■総裁になるべき人・なってはいけない人
自民党総裁選が迫っている。
高市早苗氏、小泉進次郎氏、林芳正氏、茂木敏充氏、小林鷹之氏の名前が連日取りざたされているが、今回重視すべきは誰が党内政治を巧みに乗り切れるかではない。日本が抱える課題に具体的で実行可能な解決策を示せるかである。
■短命政権の悪夢がよみがえる
2006年から2012年。この6年間で、日本は6人もの首相を見送った。次から次へと首相が交代し、まるで回転寿司のようだと揶揄された時代。政策は停滞し、日本の国際的な存在感は薄れていった。
その後、安倍晋三氏が8年間政権を維持し、ようやく安定を取り戻した。次のリーダーも権力を握るだけでなく、それを長期間、効果的に行使できる能力が求められる。
しかし、これは簡単ではない。党内では80代の実力者が影響力を持つ。
■各候補者の強みと弱み
まず高市氏を見てみよう。彼女は安倍路線の継承者だ。経済安全保障担当大臣、政調会長として実績を積んできた。中国には強硬姿勢を貫き、伝統的価値観を重視する。同性婚や夫婦別姓には反対の立場だ。
若い世代には不人気かもしれないが、保守層の支持は厚い。これは重要なポイントだ。なぜなら、参政党や未来党といった新興勢力が右から攻撃を仕掛けてきており、それに対抗できる。
一方、小泉氏は違う魅力を持つ。
だが44歳という若さは、党内では不利に働く。ベテラン議員たちは彼の米国留学を「箔付け」と見なしている。日本の大学での成績が平凡だったことを、海外の名門大学でカバーしようとした、というわけだ。父・純一郎氏の七光りは確かに強力だが、それだけで党の重鎮たちを束ねられるか。疑問視する声は少なくない。
■経験豊富だが、課題も多い候補者たち
林氏の経歴は米国人の筆者から見ても、圧巻だ。ハーバード大学ケネディスクール卒業。マンスフィールド・フェローシップの立案者。6つの大臣ポストを歴任。
しかし致命的な弱点がある。2021年まで日中友好議員連盟の会長を務めていたことだ。対中強硬論が主流となった今、これは大きなマイナスだ。「親中派」のレッテルを貼られれば、総裁選での勝利は難しい。
茂木氏も優秀だ。東大卒、ハーバード卒ケネディ行政大学院卒、マッキンゼー出身。TPP交渉を成功させ、トランプ政権とも貿易協定をまとめた。派閥の汚職問題が発覚した際には、潔く解散を決断した。
だが人間関係に難がある。「横柄」「人の話を聞かない」といった評判が党内で定着してしまった。日本の政治は合意形成が基本。
小林氏は国際感覚に優れ、政策通として知られる。しかし小泉氏と同じく若さがネックだ。しかも小泉氏のような知名度も、強力な後ろ盾もない。現在の自民党では、これは大きなハンディキャップとなる。
■待ったなしの政策課題
いったい誰が次期総裁=首相として一番ふさわしいのか。日本が直面する課題は深刻だ。
まず「少子高齢化」だ。これは経済成長、社会保障、安全保障のすべてに影響するが、ほとんど何も対策が進んでいない。「女性活躍」も何十年も叫ばれているが、実態は変わらない。
「実質賃金」はバブル崩壊以来、ほぼ横ばいだ。税金や物価は高騰し、戦後日本の発展を支えた「頑張れば報われる」という社会契約が崩れ、国民のモチベーションを下げ続けている。
「アベノミクス」も結局、こうした構造問題を解決できなかった。
それなのに候補者たちから、これらの問題への具体的な解決策や提案は聞こえてこない。
■激変する国際環境への対応
外交・安全保障でも課題は山積みだ。
中国は軍事的圧力を強めている。北朝鮮の核・ミサイル開発は止まらない。ロシアはウクライナ侵略を続けている。この「権威主義三国」の連携は、戦後日本が依拠してきた国際秩序への挑戦だ。
日米同盟をどう深化させるか。日印、日韓関係をいかに強化するか。これらは待ったなしの課題である。
ところが、候補者の外交に関する考えは、国際政治を常にウオッチしている筆者から見れば極めて曖昧であり、未熟だ。
■21世紀日本の新しいビジョン
結局、誰が総裁になろうとも、やるべきことは明確だ。
終身雇用、年功序列、大学名で決まる人生。20世紀にはうまく機能したこのシステムは、もう時代遅れだ。AI時代、グローバル競争の時代には通用しない。
必要なのは、実力が正当に評価される労働市場。学び直しが当たり前の教育システム。失敗しても再挑戦できる社会。地方大学出身の優秀なプログラマーが、凡庸な東大卒を追い抜ける。母親が子育て後も意義あるキャリアを築ける。外国人材が日本文化を豊かにする。そんな社会を作らなければならない。
これは日本の伝統を捨てることではない。変化する世界に適応することだ。
■求められる真のリーダーシップ
今回の総裁選の悲劇は、論点がずれていることだ。派閥力学、学歴、世代間対立。こんな内向きの議論ばかりで、肝心の政策論が深まらない。候補者たちは権力を得ることに熱心だが、それをどう使うかは曖昧なままだ。
日本に「回転寿司」時代の再来を許す余裕はない。かといって、無難なだけの長期政権もいらない。必要なのは、政治的手腕と改革への情熱を併せ持つリーダーだ。
自民党の選択は、日本の政治が成熟しているかを示す試金石となる。派閥の利害調整で衰退を管理する時代は終わった。野党からも良いアイデアは積極的に取り入れ、実行に移す。そんな柔軟で力強いリーダーシップが必要だ。
■「集団指導体制」こそが答えだ
