※本稿は、エミン・ユルマズ『エミン流「会社四季報」最強の読み方』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
■日本株は割高ではない
2024年3月、日経平均株価は過去最高値を更新して、一時的に4万円に乗せた。
「もう日本株も割高だし、ここからの上値余地はそんなにないだろう」という声も聞こえてきたが、果たしてそうだろうか。4万円という過去最高値の更新は、なかなかにエポックメイキングな出来事だったと思う。ここまで値上がりすれば、達成感も出てくるので、「そろそろ日本株の上昇トレンドも終わりに近い」と思うのも不思議ではない。
ただ、日本株を取り巻く環境の改善は、まだ二合目あたりだと私は考えている。PBR1倍割れ企業のPBR改善は、まだ緒に就いたばかりだ。東京証券取引所が、プライム市場とスタンダード市場に上場している約3300社中、約1800社のPBR1倍割れ企業を対象にして、その改善策を求めたのが2023年3月のこと。割合にして45%の企業しかPBRが1倍超ではなかったのが、2024年3月末時点でPBRが1倍を超えている企業の割合は、全体の61%に達している。
とはいえ、PBR1倍超の企業は、45%から61%に増えただけに過ぎない。残りの39%は、1倍割れの状態にあるのだ。
■株価上昇はまだ二合目
ROEも同様だ。日本の上場企業のROE平均は8%程度だが、これも2ケタを目標にして改善されていくに違いない。その他、利益率の改善、配当増や自社株買いなど株主還元政策、持合い解消など、いずれもまだまだ途上だ。さらに、業界再編の動きも、これから本格化してくる。
これらに加えて、個人の資産形成に対する関心も、これから本格的に高まってくるだろう。2024年1月に行われたNISAの制度改正は、それをバックアップするためのものだ。投資元本1800万円まで、投資によって得た利益が全額非課税になり、かつNISAの制度そのものが恒久化された。非課税期間も無期限だ。
1800万円という投資額の上限はあるものの、30年、40年という長い期間にわたって、投資によって得た利益が非課税扱いになるという優遇策は、これから個人の投資意欲を大いに搔き立てるものになるだろう。こうした点でも、日本の株価上昇はまだ二合目であり、緒に就いたばかりといっても良いのだ。
■インフレ定着がプラスに
1990年代以降、長年にわたってデフレに悩まされてきた日本だが、いよいよインフレに転じると確信している。
他の要因は磁場とか、電磁波に近く、部分、部分においてファンダメンタルズに影響を及ぼすが、物価はファンダメンタルズ全体に大きな影響を及ぼす。これまで日本経済がなかなかテイクオフできず、欧米先進国に大きな後れを取っていたのは、物価がデフレで推移していたからだ。
これがインフレに転じた時、果たして日本経済はどうなるだろうか。インフレだから、あらゆるものの値段を押し上げる。それこそお菓子の値段から株価、地価まで、ありとあらゆるモノの値段が上がっていく。徐々にそれを織り込んで、日本の株価は上昇しているのだが、まだ長期的なインフレの持続を織り込むまでには至っていない。
ただ、恐らく多くの日本人は、あまりにも長いデフレ経済に慣らされてしまったからか、本気でインフレになると思っていないフシがある。この物価上昇は恐らく一過性のものであって、しばらくすれば落ち着くはずだと思っている。
だから、このところスーパーマーケットで売られている食品の値段が上昇しても、何も文句を言わずに我慢していられるのだ。また為替が1ドル=160円の円安になっても、誰からも文句が出ないのは、いずれ物価が落ち着くはずだと考えているからだろう。
でも、まずそうはならない。
■株価を押し上げる2つの効果
一番の理由は、これも地政学的な問題である。中国を西側自由主義諸国のサプライチェーンから外すことは自明だが、それを行う以上、物価は上昇する。しかも、それによって名実ともに、米国が自由主義世界の盟主になるが、過去を振り返ると、米国経済がイニシアティブを持つ時は大概、インフレになっている。
前述したように、一時的に米国経済のバブルが崩壊し、株価をはじめとして適正価格に戻ることにはなるだろう。
とはいえ、AIにしてもソフトウェアにしても、米国は非常に高い優位性を持っている。株価は適正水準に戻るが、これらの分野における米国の優位性が揺らぐことはない。加えて中国とのディカップリングが進むとなると、どうしてもインフレにならざるをえない。
そして、株価にとってインフレは2つの効果をもたらす。
1つは単純に、インフレ調整で株価が名目的に上昇していく。実質的に価値が上がらなかったとしても、インフレであるというだけで株価は上がっていくのだ。
もう1つは、インフレがもたらす投資行動である。
■日経平均30万円も十分狙える
日経平均株価が過去最高値を更新して、一時は4万円台に乗せるところまで値上がりしたが、ここまで値上がりしてくると、必ずと言って良いほど「もう割高だ」という声が聞こえてくる。
でも、今の日本の株価は決してバブルではない。これは断言しても良い。
まずPERだが、バブルピークの時のそれは、旧東証1部市場の平均が70倍にも達していた。それが今は何倍なのかというと、16倍である。バブルピークの時のPERは、今の水準に比べて4.4倍にもなっていたのだ。
もし今の日本の株価が、バブルピークの時のPER水準にまで達していたとすると、3万8000円の4.4倍で、16万7200円になる。日経平均株価がここまで値上がりして、ようやくバブルと言えるのだ。
そこまで行くかと言われれば、その可能性は十分にあると考えている。現状、PERは16倍と低く、そのなかで企業業績が堅調になり、かつインフレ圧力が強まるとなると、日経平均株価は20万円どころか、30万円も十分に狙えるだろうし、何かの拍子に再び経済がバブル化したら、それこそ日経平均株価が100万円になっても、一向におかしくない。
■「2万円→4万円」は9年かかったが…
ただ、実際にこれから日本株に投資するにあたっては、過去の値動きのパターンをしっかり把握しておくことが肝心だ。というのも、日経平均株価は大台に乗せたところで、しばらくもみ合う傾向があるからだ。
もちろん、ここ10年における傾向にすぎないため盲信はできないが、今後の調整局面や、5万円のステージに到達した場合にでも、値動きのイメージとして参考にはなるだろう。
2万円が4万円になるのに9年と言う時間を要したが、前述した日本の株価にとってフォローの材料がたくさんあることから考えると、日経平均株価10万円の到達は、恐らくそれほどの時間を必要としないはずだ。
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エミン・ユルマズ(えみん・ゆるまず)
エコノミスト
トルコ・イスタンブール出身。2004年に東京大学工学部を卒業。2006年に同大学新領域創成科学研究科修士課程を修了し、生命科学修士を取得。2006年野村證券に入社。2016年から2024年まで複眼経済塾の取締役・塾頭を務めた。2024年にレディーバードキャピタルを設立。著書に『夢をお金で諦めたくないと思ったら 一生使える投資脳のつくり方』(扶桑社)、『世界インフレ時代の経済指標』(かんき出版)、『大インフレ時代! 日本株が強い』(ビジネス社)、『エブリシング・バブルの崩壊』(集英社)『米中新冷戦のはざまで日本経済は必ず浮上する 令和時代に日経平均は30万円になる!』(かや書房)などがある。
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(エコノミスト エミン・ユルマズ)