■「赤ちゃんいのちのバトン」と命名
「赤ちゃんの尊い命を守りたいというのは当然の気持ちやないですか」
やや強い口調で語ったのは千代松大耕(ちよまつひろやす)氏、52歳。大阪府泉佐野市の市長だ。日本で三番目の赤ちゃんポストの設置に名乗りをあげた市長に話を聞くために、3月中旬、泉佐野市役所の市長室を訪ねた際のひとコマだ。
千代松市長が3月の定例議会に提出した予算案は可決された。市内にある地方独立行政法人りんくう総合医療センターと連携し、2026年度中の赤ちゃんポストの運用を目指している。病院の担当者だけに身元情報を明かして出産する「内密出産」の受け入れも同時に検討している。
赤ちゃんポストとは、赤ちゃんを匿名で預け入れることのできる仕組みのこと。泉佐野市では「赤ちゃんいのちのバトン」と命名された。市民からは「赤ちゃんポスト」という一般名称での報道に抗議する連絡があったものの、好意的な関心が集まる。ある地元企業は1000万円の寄付を申し出た。
■大阪でも起きた痛ましい遺棄事件
2025年夏には、大阪市中心部の扇町公園で、赤ちゃんの死体が見つかる事件が起きている。
それから約半年経った取材当日、朝の公園を、ベビーカーを引く若い母親や、犬を散歩させる人たちが行き交っていた。緑の木陰で安らかに眠ってほしいと願ってこの公園に埋めたと、女性は警察の取り調べで話したという。
現在、熊本市の慈恵病院と東京都墨田区にある賛育会病院が赤ちゃんポストと内密出産を運用している。2007年に先駆けて運用を始めた慈恵病院には、およそ200人の赤ちゃんが預け入れられた。その中には関西圏から連れてこられた赤ちゃんもいた。
泉佐野市に赤ちゃんポストがつくられれば、扇町公園に赤ちゃんを埋めた女性のような孤立した妊娠女性が、遠く離れた九州や関東を目指さずとも赤ちゃんを託すことができるようになる。内密出産も可能になるかもしれない。
だが、赤ちゃんポストは構造的な矛盾を抱えている。これをどうクリアするのかについて泉佐野市の方策を聞くことが取材の目的だった。
■「匿名性」をめぐる病院と行政の溝
日本の赤ちゃんポストの抱える構造的な矛盾、それは、「匿名で赤ちゃんを預け入れることができる」という主旨とは裏腹に、預け入れられた赤ちゃんは児童相談所に一時保護され、児童相談所が児童相談所の責任として親を探すという逆さまな流れのことを指す。
こどもやその家庭が抱える問題を解決するために、生活環境、生育歴、家族関係などの要因を専門的な視点で調査・分析することが、児童相談所運営指針に定められているからだ。
孤立した妊娠女性の差し迫った事情を考慮すると、「匿名」での預け入れは譲れないという慈恵病院と、児童相談所運営指針に則って、赤ちゃんポストの赤ちゃんも特別扱いはしないと決めた児童相談所。「匿名性」をめぐって両者間には分かり合えない関係が続いてきた。
■「こういうことこそ行政の仕事」
同じ轍を踏まないやり方が、果たして泉佐野市では可能なのか。この問いに対して、千代松氏はほとんど開口一番、冒頭の言葉を述べたのだった。
現実には、矛盾問題はまだ調整中のようだ。
泉佐野市は児童相談所を設置していないため、泉佐野市の赤ちゃんポストに預け入られた赤ちゃんを一時保護する役割は、大阪府が管轄する子ども家庭センター(児童相談所)が担う。
つまり、一時保護した赤ちゃんの親を探す、養育環境を検討する、といった方針は、泉佐野市の一存では決められない領域なのだ。
しかし、千代松氏は激しさを含んだ口調でこう続けた。
「あれもできない、これもできないとできない理由を探すよりも、どうやったら実現できるかを考えるのが大事やないですか。熊本の慈恵病院さんが民間病院ながら大変な苦労をされて19年も続けてこられた。でも、本来、こういうことこそ行政の仕事やと思います。
思い返せば、慈恵病院が2007年に日本で初めての赤ちゃんポスト(「こうのとりのゆりかご」)を設置したことは、センセーショナルな“事件”だった。匿名で赤ちゃんを引き受けるという構想が報じられると、「命が守られるのなら」「親を知らずに育つのか」と、相反する答えの出ない思いに社会は揺さぶられた。
■設置から20年、犠牲者がゼロにならない
設置を言い出したのが、ベッド数100床に満たない民間病院だったことも社会を驚かせた。赤ちゃんの身元を探す調査をめぐる病院と行政の攻防は連載第7回で書いた。
※東京・墨田区で「赤ちゃんポスト」計画が進行中…国内1例目の「病院vs行政」から学ぶ“重大な争点”
