※本稿は、加来耕三『歴史の一流は「師匠」から何を学んだのか』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■サラリーマンの鑑のような戦国武将
勝海舟や小栗忠順のような、強い目的意識は持っていなくとも、与えられた場所でその都度、新しい師匠に学び、多くの専門性を身につけた戦国武将がいました。
それが、藤堂高虎です。
現代の会社員(サラリーマン)のように高虎は、部署が変わるたびに一から上司や専門家に学び直し、新しい知識と技術を吸収しつづけました。自分の主君を師匠にして学んだ武将は、織田信長―豊臣秀吉、豊臣秀吉―弟・秀長、織田信長―蒲生氏郷など数多くの組み合わせがありましたが、高虎ほど見事に、幅広く異分野を学びつづけた人物は、他になかなか見当たりません。筆者はサラリーマンの鑑のような人物だ、と常々思ってきました。
もともと高虎には学問がなく、身分も低い国人(こくじん)(地侍(じざむらい))の出自でした。
しかし、身長は1メートル90センチ、体重は113キロもあります。戦国時代にこれだけ立派な体格をしていれば、合戦では目立ち、活躍もできたはず――。
実際、若い頃は槍一筋で出世しようと戦場を駆けまわり、高虎は奮闘しました。
15歳で初陣(ういじん)し、戦場では必ず一番槍を心がけ、負け戦であれば殿軍(しんがり)を務めるなど、人より抜きん出た戦功を立てようと、彼は必死に頑張りました。
――が、その割には高虎は、何度か主(あるじ)を変えています。
主君が気に入らず出奔(しゅっぽん)したり、主君に嫌われて逃げ出したり。10代の後半で近江国湖東(ことう)の佐和山城主・磯野員昌(いそのかずまさ)には八十石、現在の価値にして年収240万円ほどで召し抱えられましたが、高虎は自己評価が高いため、その程度の待遇では納得できませんでした。加えて員昌が信長に寝返って、信長の甥・津田信澄を養子としたのが気に入らず、逃亡。
■一番槍から足軽が扱う鉄砲隊の組頭へ
そうした何度目かの転職を経て、秀吉が近江・長浜の城主となった時期に、秀吉の弟である秀長に出会います。羽柴家のナンバー2として兄を補佐していた秀長(当時は小一郎長秀)との出会いが、高虎の人生を切り開き、飛躍させることになりました。
やがて師とも仰ぐ秀長が、高虎に提示した年俸は一千石でした。自分を高く評価してくれた秀長に対して、高虎は心から感謝したことでしょう。ところが秀長から与えられる指示に、高虎はこの先、くり返し戸惑うことになります。
なにしろ得意の槍ではなく、まずは「鉄砲隊の組頭(くみがしら)をやれ」と命じられたのです。
当時は鉄砲といえば足軽が扱う武器であり、戦場の花形は槍働きでした。
腕に覚えのある武将であれば、己れの面子(メンツ)にかけて、この未知なる鉄砲働きを拒否したに違いありません。
けれども高虎は、秀長の指示に従いました。
高虎は主君の秀長が自分の可能性を見込んでくれたからこそ、経験したことのない役目をあえて与えてくれたのだ、と考えたのです。
そこで鉄砲について、一から勉強を始め、火薬の詰め方から弾の撃ち方まで、ひと通りの技能を身につけ、さらにはこの新兵器を組頭としてどのように戦場で活用すればいいのか、を考えるまでになりました。
■地味な裏方の能力も身につけなさい
ようやく鉄砲隊を率いての実戦に、自信が持てるようになり、成果もあがるようになりますと、秀長は唐突に、高虎にさらなる試練を与えます。
「次の合戦では兵站(へいたん)を担当せよ」というのです。兵站とは武器や食料の補給係――いわば、裏方です。
現代でいえば、営業のトップだった人物が、事務を処理する総務に回されるようなものでしょうか。左遷されたと感じて、高虎が「やってられない」と辞めても、おかしくない人事でした。
しかし、彼は辞めませんでした。それどころか、秀長にいわれた通りに、今度は一から算盤(そろばん)を学び、算術を習得し、与えられた仕事をまっとうします。その結果、槍働きに加えて鉄砲や兵站の知識・実務まで身につけることになりました。
実は上司である秀長は、高虎を将来の家老ともなれる人材と見込んでいたのです。
大きくなっていく羽柴家を動かす立場になれば、槍働き以外のことは知らない、ではつとまりません。
素直に秀長の指示に従った高虎もたいしたものですが、それ以上に秀長の師としての態度には驚かされます。
現代の企業でも、幹部候補生には営業の現場から人事、宣伝などまったく異質な各部署を経験させるものですが、秀長はこの時代にすでに、現代と変わらない感覚で、人材育成を行っていたのです。これは秀長の師匠としての指導方針が、いかに新しく、的確であったかを知る挿話といえるでしょう。
■築城から水軍まで必死に食らい付く
高虎が次に学んだのは、築城の技術でした。槍働きをしていた時代に、どういう城が守りやすく、攻めにくいかは体験しています。
さらに算盤の知識も身につけたので、城を設計する際の計算も得意になっていました。そのうえ、鉄砲隊を指揮した経験から、攻城方の鉄砲の使い方も習得しており、築城の大いなる参考となりました。
