2026年5月15日
早稲田大学
理化学研究所
光と原子つなぐ新量子ゲートを提案 ~光1回の反射で完結、量子計算の誤り率を低減~
詳細は早稲田大学HPをご覧ください
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102172/202605149047/_prw_PT1fl_dDHe8a1H.png】
早稲田大学先進理工学研究科の木倉清吾(きくらせいご)大学院生と理工学術院の青木隆朗(あおきたかお)教授(兼:理化学研究所量子コンピュータ研究センター・チームディレクター)、理化学研究所量子コンピュータ研究センターの後藤隼人(ごとうはやと)チームディレクター、シンガポール国立大学の花村文哉(はなむらふみや)博士研究員からなる研究グループは、原子と光、全く異なる性質を持つ2つの量子系に量子もつれ※1を生じさせる量子ゲート※2を効率的に実装する新たな手法を提案しました。
従来手法では、原子を閉じ込めた共振器※3に光パルスを複数回反射させ、かつ光の干渉操作を組み合わせることで1つの量子ゲートを合成していました。
本成果は、2026年5月12日(火)に『Physical Review Letters』に公開されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202605149047-O2-bM5eK2so】
キーワード:
量子ゲート、量子計算、量子通信、制御変位ゲート、共振器
(1)これまでの研究で分かっていたこと
近年目覚ましい進展を遂げる量子情報処理では、人工的に作られたチップだけでなく、光や原子といった自然界に存在する量子系が情報の担い手として活躍します。
例えば、光は光通信に代表されるように高速・長距離伝送が可能であり、また「GKP符号」※5と呼ばれる量子誤り訂正に有利な符号を扱える特徴を持ちます。一方で、光だけでは量子性が強い操作(非線形操作)が難しいという課題があり、その他の量子系についてもそれぞれ固有の長所短所を持ち合わせています。そこで、単一の量子系では克服が難しい短所を補いつつ長所を最大限活用するために、性質の異なる2つの量子系を繋げたハイブリッド系を活用することが盛んに研究されています。例えば、チップ内に2つの人工量子系を統合することで、単一の量子系ではそれまで困難だったGKP符号の作成・制御が実現されています。このようなハイブリッド系の能力を駆使するために、異なる量子系に量子もつれを生じさせる「制御変位ゲート」は欠かせない量子ゲートの1つです。
しかし、「静止する原子」と「高速に移動する光パルス」に対して、この量子ゲートを効率的に実装する方法はこれまで確立されていませんでした。従来は、制御変位ゲートを直接実行する手法が確立していなかったため、異なるゲート操作を組み合わせることで制御変位ゲートを合成していました。
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究では、光パルスと原子の間の制御変位ゲートを、光を1回だけ反射させる「シングルショット方式」で実現する手法を提案しました。原子を共振器内に捕捉し、光パルスが共振器に入射するのと同時に、原子をレーザーで精密に制御します。これにより、原子の量子ビットの状態に応じて、反射してきた光パルスの量子状態が変化します。すなわち、複数回の反射を必要とせず1回の反射操作で、制御変位ゲートの実装が完結します。
さらに、共振器内部の光損失や原子の自然放出など、現実の実験で避けられない損失を取り込んだ解析モデルを導出しました。このモデルにより、提案手法の評価・最適化を簡潔に行えることを示しました。数値シミュレーションにより、導出されたモデルの有効性を確認し、またそのモデルを用いてパラメータの最適化を行うことで、提案手法が従来手法に比べてゲートエラー(理想の操作とのズレ)を大幅に改善できることを確認しました(図1)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202605149047-O3-FrpaH6D2】
図1:内部協同係数※7に対するゲートエラー。提案手法においては導出された解析モデルを用いて共振器のミラーの反射率を最適化した。従来手法に比べて提案手法はゲートエラーを大幅に削減することに成功している。
(3)研究の波及効果や社会的影響
光と原子は、それぞれが有望な量子系として盛んに研究が行われており、その技術発展は凄まじい状況です。
今回、高速かつ誤り率の小さい量子ゲート手法を新たに提案したことで、国内外の実験・理論研究グループによる実験実証や応用研究を促進し、ハイブリッド量子系の技術発展を加速させることが期待されます。
(4)課題、今後の展望
今回、新たな量子ゲート手法を提案しただけでなく、高い内部協同係数が誤り率の小さい量子操作の実現において重要であることを、共振器量子電気力学系における先行研究結果を踏まえて再確認しました。これにより高協同係数共振器系の研究開発がさらに促進されることが期待されます。また、原子と光からなるハイブリッド量子系の基本かつ重要な量子ゲートについて、高速かつ誤り率の小さい実装手法を提案したことで、原子をメモリ、光を通信媒体とした量子ネットワークをはじめとした量子情報処理技術の社会実装の加速にも貢献することが期待されます。
(5)研究者のコメント
光と原子という性質の異なる物理系を量子的に結んだシステムを利用することで、現状より高速な情報処理、あるいはよりセキュアな光通信の実現が期待されています。今回提案した「シングルショット制御変位ゲート」は、その鍵となる操作を効率的に実現するものです。本成果が量子技術の社会実装に微力ながら貢献することを期待しています。
(6)用語解説
※1 量子もつれ
複数の量子が互いに強く結びつき、一方の状態を測定すると距離に関係なく他方の状態も瞬時に決まるという量子力学特有の現象。
※2 量子ゲート
量子情報処理において、情報を担う量子の状態を変化させる基本操作。
※3 共振器
高反射率の鏡の間に光を閉じ込め、光と物質(原子など)の相互作用を増大させる装置。本研究では原子を閉じ込め、光パルスを反射させる中心的な装置として機能する。
※4 制御変位ゲート
量子ビット(原子など)の状態(0か1か)に応じて、光の量子状態を位相空間(位置と運動量を座標とする空間)上で移動(変位)させる量子ゲート。ハイブリッド量子系の基本的な操作のひとつ。
※5 GKP符号
光の連続的な量子状態を利用して量子誤りを訂正する符号の一種。光量子コンピュータにおける量子誤り訂正の有力な方式として注目されている。
※6 共振器量子電気力学
共振器内に閉じ込めた光と原子の相互作用を量子力学的に扱う物理学の分野。光と原子を強く結合させることで、精密な量子制御が可能になる。
※7 内部協同係数
共振器量子電気力学系において、光と原子の結合の強さを共振器内部の損失と原子の自然放出レートの積と比べた指標。値が大きいほど、量子操作を高性能に実行できる。
(7)論文情報
雑誌名:Physical Review Letters
論文名:Single-shot conditional displacement gate between a trapped atom and traveling light
執筆者名(所属機関名):
木倉 清吾(早稲田大学理工学術院)、後藤 隼人(理化学研究所量子コンピュータ研究センター)、
花村 文哉(シンガポール国立大学量子技術センター)
青木 隆朗*(早稲田大学理工学術院/理化学研究所量子コンピュータ研究センター)
掲載日時:2026年5月12日
掲載URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/234l-q12q
DOI:https://doi.org/10.1103/234l-q12q
*:責任著者
(8)研究助成
研究費名:国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業
研究課題番号:JPMJMS2268、JPMJMS256K
研究代表者名(所属機関名):青木隆朗(早稲田大学)