■「9条があってよかった」の大合唱が起こった
まるで「日本は9条のおかげで国際社会の荒波に巻き込まれずにすんでいる」かのように、「9条があってよかった」という9条礼賛言説がまたもや台頭している。
きっかけは、3月19日に訪米した高市首相とトランプ大統領との会談だ。イラン侵攻への日本の協力可能性について高市首相が「伝えた」とされる日本の姿勢と、それに対するトランプの対応について、日本のメディアが事実を歪曲して報道したことがその原因である。
この歪曲報道の典型例は朝日新聞である。同紙は3月23日(月)付の紙面の第一面で、「海峡派遣『憲法9条の制約』――首相、日米会談で伝達」というヘッドラインを大きく掲げた上で、イラン侵攻への日本の協力に関し、高市首相が「自衛隊派遣には憲法9条の制約がある」とトランプ大統領に伝え、「トランプ氏は日本の説明に一定の理解を示した」と報道している。
■「9条を盾に断った」はウソ
このような報道に沿って、メディアでは「憲法9条が米国のイラン侵攻軍事協力要請を抑えるカードとして効いている。9条があってよかった」などという9条礼賛言説が台頭している。
SNS上でも、「9条があってよかった」という声が鳴り響いている。あたかも神に代えて9条を救世主として称える「特異なカルト」のミサの合唱のように私には聞こえる。しかし、この9条礼賛言説は、憲法9条問題の核心をなす法理の理解として根本的に誤っている。
■「高市首相が自衛隊派遣を断った」はウソ
いま9条礼賛論を唱えるメディア関係者たちは、9条問題のこの法理を捻じ曲げて逆の主張をしているだけではない。彼らは「事実的証拠に基づいた(evidence-based)解説をする」という報道倫理のイロハを無視して、自分たちの政治的願望を事実であるかのように語っている。
まず、「高市首相が、憲法9条の制約により停戦前にホルムズ海峡に自衛隊を出動させることはできないと伝えた、そしてトランプがそれに理解を示した」というのは全くの嘘であることを指摘したい。
■「9条があるからできない」などと言ってはいない
高市首相は、「[イラン侵攻への協力に関し]日本には法律上できることと、できないことがあり、法律上できないことはできないと、米国にもはっきり申し上げる」と、訪米前の国会答弁で言っていた。「法律上できないことは法律上できない」という言明は無意味な同語反復で、大事なのは、「具体的に、法律上、何ができて、何ができないと高市政権は考えているのか」である。
しかし、高市首相は日本での国会答弁でこの肝心の点を明確にしなかった――明確にさせられなかった野党も情けない!――だけでなく、トランプとの会談でも、何ができないかを具体的に示さず、日本は軍事協力できないなどと言ってはいない。
上記の3月23日付朝日新聞は、会談での日本の説明に関し、茂木外相の証言を次のように引用している。
会談同席者の茂木氏は22日のフジテレビの番組で、「具体的にこれはできる、できないと話はしていない」としつつ、「日本には法律的にできることと、できないことがあることをきちんと説明し、トランプ氏もうなずいた」と明かした。
首相の説明は「憲法9条があり、その下でさまざまな事態認定がある。そういったことも含めて日本には制約がある」との趣旨だったという。
■トランプが納得したはずがない
現在の日本の政治家トークでは、具体的な対策を示さずに「しっかりと対応します」「緊張感をもって臨みます」などという主観的感情表出で逃げる発言が多いが、茂木発言もその典型例である。
「具体的にこれはできる、できないと話はしていない」のに「きちんと説明し」たとは、「ふざけるな」と言うしかない。
「日本には法律的にできることとできないことがある」というのは当たり前の無内容な発言であり、しかも日本だけではなく、およそ法治国家を名乗る国ではどこでもそうであって、日本の特殊事情などではない。
この高市発言にトランプが「うなずいていた」と茂木は言うが、トランプは法治国家なら米国についてさえ言える当然の建前を高市が言っただけなのでうなずいただけだ。
「日本は憲法9条と法律により、米国のイラン侵攻に軍事協力できない」という主張――以下、「軍事協力法的不可能命題」と呼ぶ――をトランプが理解した、いわんや、納得したなどとは到底言えない。