これまで培った技術を統合して、築城術に熟達した高虎は、秀吉の死後、徳川家康から主な徳川方の城の縄張りを任されるようになります。江戸城の改修の際には、天守の築造や二の丸・三の丸の増築を高虎は任されたほどです。
52歳で秀長が病死してのち、高虎は羽柴(のち豊臣)秀吉に直接、仕えることになりますが、秀吉もまた高虎の器量を見込んで重大な任務を任せました。
今度は水軍です。またも未知の領域でしたが、高虎は必死に食らい付きました。
高虎が偉かったのは、どれだけ出世しても、年をとっても、一から謙虚に学ぶことを、“楽しい”と受け取る精神の若さでした。
誰でも身分が低いときや若いときは、必死で勉強しても、出世するにつれて機動力(フットワーク)は鈍くなるものですが、水軍を任せる、といわれたときも、高虎は船の構造から建造方法、操船の技術、船隊の組み方まで、徹底的に初歩から学びました。
そして朝鮮出兵の際には、日本水軍が朝鮮水軍に苦戦する中で、味方の水軍を救出する活躍をみせています。結果を、ここでも出したのです。
■忍びの集団を編成し、束ねる
朝鮮出兵の後、高虎は秀吉が亡くなってからは家康に仕えました。すでに、人を見る目は養われています。「次の天下人は徳川殿――」。
その家康から与えられた新たな任務は、伊賀上野(いがうえの)(現・三重県伊賀市)で忍びの集団を編成し、彼らを束ねることでした。
当時、大坂城には秀吉の遺児である秀頼(ひでより)が居城しており、豊臣恩顧(おんこ)の大名も多くが健在でした。彼らの事情を知るためにも、忍びの集団を手なずけることは重要任務だったのです。
しかし、忍びは腕に覚えのある者たちの集まりですから、新しい主君が突然やって来ても、すんなりとその人のいうことを聞くことはありません。
そこで高虎は、まず忍び集団の頭領級を全員、家臣として召し抱えました。
定期的に給金が支払われ、生活が安定すれば、彼らはその日々を守ろうとするはずだ、と高虎は考えたのです。
ただし、同時に彼らの妻子を城下町に住まわせることを条件としました。これは人質の意味もあり、藤堂家を裏切らない限り、こちらもおまえたちの面倒はしっかりと見る、というわけです。こうして高虎は、上手に彼らを手なずけていきました。
■部下のことは最後まで信じて任せることが大切
藤堂高虎の諜報(ちょうほう)活動は、徳川幕府二代将軍・秀忠(ひでただ)の時代にも重宝されました。
秀忠は、自身の娘である和子(かずこ)(入内(じゅだい)に際して「まさこ」とする)を後水(ごみず)の尾(お)天皇と結婚させるための根回しを、高虎に依頼したのです。
当時は武家の娘が天皇家に輿入(こしい)れするのは異例なことであり、平清盛(たいらのきよもり)以来、二度目の出来事となりました。
高虎はこの難しい朝廷工作を引き受け、婚姻に反対する公家を忍びに調べさせ、彼らを一掃したのです。
やがて老齢となった高虎は、顧問格で江戸城に出仕し、高虎を師と仰ぐ秀忠に対して、部下は信頼して使うべきであり、一度使ったならば、最後まで任せ切るのが人使いの要諦である、と教えました。
この言葉は、高虎が若き日に主君であり、師匠であった豊臣秀長から教わった帝王学そのものであったように思います。
高虎はなぜ、秀長という師匠から、素直に学ぶ気持ちを持ちつづけることができたのでしょうか。
その背景には、十代の頃に実の父や兄から受けた言葉がありました。父や兄はくり返し、高虎の槍の腕前を称賛しつつも、学問がないことを惜しみ、学問さえあればお前は、どれほどの武将になれるだろうか……、と事ある毎に嘆き、諭したのでした。
ほどなくして父はこの世を去り、兄は戦死してしまいますが、二人の言葉は高虎の胸に深く刻まれました。常に心の何処かで、機会があれば勉強しなければならない、このままでは終われない、という問題意識を彼は懐(いだ)きつづけていたのです。
だからこそ、秀長と出会って高禄を提示されたときに、この人こそがわが師匠として、自らを導いてくれる、と信じることができ、無心で学ぶことができたのでしょう。
自分はどうなりたいのかを教えてくれる存在こそが、まさしく真の師匠です。師匠の指導によって知らなかったことを知り、人は新しい自分に出会えるのです。
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加来 耕三(かく・こうぞう)
歴史家、作家
1958年、大阪市生まれ。奈良大学文学部史学科卒業。『日本史に学ぶ リーダーが嫌になった時に読む本』(クロスメディア・パブリッシング)、『歴史の失敗学 25人の英雄に学ぶ教訓』(日経BP)など、著書多数。
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(歴史家、作家 加来 耕三)

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