み、外部発注の案件は細る一方。ただその反面、企業のAI導入を支援できる人材は「需要に対して担い手が少ない状況が続いている」という。

「AIがいくら進化しても、何を解決すべきかという課題設定ができる人間の役割は、むしろ重要性を増しています」

 さゆっちさんは言う。

「私の周りの同年代はパソコンすら持っていない人が多い。でも、私の感覚としては、AIを学ぶのは車の免許を取るより全然簡単です(笑)。1日1回、今日の夕飯何がいいかなって聞くだけでいい。
逆に、『勉強してから使おう』なんて思ったら、たぶん一生使えません。難しいと感じたその瞬間が、始めどきなんです」

 AIは、シニア世代の老後まで変えてしまうかもしれない。

時給数十円の電話番から「会社員並みの月収」へ。65歳女性がAIで人生を激変させた“60の手習い”の衝撃
木内 翔大(きうち しょうた)株式会社SHIFT AI 代表取締役。一般社団法人生成AI活用普及協会 協議員 / GMO AI&Web3株式会社 AI活用顧問 / GMO AI&ロボティクス商事 AI活用アドバイザー。Xフォロワー数14.9万人(2026年4月現在)。「日本をAI先進国に」をテーマに生成AIについて発信。https://x.com/shota7180
取材・文/桜井カズキ
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