そんな言質などトランプは与えていないし、そもそも日本側は軍事協力できないとはっきり言っていないのだから、言質を与えようもない。
■さらに軍事協力を要求してくる可能性は十分
百歩譲って、仮に、日本のメディアが信じているように「日本には憲法9条があるから軍事協力はできない」という「軍事協力法的不可能命題」を高市が主張したと、トランプが「理解した」と想定しても、自国の憲法や法律すら無視して大統領権限を濫用しているトランプが法律論に屈するはずがない。「だからどうだというのだ(So what?)」と、開き直ってくるだろう。
今回の会談で、トランプが自衛隊出動をプッシュしなかったのは、日本から大規模な経済協力の約束をまず取り付けるのが主眼だったからであり、今後のイラン情勢の展開によっては、「経済協力の後は軍事協力も」と畳みかけてくる可能性は十分ある。「日本に軍事協力を要求しない」という約束をトランプがしたわけではないということだ。
■「9条があるから戦争できない」は真っ赤なウソ
そもそも、「9条があるから日本は戦争に参加できない」は、日本の安全保障体制の実態の説明としては、真っ赤なウソである。9条の存在が自衛隊を縛っていないどころか、9条があることで、自衛隊の軍事力には「濫用の危険性」すら生じているのが現状だ。
3月11日に公開された拙稿でも簡単に触れたように、私は長年、「憲法9条があるから日本の自衛隊は法的に厳格に統制されている」というのは虚構で、逆に、「憲法9条があるから、自衛隊は憲法と法律によって統制されない危険な軍事力になっている」ことを指摘してきた(拙著『立憲主義という企て』東京大学出版会、2019年、第4章、『ウクライナ戦争と向き合う――プーチンという名の「悪夢」の実相と教訓』信山社、2022年、第3章など参照)。
詳細はこれらの拙著・拙稿に委ねるが、基本的問題点だけ再確認しておく。
戦力は保有せず行使もしないという建前を掲げた憲法9条(特に2項)があるため、日本は自衛隊という世界有数の武装組織を保有しているにもかかわらず、日本国憲法は戦力統制規範(注1)を含むことができない。またそのために、戦力統制規範を具体化する国内法体系も日本には欠損している。
憲法が9条2項で戦力保有や交戦権行使を明示的に否定しながら、同じ憲法において戦力を統制する規範を定めるのは論理的矛盾で、不可能だからである。
注1:国際法の開戦法規(侵略禁止など)や交戦法規(民間人・民間施設無差別攻撃禁止など)に反する武力行使の濫用を実効的に抑止するために戦力の組織編制・発動手続・濫用処罰を厳格に規定する規範。
■「反撃能力=敵地攻撃」が先制攻撃に突き進む恐れ
例えば、交戦法規違反の武力行使を裁く軍事刑法と軍事司法体系――これは刑法では代替できない――が欠損している問題は既に指摘されてきている。
さらに、かつて小声でささやかれていた「敵地攻撃」も、いまや「反撃能力」の名で公然と語られ、政府によって容認されている。つまり、憲法9条があっても、自衛のために他国を攻撃することが可能とされているのだ。例えば、他国のミサイルを迎撃するだけでなく、他国領土内のミサイル発射基地を攻撃できるということである。
ここには、さらに深刻な問題がある。敵の攻撃の破壊力が甚大で切迫しているなら敵に先んじて自衛のために先制攻撃してよいという「先制的自衛(preemptive self-defense)」が現代世界ではしばしば主張・実践され、これが侵略の正当化に濫用されている。
これは極めて危険な状態である。「自衛のため」という口実で、他国を侵略することも可能になるからだ。しかし、現行の憲法は、9条の存在により、このような形で首相の防衛出動命令権が濫用されるのを実効的に抑止する戦力統制規範を定めていないし、定めえない。
現在の「事態対処法」(略称)では、首相の防衛出動命令には国会承認が必要ではあるが、「事後」でもよいことになっている。ただ、事後でよいとなると、事実上国会は内閣の決定を追認するだけになってしまう。相手国を日本が攻撃して既に交戦状態になっているのに、国会が事後承認を拒否して日本の武力行使を「なかったことにする」ことなどできない。できるのは停戦交渉を政府に要求することだが、これすら相手国が応じる保証はない。相手国が日本に対し交戦を持続しているのに、日本が一方的に交戦状態から離脱することは不可能である。
