太平洋戦争中に撃沈された疎開船「対馬丸」の遺族が、遺族会を新設した。事件を直接知る遺族や生存者が減少する中、直系の遺族でない世代まで幅広く募り、記憶継承を目指す。
沖縄戦の前年1944年8月21日夕、疎開学童や一般の疎開者などを乗せて那覇港を出航した対馬丸は、翌22日夜、トカラ列島悪石島付近で米軍の魚雷攻撃を受け沈没した。
これにより乗船者1788人のうち1484人が犠牲に。犠牲者のうち15歳以下の子どもは1040人に上ったとされる。無垢(むく)な子どもが大勢犠牲になった事件は、戦争の悲惨さと愚かさをまざまざと伝える。
戦後、結成された対馬丸遭難者遺族会は、海上慰霊祭の開催や、犠牲者の慰霊碑「小桜の塔」建設などに尽力してきた。
一方、対馬丸記念館(那覇市)の建設構想が持ち上がったことをきっかけに、遺族以外の協力会員も含めた対馬丸記念会として2001年、発展的に解消された経緯がある。
戦前・戦中世代は1割を切り、記憶継承は非体験者から非体験者のリレーに移りつつある。新たな遺族会発足の背景にあるのは「記憶の風化」への危機感だ。
初代会長となった真栄城嘉史さん(60)は伯父が犠牲になった。
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遺族会の名称は旧字体の船名に倣い「對馬丸遺族会」とした。
毎年8月22日に開かれる慰霊祭を対馬丸記念会と連携して開催するほか、遺族同士の交流機会の場を広げるという。
遺族の孫やひ孫世代になっても慰霊の心を引き継いでいく目的がある。
課題は各地に散らばる遺族とどうつながるか。かつての戦争が遠くなる中で「自分は遺族と言えるのか」との思いや、身近な人から戦争体験を聞けなかった人も少なくない。
体験者なき時代に沖縄戦の記憶をどう継承するか。元学徒らによる「ひめゆり同窓会」は、平和祈念資料館の説明員に戦後世代を採用するなど継承者の育成に早くから取り組んできた。
対馬丸の新しい遺族会もその一翼を担ってほしい。
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地域もこうした取り組みが必要ではないか。
昨年、市町村が把握する遺族会52団体に本紙がアンケートしたところ、8団体が既に解散し、9団体が活動を休止。存続する団体のうち13団体が「5年以内に解散予定」「活動の継続は困難」と回答した。
各地の遺族会は戦後、地域の戦争の実相を伝える役割も担ってきた。今後ますますその役割は増すに違いない。
沖縄戦の記憶継承へ-。自治体の積極的な関わりも求められる。

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