この経緯を知る人たちは、約20年後、赤ちゃんポストの運営に乗り出す自治体の首長が現れたことに解せない思いを抱いた。赤ちゃんポストが長く孕んできた矛盾を自治体が自ら内包することになれば、事業は成立しない可能性があるからだ。
「赤ちゃんポストが使われなくてすむように、困難な状況にある妊娠女性の相談業務を充実させなくてはならない」
赤ちゃんポストに疑問を持つ政治家や学者は口を酸っぱくして言ってきた。だが、「こうのとりのゆりかご」の運用から20年経っても、嬰児殺害・遺棄事件の発生件数は年間10~20件を行ったりきたりしている。この事実は、困難な状況にある妊娠女性への支援策が成果を上げていないと見るほかない。
■赤ちゃんを抱き上げた市長の覚悟
翻って泉佐野市。地方政治家が赤ちゃんポストをつくる。突飛に聞こえるが、数年前から下地づくりを始めていたという。
2023年12月に制定した「泉佐野市こども基本条例」は、<こどもは、一人一人が未来を築く大切な、かけがえのない存在であり、未来そのものである>という美しい前文から始まり、<全てのこどもには、生まれた環境、生活状況、障害の有無、国籍等にかかわらず、生まれたときから、幸せに生きるための権利がある>と強く語りかける。
千代松市長はこう話した。
「3年前にこの条例をつくるときには、赤ちゃんポストの構想が頭にありました。条例制定の翌年、2024年には職員に慈恵病院視察に行ってもらいました。そして、具体的な調査を外部機関に委託する費用として初めて予算案を提出したのが2025年5月でした」
2025年秋にはこども部の幹部職員、赤ちゃんポストの設置先となるりんくう総合医療センターの病院長はじめ関係部署の職員が第一陣として慈恵病院と賛育会病院を視察。今年2月には、市議会議員団と千代松市長が熊本市に足を運んだ。千代松市長は慈恵病院で内密出産によって生まれた赤ちゃんを直に抱き、「命の重みを改めて感じた」と覚悟を吐露した。
■「ふるさと納税」裁判で国と全面対決
頻出する嬰児殺害・遺棄事件を前に、「赤ちゃんの尊い命を守りたいのは当然」という千代松市長の言葉に頷かない首長はいないだろう。だが、全国の市長・区長(東京23区を含む)は815人。都道府県知事と合わせると862人の地方自治体のトップの中で、自ら赤ちゃんポストの設置を宣言した首長は泉佐野市が初めてだ。
常識的な政治家なら二の足を踏む事業に乗り出そうとする千代松市長とは、いったいどういう政治家なのか。
2011年の初出馬から連続当選し、現在、4期目を務める。
2008年に総務省が地方分権改革の一環としてふるさと納税制度を開始すると、泉佐野市は積極的に参加。しかし、2019年、50億円を超えるふるさと納税を集めた12の自治体を総務省が制度から排除。この判断を違法だとして泉佐野市が国を訴えた裁判だ。
最高裁まで争い逆転勝訴したことを、千代松市長は「国と自治体の真に対等な関係をめざす闘いだった」と語っている。それは、2000年に地方分権一括法が施行し、国と地方の対等な関係が定められた。にもかかわらず、地方交付金と引き換えに国に従属させられるような支配関係への反発だった。
■常識破りな市長の「政治家1年目」
同じ時期にふるさと納税のことで総務省から目をつけられた他の自治体が、総務省に謝罪に出向いたというエピソードと比べると、泉佐野市が総務省を相手取って起こした民事訴訟がいかに異例だったかがわかる。言い換えれば、千代松氏はそれほどに常識にとらわれず、正当だと考えたことに徹底して挑むタイプだということだ。
市長選に出馬する前は2000年から4期、泉佐野市議(自民党)を務めた。その間、議員職と並行して二つの大学院でビジネス、会計、地方自治に関する論文を書いている。
泉佐野市で生まれ育ち、同志社大学を卒業する頃には政治家を目指したという。
■財政破綻の危機からようやく脱出
圧迫したのは関西国際空港の開港に関連した事業への投資だった。本来なら地域経済の活性化の目玉になるはずで、泉佐野市は約1550億円を投資したが、バブル経済の崩壊によって予定していた税収等がご破算となり、累積赤字が積み上がる。2009年、泉佐野市は財政健全化団体に指定された。
その後に泉佐野市長選に立候補した千代松氏は、市長の給与40%カット、市職員の給与20%カットを公約に掲げて当選するが、さまざまな反発にあい、完全アウェイな中で市長としての仕事が始まった(その後、職員の給与は8~13%カットに着地)。
