厚労省によると、全国に約23万人いると推計される「高次脳機能障害」。けがや病気で脳を損傷したことで生じた認知障害のうち、生活に制約がある障がいです。
京都に住む吉良さんは、くも膜下出血の後遺症として記憶障害が残り、今は作業療法士として働いています。
記憶障害の当事者であり、介護の専門職でもある。そんな男性の日常に密着しました。
冷蔵庫に書かれたメモ デスク周りには張り紙
京都市で1人暮らしをする吉良正輝さん(40)。重い記憶障害があります。
冷蔵庫の扉には文字が。中に何が入っているのか、覚えていることができないのです。衣装ケースにはラベルが貼られ、晴れの日にも関わらず、洗濯物は部屋干しでした。干したことを忘れてしまうからです。
(吉良正輝さん)
「デスク周りなんかも張り紙を色々しているんですね。例えばメモとかに書いて置いてしまう、手帳に書いてしまうと手帳を見ることも忘れてしまうので」
事故や病気で脳を損傷すると、運動機能の低下や手足の麻痺といった後遺症が残ることがあります。
そうした身体的な障害以外に、記憶や言語能力などにも障害が起きることがあり、それらを高次脳機能障害といいます。
「死んだ方がよかった」運転中に頭痛…くも膜下出血の後遺症で記憶障害に
吉良さんに異変が起きたのは6年前のことです。
(吉良正輝さん)
「車を運転していて頭が痛いと感じて、とっさに近くの公園に車を止めてすぐに救急車を呼びました」
くも膜下出血で意識不明のまま病院に運ばれ、一命は取り留めましたが、後遺症として高次脳機能障害の1つ、記憶障害が残ったのです。
(吉良正輝さん)
「その時は将来が見えない状態だったので、『もう死んだ方がよかったな』と感じていた時期でした」
当時を支えた家族も…
(吉良さんの母 美輝子さん)
「病室にいると日に日にうつ状態になって、一番辛かったのが、本人から『何もできないから死んだ方がましかな』という言葉が出てきた時」
自身を研究対象に修士号取得…日々の失敗・改善方法を論文に
そんなどん底から、前向きになれたきっかけがありました。
発症当時、吉良さんはリハビリを学ぶ大学院に通っていました。そこで自身を研究対象に日々の失敗とその改善方法を論文にまとめて修士号を取得したのです。
自分を見つめなおして何とか前に。その繰り返しが吉良さんを少しずつ変えました。
(吉良正輝さん)
「失敗すること、気分が落ち込むこともありますが、それを一旦自分から切り離して考えるようになった」
「『どうすればよかったんだろう?』『次に同じような失敗をしないためにはどう工夫をすればいいんだろう?』と考えるようになってきました」
常にメモを取りながら作業療法士として働く
そして、2年前からは、仕事も再開しました。リハビリの専門職、作業療法士です。
吉良さんは、障害を負う前の記憶は残っていて、発症前、約10年間にわたり携わっていた作業療法士としての知識や経験ははっきりと覚えています。
実際に仕事の様子を見ていると、記憶障害があるようには見えません。ただ、よく見ていると、常にメモをする様子が。入所者の状態や直前にどんな作業をしていたのかなど、とにかくメモを取っています。
(吉良正輝さん)
「これは自分で作ったんです。はじめはメモ帳を病院とかでは勧められたんですけど、なかなか定着しないのと、どこに置いたか忘れてしまう」
「これだと、いざどこかに置いたとしても他のスタッフに『僕の黒いバインダー見ませんでしたか?』と確認できるので」
同僚からは頼られる存在「私の物忘れと変わらないぐらいかな」
しかし、障害が顔を覗かせるも。
リハビリが終わった男性をベッドに寝かせた吉良さん。そのほんの数分後、寝かせたことを忘れてしまい、休んだばかりの男性をまた起こそうとしてしまいました。
(吉良正輝さん)
「何時から起きて何時に横になってというのを本来は書いた方がいいんですけど、動いているとなかなかそこに時間が割けなくて。何かいい方法がないか模索しているんですけど」
こうしたことも稀にありますが、同僚や入所者からは頼られる存在です。
(同僚)
「(障害のことは)全然分からないぐらい毎日すごいパワー」
「『さっき言ったけどな』ということはありますけど、私の物忘れと変わらないぐらいかなと思います」
「失敗した時の自己嫌悪感がすごかったので」あらゆるものを“見える化”
記憶障害と付き合うため、吉良さんは様々な工夫をしています。
(吉良正輝さん)
「今日は惣菜2品と刺身とサラダを買おうと思っています。(全部メモをしないと)家に何があるか分からなくて重複して買ってしまうんですよ」
毎日の買い物も、必ずスマホのメモを見ながら。自宅のあらゆるものを“見える化”しているのも、工夫の一つです。
(吉良正輝さん)
「これを工夫と言っていいのか。自分自身の失敗した時の自己嫌悪感がすごかったので、それをなくそうっていうのが一番最初のきっかけかもしれないですね」
「深層心理の部分で『健常者はできて当たり前』『そこに近づかなければいけない』って思っているかもしれないです」
「私以上に私の可能性を信じてください」介護職を目指す学生に向けて講演
この日、吉良さんは高知にある母校の大学でかつての指導教員とともに講演会に登壇していました。
高次脳機能障害者への支援のあり方について知ってほしいと、積極的に講演活動を行っていて、この日は介護の道を志す高校生と大学生が聞き手です。
(吉良正輝さん)
「福祉職を目指す皆さん、記憶障害者になって、私はしばしば自分の可能性を信じることができなくなり、そのたびに自殺念慮に襲われました。私以上に私の可能性を信じてください。皆さんが私の可能性を信じてくれなければ、希望は絶え、私は絶望の淵に立たされます」
「記憶障害の当事者」「介護の専門職」両方の視点から伝える
記憶障害がありながら介護の専門職でもある吉良さんだからこそ、当事者の苦しみとケアする側、両方の視点で伝えられるといいます。
(講演に参加した大学生)
「重い記憶障害の中で、一人で自立した生活をされていて、支えすぎるのではなくて自分も隣で見守っていきたいなと思いました」
(吉良正輝さん)
「(講演は)私のライフワークかなと思います。
「支えてくれる人がいるからこそ当事者が社会で活躍できる」
講演の後、吉良さんは大学院時代の恩師や友人とともに家族の暮らす実家へ。家族や周囲の存在は、大きな支えです。
(吉良正輝さん)
「支えてくれる人がいるからこそ当事者が社会で活躍できると思います」
「見えない障害なので、身近な人が余計にそこを信じきれない、認めにくいというところがあるかなと思うんです。たぶん本人以上に。本当にこの家族で良かったなと感じます」
(高知県立大学 横井輝夫名誉教授)
「吉良さんの存在と経験を待っておられる方は日本中にたくさんおられると思うんです。重い記憶障害を持って障害を持った方の自立支援をしていく作業療法士であるというこの2つを持って、そして今のように回復していった方はたぶん世界中を探してもいない」
(2026年10月27日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」内『特集』より)

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