株価などが10倍に成長したことを意味する「テンバガー」。実は投資信託の中にも、テンバガーを達成した商品がある。
この投資信託のファンドマネージャーを務めるのが、ブラックロック・ジャパン 運用部門 ファンダメンタル株式運用部長 中小型株運用チーム ディレクターの高山博樹氏である。同氏に投資の本質を尋ねると、「まだ名前がついていない価値に気づくこと」だと話す。日本株の運用を担うファンドマネージャーに取材する連載「ニッポン、新時代」。高山氏の投資哲学や、注目している投資テーマを聞いた。
感性とテクノロジーの「両輪」で回す運用スタイル
グループ全体で、13.9兆米ドル(約2,210兆円)の資産を運用するブラックロック(2026年3月末時点)。運用資産においては、世界最大の規模を誇っている。
このグループの日本法人、ブラックロック・ジャパンが提供している投資信託が「ブラックロック日本小型株オープン」である。1998年7月に、1万21円の基準価額で運用を開始すると、2025年6月には10万円を超えた。その後も成長を続けている。
「どうしても米国株に目が行きがちな昨今ですが、地道なリサーチを行い、リスク管理も徹底すれば、日本株も十分な成果を残せます。このファンドの実績は、それを証明するものになっているのではないでしょうか」
にこやかな笑顔を携えて、高山氏はそう話す。一体どのような投資手法を取っているのだろうか。高山氏は「派手な近道があるとは思っていません。一つずつ積み上げていくだけです」と口にする。
「投資とは、『まだ名前がついていない価値にいち早く気づくこと』だと考えています。そしてその価値に資金を投じていく。このために私たちが行うのは、ほかでもない地道な調査です。チーム全体で年間600件以上の企業取材を行っています」
足で稼ぐ調査に力を入れる一方、テクノロジーも活用している。ブラックロックでは、テクノロジーへの投資を積極的に行っており、その技術を運用に役立てているという。
「たとえばブラックロックには、個別銘柄の株価特性やポートフォリオ全体のリスクを“見える化”する独自のテクノロジーがあり、これらを活用しています。ローカルな視点での調査と、世界最大の運用会社が持つテクノロジーを“両輪”で使い、人の感性で見つけたアイデアを最先端のシステムで検証する。
もう1つ、ファンドを運用する中で力を入れてきたことがある。それは、うまくいかなかった時の経験を次に生かすこと。失敗の原因をレビューし、同じ過ちを起こさないよう、投資プロセスを改善していく。その作業を続けてきたという。
「成功した時も同様です。うまくいったケースがあったなら、その要因を分析して、次もその方法を再現できるよう仕組みに落とし込んできました。中長期で安定してパフォーマンスを出すためには、アルファ創出の“リピータビリティ”の確保が重要と考えてきました。たとえば銘柄のスクリーニング(※)において、今回の成功につながった新たな方法があったなら、次もそれを実践できるよう、私たちのチームの銘柄抽出モデルに取り入れていきます」
※業績や各種指標をもとに、投資候補の銘柄を絞り込んでいくこと
投資の世界でも「日本ブーム」が起きつつある
ブラックロックが相対しているのは、世界中の投資家たち。それをふまえて、今の日本市場は海外投資家からどう見られているのだろうか。そう聞くと、高山氏は次のように答えた。
「間違いなく、海外投資家が日本株の価値に気づき始めていると感じます。観光では長らくインバウンドが起きていますが、日本株も同様の状況になるかもしれません。ブラックロック・グループ全体で見ても、日本株への評価が上がっており、期待値が高まっています。
なぜ注目されているのかといえば、「日本市場が着実かつ大きな変化を見せているから」だと、高山氏は説明する。
「日本経済はインフレが起き、長らく続いたデフレ経済から脱却し始めました。この変化は非常に大きいといえます。さらに企業レベルで見ても、各社で資本効率改善の取り組みが起きている。経済全体のマクロな変化と、企業単位のミクロな変化が同時に進んでいます。これが海外から注目を集める背景にあります」
ただし、この変化はまだ初期段階であり、今後もよい流れがしばらく続くと高山氏は見ている。その理由として、日本のデフレ脱却はまだ完全に終わっていないからだという。
「なぜなら、直近で起きたインフレは、まだ個人の給与などに十分反映されているとはいえません。そのため、BtoB企業ではデフレ脱却による業績改善が進んだものの、BtoC企業はまだそこまでの変化が生じていない。しかし今後、企業に蓄積されていた富が、少しずつ家計に還元される流れに変わり始めているのではないかと思います。また、政府の施策やインフレ率の鈍化が起きれば、ようやく個人に恩恵が回り、BtoC分野の消費が伸びていく可能性があります。それにより、BtoC企業の業績改善につながっていくかもしれません。
こうした背景から、「日本の方はぜひホームマーケットである日本株に注目してほしい」と話す。海外では日本株の注目度が増していながら、日本の投資家の視線は「依然として米国株に集まっています」と高山氏。もちろん米国株への投資も重要だが、「同時に日本株も見てほしい」と強調する。
そもそも日本で生活していることは、日本株に投資する上で大きなアドバンテージになるという。たとえば飲食系の企業を見る場合、店舗のメニューやコンセプトは受けそうなのか、出店戦略は適切なのか。こうしたことを判断するには「日本で生活し、この国の文化や感覚、トレンドを深く理解していないと難しい」と話す。
その日本株の中でも、とりわけ中小型株こそが「日本の投資家が強みを発揮できる領域」だと、高山氏は明朗に告げる。
「日本は約4000の上場会社があり、業種や社歴など、本当に多種多様な銘柄がそろっています。新興IPO企業から老舗企業、ラーメン屋さんから先端AI半導体材料企業まで幅広く、経済の多様性という観点からは日本はある意味“完成された経済”に近い構造を持っていると思います。その大半は中小型株です。ただし、多くの海外投資家は大型株に集中しており、中小型株まで手を伸ばせていない。きちんと調べれば埋もれている銘柄がたくさんあります。
これから注目している投資テーマとは?