そのやり方は自らも「きらわれる市長」と自虐するように、激しい。
だが、市立病院の民営化、ごみ収集の有料化、犬税の導入などの施策を重ね、2013年度決算で、財政健全化団体を脱した。ふるさと納税に力を注いだのも財政の健全化を目指すためだった。
「こども基本条例」の制定と前後して、こども朝食堂が始まった。泉佐野市内の13の市立小学校のすべてにおいて、週に2回、午前7時半頃から在校生は誰でも朝食をとることができる。学校教員の業務が増えないよう、運営を外部の法人等に委託した。ふるさと納税で得た寄附金を財源に、市内の小中学校にプールの建設を進めた。
■母親の匿名性か、こどもの出自を知る権利か
赤ちゃんポストについて、市議会からは特段反対意見は出なかったという。だが、大阪府との話し合いはまだ決着していない。
「3月末に、プロジェクトチームとしてまとめた事業計画書を大阪府に提出します。詳細を詰めるのはこれからです」
こども部長・島田純一氏が補足した。大阪府が管轄する子ども家庭センター(児童相談所)で新たにかかる人件費を泉佐野市が補填する案もある。並行して、妊娠女性のシェルターの運営に着手するという。
「うちの優秀な職員たちがちゃんとやってくれるから」
本気とも冗談ともつかない顔で千代松市長が笑ったが、生まれてくるこどもの出自を知る権利を保障する観点から、子ども家庭センター(児童相談所)を管轄する大阪府がどのように判断するかは未知数だ。
■トップダウンで「全国初」の施策を進める
だが、千代松市長はこうも言った。
「慈恵病院さんと熊本市の間に難しいことがあったのかもしれません。でも、僕ら泉佐野市は行政ではあっても、赤ちゃんポストを運営する立場であり、熊本市よりも慈恵病院さんの立場に近い。実際、民間病院さんが取り組まれていることを、行政だからできないという話にはならないと思います」
福祉政策担当参事・熊田佳記氏は、調整が難しいことを承知しているとしたうえで、「女性の匿名性は守ります」と明言した。
自治体運営に企業会計的な手法を導入して財政を立て直した千代松氏が、尊い赤ちゃんの命を守るのは当たり前だと、職員にハッパをかけ、スクラムで前進する。
冒頭の言葉以上の動機を聞くことはできなかったが、著書に「母が女手ひとつで育ててくれた」というくだりを見つけた〔『型破りの自治体経営』(青林堂)〕。こどもの命への特別な思いへの原点を探るとすれば、この生い立ちにもあるのかもしれない。
■赤ちゃんポストがいらなくなる社会が理想
19年前、熊本で赤ちゃんポストが始まったとき、赤ちゃんポストに預け入れる女性は「赤ちゃんの養育を放棄した加害者」として整理された。だが、女性の背景にある被虐待や愛着障害、貧困といった家族や社会の構造的な問題は、19年の間に可視化が進んだ。
女性は赤ちゃんポストに赤ちゃんを連れてくる時点で、すでに家族や社会から熾烈なネグレクトを受けた被害者でもある。この「もうひとつの事実」が、認識されつつある。
与党自民党でもプロジェクトチームが発足し、4月には議員団が慈恵病院を視察した。法学者や研究者へのヒアリング、蓮田氏、大西一史熊本市長の講演実施ののち、5月ごろをめどに論点を整理するという。
社会は、赤ちゃんポストや内密出産を選択する前段階で、孤立した妊婦女性が安心して頼れるセイフティネットをつくることができずにここまできた。このことを踏まえ、泉佐野市と大阪府はどのような仕組みを構築するだろうか。詳細が明らかになるまでに、もう少し時間が必要なようだ。
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三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。2024年3月、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版。他に『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(文芸春秋)。
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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)

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