また、首相の防衛出動命令に対する国会統制という重要な戦力統制規範について、法律に委ねてすますのでは、時の多数派与党政府が容易に改廃できてしまうという問題もある。
本来は厳格な国会事前承認手続(注2)を憲法的制約として定める必要があるが、9条があるせいでそのような規定を憲法は設定できない。
注2:国会事前承認手続とは、他国に日本が攻撃されてから、防衛出動命令を首相が発令する前に、発令していいかどうかの承認を国会に求めるものだと誤解して、それでは遅すぎると反論する者もいるが、これは単純な誤りである。
■憲法破壊は「護憲派」も同罪
このような事態を放置してきたのは吉田茂政権から現在の高市政権に至る歴代保守政権(自民党政権と自民党主体の連立政権)だが、いわゆる「護憲派」も同罪だ。
現在、「護憲派」の主流は、第2次安倍政権以前の歴代保守政権と同様、憲法9条2項が戦力保有と交戦権行使を明示的に禁止しているにもかからず、あからさまな解釈改憲で、個別的自衛権の枠内なら自衛隊の存在と防衛出動は合憲だと主張している。
自衛隊違憲論に立つはずの共産党ですら、違憲状態政治的容認論の暴論を振りかざして、こんな危険な自衛隊の防衛出動を「個別的自衛権の枠内ならOK」と認めているのだ。
首相の防衛出動命令権の濫用を実効的に抑止し、戦争犯罪たる交戦法規違反の武力行使を裁く国内軍法・軍事司法体制を設定するという最小限必要な戦力統制規範すら存在しない(9条により存在できない)にもかかわらず、である。
「護憲派」のこのような立場は、9条を死文化させているだけでなく、憲法96条が定める厳格な憲法改正手続をバイパスして、自分たちの政治的選好に都合がいいように憲法規範を捻じ曲げるもので、成文硬性憲法で国家権力を縛るという日本国憲法の立憲主義自体を蹂躙している。
要するに「護憲派」は詐称である。そう自称する彼らは憲法9条を死文化させて自衛隊という巨大な軍事力の保有と行使を容認しながら、それに対する戦力統制規範確立のための憲法改正も拒否し、立憲主義的に統制されない軍事力をもつ国家としての日本の現状を擁護している。「護憲派」の実態は憲法破壊勢力なのである。
■9条問題の正面解決は日本の国際的責務である
しかも、「個別的自衛権の枠内」という制約すら、集団的自衛権行使を解禁した第2次安倍政権下の安保関連法制によって取り払われてしまっている。米国の横暴な軍事協力要請に対する歯止めとしての9条カードを日本はとっくに捨てているのである。
憲法9条(特に2項)を明文改正して自衛戦力の保有と行使を明認した上で、その濫用を抑止する戦力統制規範を明定する憲法改正は、日本の安全保障体制確立のために最低限必要なだけでなく、自国の軍事力を無法状態に置かないという国際社会に対する責務である。
■茂木外相の「趣旨説明」は自衛隊出動可能論
このように日本国憲法は日本の軍事力をしばってなどいない。それゆえ、もし――この「もし」は事実に反する仮想の「もし」である――高市首相が日米首脳会談で「9条があるから自衛隊を派遣できない」と主張したとすれば、高市はトランプに真っ赤なウソをついたことになってしまうだろう。茂木外相の証言は事態が逆であることを示している。
茂木外相は「憲法9条があり、その下でさまざまな事態認定がある」というのが高市首相説明の「趣旨だった」と主張している。だが、そもそもこの「趣旨」というのは、「言わずとも理解してほしいという日本側の勝手な願望」でしかないという問題もあるが、本質的問題は別の点にある。
茂木外相のこの「趣旨説明」は「軍事協力法的不可能命題」とは真逆で、「必要な“事態認定”をすれば、自衛隊は米国に軍事協力できる」と言っているのである。
茂木外相の言う「さまざまな事態認定」とは、第2次安倍政権下での集団的自衛権行使解禁により、「武力攻撃事態」以外にも、「存立危機事態」など、自衛隊の出動要件が拡張されたことを受けたもの。すなわち、自衛隊の軍事協力の可能性が第2次安倍政権下で拡大されたことを踏まえてなされたものなのである。