いかにして「まだ名前がついていない価値」に気づけるか。それが高山氏の考える投資の本質だ。そのためには、指標などの数字を分析するだけでなく、社会構造や文化、生活者の思いを見つめ、そこで起きている変化を抽出していくことが重要といえる。
その変化を見つける上で、高山氏は自身の「2つのルーツ」が生きたという。「1つは、学生時代に社会学を専攻していたことです。決算上の数字だけでなく、その背景にある社会の構造や文化を観察し、変化を見つける視点は、社会学での学びが生きていますね」。
そしてもう1つ、意外なルーツが今の仕事を支えている。
「私はもともと、報道写真家になりたいと思っていました。実はそれも役立っていると感じます。というのも、私がファンドマネージャーとして大切にしているのは、現場に足を運んで調査すること、そして、1つの物事をいろいろな視点から見ていくこと、切り取っていくことです。どちらも、報道写真家に通じる考えであり、それを投資でも大切にしています」
休日にはバイクで地方を巡り、上場企業の本社や工場を眺めながら、その土地の郷土料理や地酒を楽しむという。
よい小型株も地酒も、価値が認識されるまでには時間がかかることがある。“知られていない”こと自体が価値の源泉になることもあるという。それを見つけていく過程をも、高山氏は楽しんでいるのだろう。
現場に行き、さまざまな角度から物事を見る。そうして今起きている“社会構造の変化”に着目し、偏見なく価値を見つけていく。これが高山氏のスタイルだ。
その実例として、ここ数年で建設業に投資した話を紹介する。
長らく「成長が期待できる業種」として建設業が挙がることは少なかった。グロース株ではなく、バリュー株として扱われることが多かったといえる。しかし数年前、社会の変化の中で、高山氏は「建設業は成長が見込める」と判断した。
「国内で大型半導体工場の建設が相次いで決まり、AI用のデータセンター建設も進むという見方が強まりました。長らく“古い産業”として見られていた建設業が、AIインフラを支える産業として見直され始めていたのです。こうして建設の需要が高まる一方、それを担う企業を見ると、少子高齢化や『2024年問題』と呼ばれる働き方改革で、労働力不足が起きていた。つまり、建設の需要は上がりながら、それに対する供給量が下がっていたのです。このように需給バランスがタイトになる中で、建設系の銘柄は上昇していくと判断。実際に、株価が2、3倍になった銘柄も出てきました」
では、視線を“過去”から“未来”に移して、高山氏がこれから注目している社会構造の変化とはどのようなものだろうか。
「先ほど話したように、このままデフレ脱却が進むと、個人の方がようやくその恩恵を受けられる流れになってくると考えています。企業に蓄積されていた富が、少しずつ家計に還元される流れに変わり始めているのではないかと思います。これは単なる景気循環というよりも、分配の構造そのものが変わる可能性がある点で重要だと考えています。特に若年層の賃金上昇が進むでしょう。となると、若い世代の個人消費に関連する産業・銘柄は1つ注目ではないでしょうか」
ただし、それだけでは“投資候補”として十分ではない。物事は組み合わせて考えることで、新たな視点が生まれるという。そこで、若者向けの個人消費サービスを展開しつつ、その事業が他の社会トレンドとも重なる銘柄が面白いとのこと。たとえば、若者消費と同時にインバウンド消費やEC、SNSマーケティングに届く事業を展開している銘柄などが一例だと話す。
海外投資家の注目度が高まっている日本株。高山氏は、改めて最後に「日本の投資家も、もっと国内の市場に目を向けてほしい」と伝える。「日本に住み、この国の変化を日々感じられること自体が、日本の投資家の強みです」。デフレからの脱却が進み、社会構造の変化が起きる中、数年後に輝く産業、銘柄を見つけるために。高山氏は今日も、「まだ名前がついていない価値」を探し続ける。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2026年6月現在の情報です

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