日本人で初めてノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進さんが11日に亡くなったことを受け、母校・京都大学の湊長博総長が16日午前、追悼のコメントを発表し、「多くのブレイクスルーをもたらし、次世代を担う研究者に多大な影響を与えた」と改めて功績を称えました。

利根川進さんは名古屋市出身で、京都大学を卒業後、スイスのバーゼル免疫学研究所などを経て、アメリカのマサチューセッツ工科大学の教授を務めました。



1987年には病原体から体を守る「抗体」がどのようにできるのかを明らかにした業績から、日本人で初めてノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

マサチューセッツ工科大学によりますと、利根川さんは11日に亡くなり、非公開の葬儀が行われた後、京都に埋葬される予定だということです。

利根川さんが亡くなったことを受けて16日発表された京大・湊総長の追悼コメントは以下のとおり。

(追悼コメント全文)

本学理学部卒業生で京都大学名誉博士でもあり、日本人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞された利根川進先生の訃報に接し、謹んで哀悼の意を表します。

利根川先生は、1963(昭和38)年京都大学理学部を卒業後、分子生物学を本格的に究めるため渡米し、1968(昭和43)年にカリフォルニア大学サンディエゴ校で博士の学位を授与されました。続いてスイスのバーゼル免疫学研究所や、米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)で免疫メカニズムの解明に打ち込み、抗体遺伝子の再構成という画期的な発見を遂げ、1984(昭和59)年に文化勲章の、さらに1987(昭和62)年にはノーベル賞の栄誉に輝かれました。

その後も日米を股にかけ、研究分野を新たに脳科学へと展開され、記憶の仕組みとしてエングラム(記憶痕跡)の実体を解明されるなど、多くのブレイクスルーをもたらされました。利根川先生の変わらぬ情熱は、常に自らの興味と関心の赴くままに未開の研究分野に挑戦することであり、生涯第一線の科学者であり続けられた姿は、次世代を担う研究者に多大な影響を与えてこられました。

かつて私も若い研究者として、利根川先生と何度も研究の議論を交わす機会をいただきましたが、いつもその強烈な熱量に圧倒されたことを、今でもよく覚えています。さらに最近では、本学ゆかりのノーベル賞受賞者の方々による京都大学創立125周年記念シンポジウムにおいて、ボストンから心温まるビデオメッセージをいただきました。

私たちは、利根川先生の志を受け継ぎ、未知の領域にも果敢に挑戦できる自由で独創的な情熱を保持しながら、一層研究に邁進していく所存です。京都大学の教職員を代表して心からご冥福をお祈りいたします。


2026年7月16日 京都大学総長 湊長博

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