■トランプは日本が自衛隊を出せることを知っている
高市首相は集団的自衛権行使解禁を支持しているばかりか、台湾有事問題発言では、「存立危機事態」をきわめて緩く解釈し、台湾有事介入で自衛隊に米軍の先陣を切らせようとしているのでないかと疑われる発言すらし、中国の強い反発を招いているのは周知の通りである。
第2次安倍政権による集団的自衛権行使解禁は米国を喜ばせた日本の方針転換であり、米国政府はとっくに知っている。トランプも、「仲良し」だった安倍晋三から直接に聞いたかどうかはともかく、米国に有利なこの事実を大統領として情報提供されていないはずがない。さらに、安倍と同様、集団的自衛権行使積極論者である高市が首相就任後に台湾有事問題で上記のような「元気発言」したことは、最近の事実として覚えているはずである。トランプは、自衛隊のホルムズ海峡出動は日本に政治的意思があるかどうかは別として、日本が存立危機事態認定すれば法律上可能であることぐらいは知っている。
なのにいまさら高市首相が「自衛隊の出動は憲法の制約で法的にできない」などという嘘をついたら、トランプは激怒して、今すぐ存立危機事態を認定して自衛隊を出せと要求してきて、まさに藪蛇になるだろう。そんなことくらいは高市政権も分かっていたはずだ。だから、「法律上できることと、できないことがある」という、まったく当たり前で、トランプも否定する必要がない無内容な発言にとどめたし、そこにとどまらざるをえなかったのである。
■報道倫理を蹂躙するメディア
高市・トランプ会談がこんなお粗末で危うい内容であるにもかかわらず、朝日新聞が高市首相や茂木外相に突っ込んだ追跡取材もせず、その第一面のヘッドラインに、「海峡派遣『憲法9条の制約』――首相、日米会談で伝達」という文句をでかでかと掲げたわけだ。
これでは、まるで、「日本は憲法9条の制約があるため、ホルムズ海峡に自衛隊を派遣することはできないと、高市首相がトランプとの会談で伝達した」かのような誤った印象を読者に与えるもので、ほとんどフェイクニュースに近い印象操作と言える。
しかも、記事本文では「法律上何ができ、何ができないか具体的には言っていない」という茂木の証言や、自衛隊出動可能論を実際には意味する彼の「趣旨説明」に触れているのである。ヘッドラインのメッセージを、記事本体との矛盾を無視して無理やりこじつけようとしているか、ヘッドラインでフェイク的印象操作をしながら、批判されたときの逃げ道をこっそり記事本文に忍ばせようとしているか、いずれかであるが、いずれにせよ姑息極まりない歪曲報道をしている。
朝日新聞は「憲法9条の制約は効果がある」という「護憲派シンパ」的な政治的立場に沿った願望思考にいまだ毒されており、事実を客観的に検証して伝えるという報道機関としての責任を放棄したと言わざるを得ない。
朝日新聞にならってテレビのニュース番組などで「9条があってよかった」と恥ずかしげもなく主張するコメンテータたちも然りである。
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井上 達夫(いのうえ・たつお)
法哲学者・東京大学名誉教授
1954年、大阪府生まれ。法哲学専攻。ハーバード大学哲学科客員研究員、ニューヨーク大学法科大学院客員教授、ボン大学ヨーロッパ統合研究所上級研究員、日本法哲学会理事長、日本学術会議会員等を歴任。『共生の作法』(創文社)でサントリー学芸賞、『法という企て』(東京大学出版会)で和辻哲郎文化賞を受賞。主な著書に『ウクライナ戦争と向きあう』(信山社)、『立憲主義という企て』(東京大学出版会)、『世界正義論』(筑摩書房)、『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』(毎日新聞出版)など、『脱属国論』(毎日新聞出版、共著)など。
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(法哲学者・東京大学名誉教授 井上 達夫)

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