自民党の次期総裁候補を考えるにあたり、筆者が強く確信するのは、選ばれる人物には日本をどこへ導くかという長期ビジョンが必要だということだ。党内の保守的性格と高齢の実力者たちを管理できる政治資本も不可欠だ。さらに、日本の安全保障の礎石である日米関係と、経済的利益をもたらす一方で日本が恩恵を受けてきた国際秩序への最大の挑戦者でもある複雑な隣国・中国との関係を、巧妙にバランスを取る知恵も求められる。
だが、ここで発想を転換すべきだ。今回の選挙は個人の選択ではなく、日本の集団指導体制を構成するチームの選択とすべきなのだ。筆者の観点から言えば、それは高市氏を中心とした指導体制の構築を意味する。
高市氏の保守的な資質、すなわち対中強硬姿勢、揺るぎない日本人意識、自民党政調会長としての経験、故安倍元首相との深い関係、そして年齢といった要素すべてが、党内で実際に物事を成し遂げるための貴重な政治資本となっている。退任する石破首相には、まさにこれが欠けていたのだ。
元経済安全保障担当大臣の小林鷹之氏、経済再生担当大臣の茂木敏充氏、そして多くの要職を歴任した林芳正氏。彼らには豊富な経験があり、経済安全保障などの核心的概念を含む国際情勢の潮流を深く理解している。適切な大臣に配置することが望ましい。
また、高市氏は、国民主党の玉木雄一郎代表の政策提案を取り入れるか、あるいは政府改革に専念する閣僚として彼を完全に起用すべきだ。
玉木代表は、暗号資産の税制改革、NFTやWeb3の推進などを提案している。一見すると突飛だが、デジタル経済の活性化には有効だ。若者の支持も得られる。財政規律を保ちながら、新しい成長戦略に組み込めばいい。
チーム未来の安野貴博氏を起用しても面白い。彼はAI活用で行政改革を進めようとしている。「デジタル公共財」という考え方で、日本の硬直した官僚制を変えようというのだ。具体的には、ファクスや紙の書類を廃止し、AIで業務を効率化する。法律情報をAPIで提供し、母子手帳もデジタル化する。
こうしたアイデアを高市氏が取り入れれば、「安定の中の改革」として打ち出せるかもしれない。破壊的変化ではなく、着実な近代化。これなら保守層も受け入れやすい。
参院選で躍進した参政党を参考にする方法もある。2024年、在留外国人は380万人、訪日客は3700万人に達した。同党の移民政策は排外主義的で問題が多いが、国民は移民・インバウンドに対する潜在的な不安があり、それに応える必要がある。社会の急激な変化への懸念は、完全に的外れとは言えない。
そこで観光税を導入し、観光地のインフラ整備に充てる。移民が日本の発展に貢献してきた歴史を学ぶ教育プログラムも作る。必要な労働力は確保しながら、社会統合への明確な道筋を示す。高市氏がこうした現実的な政策を立てれば、国民の理解も得られるのではないか。
■高市氏は保守的すぎるとの批判
しかし、高市氏は保守的すぎて幅広い有権者を引きつけられず、自民党の潜在的支持者を遠ざけるという意見もある。確かにそうかもしれないが、重要なのは、自民党の進化は内部から起こるということだ。連立構築、世代を超えた関係性と協力を通じてである。高市氏はそうした内部特性の一部であり、党を内側から変える最良の位置にいる。
高市氏より、他候補がふさわしいという意見もあるだろう。例えば、人気者の小泉進次郎氏だ。彼は、ワシントンでは民主党・共和党双方から寵児として扱われ、他の候補と比べて「リベラル」と見なされているが、筆者の見たところ、思想的核心は不明瞭で、話す相手によって意見もコロコロ変わるようなところがある。
習近平、プーチン、トランプといったタフな相手と対峙するとき、日本は原則に基づいた、よく練られた思想的核心を持たないリーダーを持つ余裕はない。彼の若さと端正な容姿は、写真映えはするかもしれないが、大国間政治の舞台では有用な道具ではない。さらに彼は、日本の深刻な国内問題に対する具体的な提案も欠いているようだ。
単に首相になりたいだけでは不十分だ。石破氏は昨年当選後すぐにそれを思い知ったはずだ。リーダーにはアイデアが必要であり、それを実行するチームが必要であり、そして自分を信じてくれる党が必要なのだ。
今回の総裁選で、党内政治に重きを置いた従来と同じような方法がとられた場合、誰かが首相になったとしても、ちょっとしたことですぐに足元をすくわれて辞任に追い込まれ、また短命政権が誕生するだろう。悪夢の回転寿司政治の再来である。
次期自民党総裁が決まり、誰が日本の指導者がなろうとも、「現実」に直面する。現実とは内外との政治=戦争であり、敵との接触は常にタフである。日本の新しい指導者が成功するためには、自民党内の「内戦」に勝利しながら、マクロ・ミクロのさまざまな計画をめぐる「敵との摩擦」をしのぎ、繁栄することを結果で見せなければならない。
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スティーブン・R・ナギ
国際基督教大学 政治学・国際関係学教授
東京の国際基督教大学(ICU)で政治・国際関係学教授を務め、同時に日本国際問題研究所(JIIA)客員研究員を兼任。近刊予定の単著は『米中戦略的競争を乗り切る:国際的適応型ミドルパワーとしての日本』(仮題)。
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(国際基督教大学 政治学・国際関係学教授 スティーブン・R・ナギ)